長山祐一郎
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時代 | 江戸時代、明治時代 |
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幕府 | 江戸 |
氏族 | 藤原氏支流 |
父母 | 父:長山直候 |
妻 | 浅野次郎八の娘 |
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長山 佑一郎(ながやま ゆういちろう)は、幕末期の日本の武士(幕臣)、旗本。通称は鑑太郎。禄高1350石。
略歴
[編集 ]旗本・長山直候の実子として生まれ、安政6年(1859年)に江戸城四季之間にて徳川家茂に御目見し、父・祐之助から家督を相続。[1] 。
慶応2年12月晦日(1867年2月4日)に陸軍奉行並支配から歩兵差図役頭取になる[2] 。
明治維新後、静岡藩主となった徳川宗家16代家達にしたがって静岡に移り、静岡藩士となる[3] 。
明治2年(1872年)に府中奉行支配割付となり[4] 、同年二等勤番となった。[5]
脚注
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