機関投資家インタビュー
「企業のサステナビリティ情報開示の動向」
一般社団法人 機関投資家協働対話フォーラム 理事 大堀龍介氏
女性活躍推進法に基づく情報公表に加え、2023年1月に施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正により、2023年3月期以降の有価証券報告書に企業の人的資本に関する指標の開示が義務付けられています1。こうした情報の開示が女性の活躍推進企業データベースを通じた情報公表の促進に加え、同データベースの活用の観点についても、機関投資家の視点から一般社団法人 機関投資家協働対話フォーラム 理事 大堀龍介氏にうかがいました。
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改正により開示が義務付けられた指標は「女性の管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女の賃金の差異」の3つ。
女性活躍推進法に基づく情報公表に加え、2023年1月に施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正により、2023年3月期以降の有価証券報告書に企業の人的資本に関する指標の開示が義務付けられています1。こうした情報の開示が女性の活躍推進企業データベースを通じた情報公表の促進に加え、同データベースの活用の観点についても、機関投資家の視点から一般社団法人 機関投資家協働対話フォーラム 理事 大堀龍介氏にうかがいました。
1 改正により開示が義務付けられた指標は「女性の管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女の賃金の差異」の3つ。
大堀 龍介
一般社団法人 機関投資家協働対話フォーラム 理事
1987年野村証券株式会社入社、海外投資顧問室配属。以後、株式会社野村総合研究所への出向を含めてセルサイド・アナリスト業務に従事。1996年JPモルガンの資産運用部門にバイサイド・アナリストとして入社。調査部門を統括する調査部長(ファンド・マネジャーを兼務)を経て、2009年日本株チーフ・インベストメント・オフィサーに就任。2017年JPモルガンを退社。投資家フォーラム運営委員。前田道路株式会社社外取締役。経済産業省非財務情報の開示指針研究会委員。一般社団法人ESG情報開示研究会特別会員。
-女性活躍推進法の省令改正などの一連の法令の改正は、企業のサステナビリティ情報開示を促進するものになると考えられますが、機関投資家の視点からこうした動きをどのようにとらえているでしょうか
大堀氏:
大堀氏:
情報開示に関する法令改正については、多くの投資家が非常に高い関心を持っています。投資家のスタイルや、さらにその中でも個々の投資家によって関心は一様ではないものの、企業がどのような情報を開示するか、ということに投資家は関心があります。大まかにいえば、開示が進めば進むほどポジティブに反応するようになります。企業のサステナビリティ情報の開示に関する一連の法改正は、開示が前進しているという点で歓迎する動きが大半だと考えます。
他方で、投資家は、女性活躍推進法や雇用関連の法令そのものというより、企業の開示データのバックグラウンドにある定義や根拠に関心があると言えます。多くの投資家は金融庁のディスクロージャーワーキング・グループをはじめ、公開されている議論の動向をモニターしており、積み重ねられた議論の結果が法令改正につながっているということを理解しています。
また、投資家が重要と考える企業のデータは、投資家によって異なる答えが返ってきます。例えば、パッシブ運用2のようにインデックスに沿ったリスクやリターンを求める投資家であれば、数千社を同時に分析することが必要であるため、定量化されたビッグデータの中から自分たちにとって重要なデータがどれかを判断しています。ESG評価機関やクオンツ運用3をしている人たちにとっても、個別データの主観的な解釈よりも、ビッグデータが好まれるでしょう。
一方で、アクティブ運用4など個々の企業について掘り下げた分析を行う投資家も存在します。開示される情報が増えることは歓迎される一方で、交通整理が仕切れないほどのデータが洪水のように溢れてくることがすべての投資家にとって好ましいとは言えません。企業が開示しているサステナビリティ情報に含まれるKPIについて、経営者がなぜ重要と言えるのかを伝えることができる場合には、そのデータは投資家に歓迎されると思います。しかしながら、取りあえずデータを開示してみたものの、経営者が自社における重要性を語れない場合には、それらのデータを重要でない情報と見なす投資家が少なくないでしょう。
2 投資対象の値動きを市場の指数(日経平均株価やTOPIX)などの予め設定した基準に連動させ、それと同等の投資成果を目指す投資手法のこと。
3 数量的分析に基づいた運用手法のこと。金融工学と呼ばれる高度な数学的手法や統計的分析手法により企業業績やマクロ経済指標、株価等の市場データ等を分析して運用モデルを構築することもある。
4 市場の指数(日経平均株価指数やTOPIX)等を運用の基準(ベンチマーク)として、それを上回る成果を目指す投資手法のこと。
-有価証券報告書への記載が求められた多様性に関する3つの指標「女性の管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女の賃金差異」について、それらの開示に対しての機関投資家の受け止めについて教えてください
大堀氏:
大堀氏:
サステナビリティ開示の分野では、TCFD提言に基づく開示5が進められたこともあり、気候関連の情報開示が先行していると思います。TCFD開示におけるGHG排出量のように、重要性にコンセンサスが取れていて、投資家に受け入れられやすい指標があるE(環境)の分野の情報開示が先行したこともあり、S(社会)の分野でもTCFDと同様の枠組みでの開示が進むことが期待されています。他方で、Sの分野においては、企業の独自性があり、単純に情報を横比較することが難しく、投資家側の解釈が必要となる指標が多いと思います。まさにS(社会)の分野における企業ごとの課題・分析・評価の観点の多様性が示すように、情報そのものの開示だけなく、企業の経営戦略の中の位置づけや企業での文脈を理解したうえで、その情報を解釈することが求められます。これは、ジェンダーの多様性に関する3つの指標においても当てはまります。
そのような観点からは、3つの指標は横比較がしやすい点を踏まえると、サステナビリティ情報開示の促進に一定の意味があると考えています。しかしながら、指標の定義が企業によって異なることもあり、開示される数字そのものからは企業の実態が見えてこない場合もあるのではないかと考えています。例えば、男性の育児休業取得率が100%だが取得日数が開示されていない、といったことがあります。
育児・介護休業法の育児休業取得率の定義では、育休を取得した年度と配偶者が出産した年度がずれる場合など、育休取得率が100%を超える場合があります。一見不思議に見えるデータですが、ある企業では、育休取得率が100%を超えている要因をしっかりと注釈で説明をしています。そのような説明で、ようやく数字の意味を理解できるようになるわけで、一見単純に見えるデータにも一種のクオリティコントロールが必要だと思います。この数字はこのような理由でこうなっていますとか、男女の賃金差異の主因はこの職種には社歴の浅い女性が多いからなのですとか、そういう簡単な分析の結果を注釈で書くといった工夫をした場合と、とにかく法令通り計算したらこうなりました、と数字だけをバンと出される場合とでは読み手にとっては大きな違いになります。現行の開示義務対象である3つの指標だけを考えても、まだまだ企業側が説明すべき点や、もう少し手間をかけて工夫して文章で補足するといった余地が残っていると思います。こうした開示の工夫は、企業価値につながるストーリーを示す前の段階での話です。
5 TCFD提言において、企業は気候変動に関連するリスク・機会の評価についての情報開示が求められる。TCFD提言は、金融安定理事会(FSB)により2015年に設置された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が2017年6月に公表した最終報告書のこと。この報告書の英語名称(Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures)から略してTCFD提言と呼ばれる。
-「女性の活躍推進企業データベース」に関して、ESG投資におけるデータの充実化や投資家の目線での活用についてはどうお考えでしょうか
大堀氏:
大堀氏:
先ほどの3つの指標を投資判断に利用するという観点では、既保有銘柄におけるマネジメントの質のチェック、またはサニティーチェック6に活用される可能性があると思います。
例えば、アクティブ投資家はベンチマークの基準と比較して高い比重で投資をしている銘柄への関心が非常に高いわけですが、頻繁に売買する投資家でも平均的な銘柄保有期間が1〜2年程度になるということは結構あります。そうすると、その保有銘柄が世の中の動きにアンテナを張り、そこに対応した行動をしっかりとれているのか、つまり、マネジメントの質を判断するための一つの情報として、例えば過去5年間の男女の賃金の差異の動向や採用人数に占める女性の比率等の数字を見るということがあり得ます。
いわゆるジェンダーダイバーシティは評価の要素の一つであり、他のG(ガバナンス)やE(環境)の要素も含めて、様々な視点で企業の情報を収集し分析します。日本においてはジェンダーダイバーシティの課題が先行しているようですが、グローバルでは民族や宗教といった様々な意味でのダイバーシティも重視されます。それらの要素のうち、どれが企業価値にとって重要になるかは企業によって異なりますので、注意が必要です。
もちろん、ジェンダーダイバーシティが非常に大事であると考えている企業はあると思います。そういった企業は、S(社会)の分野の中でも、取り分けて、まずはジェンダーダイバーシティを重視しているということを示し、経営陣がこの点を一番大事と考えていて、その理由がこうだと分かる形でメッセージを発することが、投資家にとって分かりやすい情報開示になると考えています。そうした企業からのメッセージに対し、様々な意見も出てくるかと思いますが、そこがむしろ重要なことなのかもしれません。個々の企業や業種によって事情が異なるということを、投資家や情報の読み手が理解することが必要だと感じています。
6 健全性の確認のこと。プログラムのソースコードの整合性・正当性を検査することが本来の意味である。