コンテンツにスキップ
Wikipedia

千葉美苗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

千葉 美苗(ちば みな、1977年 6月16日 - )は、2002年(平成14年)の『ミス・ユニバース・ジャパン』であり、同年のミス・ユニバース世界大会に日本代表として出場した。

人物

[編集 ]

東京都出身。聖心女子大学卒業[1] 。身長175cmで、カーレース茶道ピアノなどを趣味・特技としている[2] 保育士の資格も所持[2]

ミス・ユニバース

[編集 ]

24歳だった2002年(平成14年)2月にミス・ユニバース日本代表となり[2] 、同年5月にプエルトリコの首都サンフアンにあるロベルト・クレメンテ・コロシアムで開催された、ミス・ユニバース2002世界大会に出場した。同大会ではセミファイナルには選ばれず、無冠であった。

自動車競技

[編集 ]

父はメカトロニクス大手、太産工業の創業二代目、千葉泰常である[3] [4]

泰常は、自動車レーシングチーム『チーム・タイサン』のオーナーであるほか、ベントレーなど高級自動車のコレクターとしても知られる[3] ため千葉自身も自動車とは深く係わるようになり、国内自動車A級ライセンスを所有してカーレースに参加しているほか、2002年(平成14年)には自動車競技 『GC-21』のイメージガールを務めている[5]

私生活

[編集 ]

2007年(平成19年)6月、イタリア系 ハーフの男性と結婚した[3] 。披露宴は東京・六本木のグランドハイアット東京で行われ、ネコ・パブリッシング創業者の笹本健次ら、多くの著名人が出席した[3]

脚注

[編集 ]
  1. ^ 50回生
  2. ^ a b c "決定!ミス・ユニバース ジャパン 2002". Ascii.jp(アスキー・メディアワークス). KADOKAWA (2002年2月24日). 2011年9月8日閲覧。
  3. ^ a b c d "チーム・タイサン千葉さんのお嬢さんの結婚披露宴に出席しました". 笹本健次的ブログ生活. 自動車情報サイトホビダスオート (2007年6月25日). 2011年9月8日閲覧。
  4. ^ "GC-21マシン、FISCOを激走!". webCG. 日本経済新聞社 (2002年7月8日). 2011年9月8日閲覧。
  5. ^ "GC-21スポーツカー". ガレージごてんば. 2011年9月8日閲覧。
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /