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ライモ・ユリプリ

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2023年9月26日 (火) 01:30; 訳由美子 (会話 | 投稿記録) による版 (曖昧さ回避ページサンダーベイへのリンクを解消、リンク先をサンダーベイ (オンタリオ州)に変更(DisamAssist使用))(日時は個人設定で未設定ならUTC)

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獲得メダル
 フィンランド
男子 ノルディックスキー
ノルディックスキー世界選手権
1991 Val di Fiemme ラージヒル団体

ライモ・ユリプリ(ライモ・エスコ・タピオ・ユリプッリ、Raimo Esko Tapio Ylipulli、1970年 6月13日 - )はフィンランドラッピ州 ロバニエミ出身の元スキージャンプ選手。元ノルディック複合選手のユッカ・ユリプリ、元スキージャンプ選手トゥオモ・ユリプリは実兄。

プロフィール

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ライモ・ユリプリはわずか15歳でフィンランドのナショナルチームに抜擢され、1986年2月16日にヴィケルスン(ノルウェー)のフライングでスキージャンプ・ワールドカップにデビューし、14位となった。 しかしその後はあまり目立った成績は上げられなかった。

1991年ノルディックスキー世界選手権代表に選ばれ、ノーマルヒル21位、ラージヒル20位、団体戦ではアリ=ペッカ・ニッコラヴェサ・ハカラリスト・ラーコネンとともに銀メダルを獲得した。直後の1991年2月24日にはクルム(オーストリア)のフライングでワールドカップではじめての一桁順位となる5位、3月30日にチェコスロバキアのストルブスケ・プレソで行われたラージヒルでは自己最高位の3位となった。このシーズンはワールドカップ総合でも15位となった。

しかし、このシーズンの好調は以後維持することができなかった。

1994年のリレハンメルオリンピックに出場しラージヒル18位、団体5位の成績を残しこのシーズン限りで現役引退した。最後の出場は3月27日、カナダサンダーベイのノーマルヒルで21位だった。

外部リンク

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