※(注記)本稿は、藤田耕司『離職防止の教科書 いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
部下は上司に認めてほしい
部下の離職のパターンとして多いのが、関係欲求が満たされないことによる離職です。
関係欲求とは良好な人間関係を築き、人から認めてもらいたいという欲求です。
この「認めてほしい」とは、具体的に言うと次のようなものが挙げられます。
・話を聞いてほしい
・共感してほしい
・褒めてほしい
・高く評価してほしい
・気に掛けてほしい
そのため、関係欲求を満たす関わりとしては、次のものが挙げられます。
A:話を聞く、共感する
B:良い点を褒める
C:感謝を伝える
D:労をねぎらう
E:気に掛ける
多くの方はこの内容を見て「それが大事なことくらいわかってる」と思うのではないでしょうか。そうです。誰もがわかっているような当たり前のことです。
ただ、この当たり前のことを上司が当たり前にできていないことが原因で、世の多くの部下たちは離職しているのです。
そのため、相手を認める関わりのポイントは、「わかっている」を「できている」に変えることにあります。
まず関係欲求を満たす関わりの「A:話を聞く、共感する」についてお話しします。
上司との面談では全く本音を話せない
経営心理士講座では「上司にどのような不満を抱いていますか」というアンケートをとっています。その結果、最も多い不満が「部下の話を聞かない」です。
皆さんも「上司に対する不満は何か?」と聞かれたら、「部下の話を聞かない」という不満を上げる方も多いのではないでしょうか。
では、その上司は、部下からそういう不満を持たれていることに気づいているでしょうか。
「いや、気づいてないでしょ。だから相変わらず話を聞かないんだよ」と思った方もいらっしゃると思います。
ここで注意していただきたいことがあります。それは、皆さんが上司に対してそう思うように、皆さんの部下もまた上司である皆さんに対して、同じことを思っていて、皆さんがそれに気付けていない可能性があるということです。
そして、話が聞けない人が上司だと、部下は悩みを相談しようとせず、1人で抱え込みます。そうなると上司は部下の悩みを把握できないため、離職を防ぐことが難しくなります。
この点、パーソル総合研究所の「職場での対話に関する定量調査」によると、上司との面談の際、どれだけ本音を話せているかについて、41.6%の方が「全く本音で話していない」と回答しています。
この結果からも、多くの上司が部下の本音や悩みを把握できていないことがうかがえます。
そこで部下の悩みを把握できる上司となるべく、部下の話を聞くうえで留意すべき点についてお伝えします。
話をさえぎってくるせっかちな上司
まず留意していただきたいのが、「話を聞く」というのは、物理的に耳を傾けていればいいというわけではないということです。
ある会社から支店の離職率が高いと相談を受け、支店長のJ氏とお会いすることになりました。J氏は体育会系の雰囲気の元気のよい方でした。
私はJ氏と話し始めて5分もしないうちに、離職率が高い理由の察しがつきました。
J氏は私が話すたびに、私が話し終えないうちに私の話をさえぎって話すのです。
こういうタイプの人は頭の回転が速い人が多く、それが故にせっかちで相手が話し終えるのを待てずに話し始めるのです。こういった話の聞き方をされると、相手は「この人は自分の気持ちを受け止めようとしてくれない」と感じます。
そこで、部下の方にJ氏の印象についてヒアリングしたところ、案の定、「ワンマンで一方的」「まともに話を聞いてくれない」「自分の気持ちをわかってくれない」「悩みがあっても相談できない」といった答えが返ってきました。
人は自分の気持ちに共感してもらえたとき、認められたと感じ、相手に心を開こうとします。逆に、共感してくれないと感じると、相手に心を開こうとはしません。心を開いていない相手には、悩みを相談しようとはしません。
そして、共感してくれないと感じる聞き方の1つが、相手の話をさえぎることです。
その後、J氏と話した際、こんな質問をしました。
「ちなみに部下の方の話って、ちゃんと聞くようにされてますか?」
「ええ、ちゃんと聞いてますよ。定期的に面談もしてますしね」
J氏は部下の話を聞けていないことに気づかないままマネジメントをし、部下は悩みをJ氏に相談できずに抱え込み、それが離職率の高さにつながっていました。
しかしJ氏は「自分は部下の話を聞いている」と思っていたわけです。
相手のプライドを傷つけない指導を
そこで部下の方たちの名前は伏せたうえで、ヒアリング内容をJ氏にフィードバックしました。J氏は「なるほど、なるほど」と言いながらも、ショックを隠せない様子でした。
そして、「Jさんは頭の回転がかなり速い人だと思います。だからこそ会話のペースが速くなり、相手の話をさえぎってしまうので、共感が疎かになりやすい。
それだけ頭がいい人ですから、ペースを相手に合わせて、話をさえぎらず、共感しながら聞くこともできるはず。ぜひそうしてください」とお伝えしました。
こういった指導をする際は、相手のプライドを傷つけないことが重要です。プライドを傷つけてしまうと相手は心を閉ざし、言い訳するなどして言うことを聞こうとしなくなります。
そこでJ氏には、「頭の回転が速い」という点を強調し、優れた人であることを前提として、だからこそ話の聞き方も改められるはず、とお伝えしました。
その結果、J氏は私の提案を受け入れてくれました。以降、私も継続的にモニタリングすることで部下に対する関わり方が変わり、離職率も下がりました。
「自分は話が聞けていない」ことに気づかない社長
相手の言葉をさえぎって話す人は、「相手の言葉をさえぎっている」という自覚がなく、それが癖になっていることがあります。
そういう人は「自分は話が聞けていない」ことに気づかないのです。
数年前、カフェで本を読んでいると、隣の席に60代くらいの男性と30代くらいの女性が座られました。何やら2人とも険悪な様子。その会話が漏れ聞こえてきたのですが、社長が女性職員の退職を引き留めようとしていました。
「カフェでそんなデリケートな話をするとは……」と驚きましたが、その引き留め方は目を覆いたくなるようなひどいものでした。
女性「もうこれ以上無理です。何を言ったってどうせ聞いてもらえないでしょうから、今月いっぱいで辞めさせてもらいます」
社長「だから今辞められたら困るって言ってるじゃないか」
女性「社長が困るかどうか知りませんが、私はもう無理なんです。いつも私のほうが折れて我慢し……」
社長「(女性の言葉をさえぎって)そんなことないだろ。いつも要望は聞いているじゃないか」
女性「全然聞いてくれないじゃないですか。聞いているふりだけして、まったく対応する気がないじゃ……」
社長「(女性の言葉をさえぎって)そんなことないだろ。私だって会社のために一生懸命やってんだ。大変なんだよ。それでも不満を聞こうとしてるじゃないか」
女性「ほら、またそうやって私の話を聞かずに一方的に言ってくるじゃないですか。だから私は全然言うことを聞いてくれない……」
社長「(女性の言葉をさえぎって)違うだろ。何を言っているんだ。ちゃんともう1回話し合おう」
女性「もういいです。今月いっぱいで辞めさせてもらいますから」(店を出ていく)
社長「ちょっと待ちなさい」(後を追いかけていく)
共感を疎かにしていないか
女性職員の話を最後まで聞かず、途中で話をさえぎって話す社長。
その話し方を見れば、相手の気持ちを受け止める気がなく、自分の気持ちを一方的に通そうとする人だということがわかります。経営もそういうやり方をし、部下に愛想をつかされたのでしょう。
この社長も、自分が部下の話を聞けていないことに気づいていないと思います。
この例ほどひどくはないかもしれませんが、部下の話が聞けていないことに気づいていない上司は少なくありません。
そういう上司にならないよう、部下の話を聞く際は、話をさえぎっていないか、共感を疎かにしていないかに留意してください。
1on1をしても離職率が増える
ここ数年、離職防止やモチベーション向上のために、1on1を導入する会社が増えています。
1on1とは、部下の本音や悩みなどの把握を目的として、比較的フランクな雰囲気の中で部下の自発的な発言を尊重しながら、上司と部下の双方向のコミュニケーションを行うものです。
私も1on1の導入に関する相談を受けることがありますが、その中でこんな事例がありました。
その会社は離職者が多いという悩みを抱え、その解決のために社長自ら1on1を実施していました。ところが離職者は減るどころか、むしろ増えている気配すらあるとのこと。
社長にはとてもじゃないけど言いたいことなんて言えない
そこで私がコンサルタントとして関わり、まず部下の方にヒアリングを行いました。その結果、こういう意見が多く聞かれました。
「社長が『悩みとか不満があるなら話して』と言うものの、社長はトップダウンでものを言う人なので、とてもじゃないけど言いたいことなんて言えないです」
「社長に不満なんか言うと『お前はわかってない!』って説教されそうで怖いです」
「1on1は部下の話を聞くための機会だって人事から聞いてたんですけど、結局、社長の昔話を聞かされて終わりでした。『ありがとうございます。勉強になりました』と言うと、社長はご満悦でした」
つまり、1on1をしたつもりが、まったく1on1になっていなかったのです。
この事例からもわかるように、普段から話を聞く姿勢がない人は、相手から「この人は自分の気持ちをわかろうとしてくれない」という印象を持たれます。
その状態で「悩みや不満があれば話してほしい」と言ったところで、相手は悩みや不満があったとしても「あ、大丈夫です」と言って話してはくれないのです。
3つのアクションで離職率を40%から0%に
ここで、共感して話を聞くことで離職者を大幅に減らすことができた、経営心理士講座の受講生のお話をしたいと思います。
その方はWEB制作会社で働かれており、業務の依頼が多く、制作部の社員は毎日深夜まで働く状況でした。そのため、毎年制作部の4割ほどの社員が辞めていました。
ただ、会社としては今が事業拡大のチャンスだから、ここで業務の依頼を断るつもりはないとのこと。そんな中で彼は、離職者を減らすため、次の3つのアクションを起こしました。
a:いつでも部下が質問できる環境を作り、こちらからも声をかける
b:質問があった際はウェルカムな姿勢を示す
c:話を聞く際には共感を意識する
毎日最後まで職場に残り、部下に「わからないことがあったら、遠慮しないでいつでも聞いて」と伝え、質問されたらどれだけ忙しくても部下の質問に対してウェルカムな姿勢で応じることを徹底しました。そこはプライドを持ってやったと話されます。
そして相談があった場合は気持ちに寄り添い、共感を意識して話を聞きました。
このことを2年間徹底した結果、部下は悩みや不満を打ち明けてくれるようになり、その内容に対応することで、ついに離職者はゼロになりました。
「忙しいから離職者が多いのは仕方ない」と話される方もいます。たしかに、忙しい職場は離職率が高くなりやすいのは事実です。
しかし、上司が話を聞くことを徹底し、部下の悩みに対応することで、このように離職率を下げることはできるのです。