エンシトレルビル
IUPAC命名法による物質名 | |
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臨床データ | |
販売名 | ゾコーバ |
識別 | |
CAS番号 | チェック |
PubChem | CID: 162533924 |
KEGG | D12353 |
別名 | S-217622 |
化学的データ | |
化学式 | C 22H 17Cl F 3N 9O 2 |
分子量 | 531.88 g·mol−1 |
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エンシトレルビル(英: Ensitrelvir、コード名: S-217622、商品名: ゾコーバ (英: Xocova))[1] [2] とは、塩野義製薬が開発した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のうち、軽症、中等症の患者を対象とする経口抗ウイルス薬である[3] 。
経口活性型の3C様 プロテアーゼ阻害剤として作用する[4] [5] 。
概要
新型コロナウィルス感染症を対象とした経口治療薬であり、患者に投与することで体内のコロナウィルスの量が減少すること、風邪症状が快方するまでの期間が1日短縮する効果が確認されている。 同様の既存薬としてはファイザーのパキロビッドが存在するが、日本の厚生労働省はその使用に重症リスクの高い患者にのみ使用を許可するという強い規制をかけており、ゾコーバは軽症患者にも使用が許可される初の経口タイプのコロナ治療薬と位置づけられる。 [6]
効果以外の面でのゾコーバという薬の特色としては、初の国産の経口タイプのコロナ治療薬である、という点が大きく着目されている。 医薬品の緊急承認制度の第一号であり、日本政府からの期待も非常に高く、日本政府はゾコーバが承認試験をクリアする前から100万人分の購入契約を結ぶなど既定路線を隠さなかった。 NHK等マスコミからも「医療現場から望まれた薬」「ゲームチェンジャーが現れた」などと称賛の声が並び[7] [8] 、政府からも加藤勝信・厚生労働大臣からは「国産の薬剤であり、安定供給が可能で今後のコロナ対策で有力な選択肢になる」としている。また岸田文雄 総理大臣も「こうした飲み薬(ゾコーバ)が普及することがウィズコロナへの移行を推進することを期待する」との旨を述べた[9] [10] 。 日本薬剤師会の山本信夫もゾコーバの承認に祝いの言葉を寄せている[11] 。
その一方で2022年6月の審査では有意な結果を示すことに失敗し承認見送りとなった後に、追加データを提示し一転承認されるという異例の承認プロセスを経たことから、薬剤としての有効性および医薬品緊急承認プロセスの妥当性に関して主に医療従事者からの批判と議論がある(#批判)。
効果
発症から3日以内に服用することで発熱、鼻水、のどの痛み、せき、倦怠感などの風邪症状が現れてから改善されるまでの期間を24時間短縮する(通常8日間とされるものを7日間に短縮する)。 重症化予防効果は確認されていない。 [12]
投与制限
使用禁忌
- 妊婦、また避妊の徹底(動物実験で胎児の催奇形性の確認)
- 授乳婦(乳汁への移行)
- 腎機能障害患者(現時点で臨床試験の未実施)
- 肝機能障害患者(現時点で臨床試験の未実施)
- 小児(現時点で臨床試験の未実施)
併用禁忌および併用注意されている薬剤
30種類以上の薬が併用禁忌および注意に指定されている。 高脂血症治療薬、狭心症治療薬、心不全治療薬、高血圧治療薬、がん治療薬、睡眠導入剤、抗てんかん薬(フェニトイン)、統合失調症治療薬、セント・ジョーンズ・ワートといったハーブ類など。 [13]
供給
日本政府はゾコーバが承認される前の2022年3月時点で100万人分のゾコーバ購入契約を塩野義製薬と交わしている。 また当面の間はパキロビッドと同様に一般流通は許可されず、厚生労働省が全量を確保した上で医療機関からの要請に応じる形で提供される。この際審査が設けられ、厚生労働省の定める基準を満たした場合のみ提供される。またパキロビッドの処方実績のある医療機関が優先される [14] 。
薬価
まだ薬価は確定していないが、パキロビッドやベクルリーなどの同系列の薬剤の薬価から、一人当たり数万円程度になると推定されている[15] 。
批判
薬としての価値
パキロビッドという有効な既存薬があること、パキロビッドと比較してゾコーバには重症化予防効果がないこと、リスクに対しベネフィットが少ないこと、薬価が高いこと、厚生労働省がパキロビッドの処方に制限をかけていること、軽症者がゾコーバのために来院することで医療リソースをさらに圧迫することなどが主に医療従事者から批判され、審議会でも委員からこうした点を挙げて強く反対意見が上がっていた(#承認についての議論)。 また埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科教授の岡秀昭は、マスコミがゾコーバをコロナ対策の「ゲームチェンジャー」(事態を打開する物)として扱っていることに対し、それは根拠のない期待であり過熱報道であると注意喚起をしている[16] [17] [18] 。
承認プロセスの妥当性
また承認プロセスの妥当性に関しても批判の声が上がっている。 緊急承認について日本感染症学会(四柳宏理事長)と日本化学療法学会が政府に対しゾコーバの緊急承認を求める提言を行ったことに対し、利益相反であるという批判が上がった[19] 。 薬害オンブズパースン会議は緊急承認制度の妥当性や、試験結果の統計的有意差に疑問を呈する形でゾコーバの緊急承認を批判する声明文を発表した[20] 。 医薬品業界の業界紙である日刊薬業では、ゾコーバの事例を挙げ、緊急承認制度に改善の余地があることを指摘している[21] 。 承認プロセスのうち最終段階に当たる合同会議(審査)は一般公開されており、それを視聴した東京大学の小野俊介准教授(薬学)は「議論が尽くされておらず機能していない」と指摘し、運用見直しを提言している[22] 。
塩野義製薬の説明
塩野義製薬の社長である手代木功は、こうした批判を把握しており、その上でゾコーバを「100点満点ではないがいい薬」であるとして今後の評価に自信を示している。 ゾコーバはあくまでも抗ウィルス薬であり、既存薬であるラゲブリオ、パキロビッドと比較してもウイルス量の低下能力は負けていないことを強調した。 また、今後は一般流通への移行について努力する他、臨床データの蓄積を進め、急性症状に対する治療薬としてだけでなく、抗ウイルス薬としてコロナ後遺症の治療にもつなげたいと展望を語っている[23] [24] [25] 。
緊急承認
承認過程
第III相臨床試験中に条件付き早期承認制度を利用し[4] 、2022年2月25日に、同年5月の緊急承認の適用を希望して、承認申請された[26] [27] 。エンシトレルビルは、承認されれば、国産初の軽症・中等症患者向けのCOVID-19服用薬となるため期待された[28] 。2022年7月20日、薬事・食品衛生審議会薬事分科会と医薬品第二部会は、エンシトレルビルについて、現行の申請データでは緊急承認制度が適用される「有効性の推定」の条件を満たせないと判断し、全会一致で継続審議とすることを決定し、塩野義製薬から提出される第III相試験成績の結果を踏まえ、改めて審議を行う方針とした[27] 。
2022年9月28日、塩野義製薬は、第III相臨床試験の結果を公表し、主要評価項目、副次評価項目ともに「統計的に有意な症状改善効果が確認された」と発表した[29] [30] 。同時に同月27日に、厚生労働省と医薬品医療機器総合機構(PMDA)に同試験の速報の結果を共有し、エンシトレルビルの審査・審議に向けた両組織との協議を開始したことを明らかにした[30] 。
2022年11月22日、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会の薬事分科会と医薬品第二部会の合同部会がエンシトレルビルの緊急承認を認めた[31] [32] 。PMDAは「現時点での結論であることに留意する必要はある」と断りつつも、「有効性を有すると推定するに足る情報は得られた」と結論づけた[31] 。同剤は、COVID-19の重症化リスク因子のない患者に投与可能な初の経口治療薬となった[31] 。
承認についての議論
承認審議会では委員の一人が緊急承認制度の適用要件に「当該医薬品の使用以外に適当な方法がないこと」とあるのに対し、新型コロナウイルスに対する経口薬としては「ラゲブリオ」と「パキロビッドパック」がすでに承認されていることを指摘[31] [32] 。パキロビッドパックは政府が200万人分を確保したが、5万6000人への投与にとどまっていることなどから、「既にある薬の使い方をしっかり指導するべき。代替の薬はある」と主張し反対を表明した[31] [32] 。これに対して厚労省は、同剤は承認されれば初の国産経口薬となることから、既に承認された薬剤と比べ安定した生産・供給が見込める点で代替の薬剤はないという認識を示した[31] 。
臨床試験結果
第III相試験は、2022年2月〜2022年7月まで日本と韓国、ベトナムの12歳以上70歳未満の軽症から中等症のコロナ患者1821人を対象に実施された[29] 。第III相試験の主要評価項目は、「発症から72時間未満に割付された患者集団における、オミクロン株流行期に国内で共通してみられる特徴的な5症状の消失までの時間」とされた[30] 。エンシトレルビルを1日1回、5日間服用したグループと偽薬を服用したグループに分け、症状の改善効果を調べた[29] 。結果、エンシトレルビルを服用したグループでは、せきやのどの痛み、鼻水・鼻づまり、倦怠感、発熱・熱っぽさの五つの症状がなくなるまでの時間がおよそ24時間短縮した(p=0.04)[3] [29] 。症状消失までの時間の中央値は、本剤の申請用量投与群では167.9時間、プラセボ群では192.2時間であった[3] 。副次評価項目に設定した「投与4日目(3回投与後)のベースラインからのウイルスRNA変化量」についても、プラセボ群と比較して有意な抗ウイルス効果が示された(プラセボ群と比較して1.4log10 copies/mL以上、p<0.0001)[3] [30] 。
歴史
- 2022年
- 2月25日:条件付き早期承認制度を利用し、承認申請[26] 。
- 6月22日:薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会では承認が見送られ継続審議の判断[33] 。
- 7月20日:薬事・食品衛生審議会薬事分科会と医薬品第二部会で再度継続審議の判断[27] 。
- 9月16日:塩野義製薬のグループ企業である平安塩野義(香港)有限公司が韓国製薬大手イルドン・ファーマシューティカルズと、新型コロナウイルス感染症治療薬「エンシトレルビル」の韓国での緊急使用に向けたライセンス契約を締結したと発表した[34] 。契約を結んだ韓国のイルドンは韓国当局への緊急使用許可の申請と、承認された場合に韓国政府との販売交渉を担う[34] 。
- 9月28日:第III相臨床試験の結果公表[29] 。
- 10月4日:塩野義がスイスに本部を置く公衆衛生機関「医薬品特許プール(MPP)」とエンシトレルビルを低中所得国に広く提供するためのライセンス契約を締結したと発表した[35] 。MMPが後発医薬品メーカーにエンシトレルビルの生産・供給のサブライセンスを与えることで、117カ国に供給することが可能になる[35] 。塩野義は世界保健機関(WHO)が新型コロナの感染拡大について緊急事態を宣言している期間、契約の対象国での売り上げに対する特許権料を放棄する[35] 。
- 10月11日:発症者の同居家族を対象とした予防効果を確認する試験を2022年12月、6〜12歳未満の軽症・中等症の小児対象試験を2022年11月から実施することを明らかにした[36] 。
- 11月22日:厚生労働省の審議会で、「有効性が推定される」と評価して使用を認めることを了承し、厚生労働省が承認した[37] 。2022年月に医薬品医療機器法改正で創設された緊急承認制度適応第1号となった[32] 。
参照項目
参考文献
- ^ "International Nonproprietary Names for Pharmaceutical Substances. Proposed INN: List 126". WHO Drug Information 35 (4): 1135. (2021). https://cdn.who.int/media/docs/default-source/international-nonproprietary-names-(inn)/pl126.pdf .
- ^ "Xocova: Powerful New Japanese Pill for Coronavirus Treatment" (英語). BioPharma Media (2022年2月25日). 2022年2月27日閲覧。
- ^ a b c d "塩野義、コロナ経口薬「ゾコーバ」臨床試験で効果ありと発表". 医療維新 | m3.com. 株式会社エムスリー (2022年9月28日). 2022年10月28日閲覧。
- ^ a b "Discovery of S-217622, a Non-Covalent Oral SARS-CoV-2 3CL Protease Inhibitor Clinical Candidate for Treating COVID-19.". bioRxiv. (January 2022). doi:10.1101/2022.01.26.477782.
- ^ "Shionogi presents positive Ph II/III results for COVID-19 antiviral S-217622". thepharmaletter.com (31 January 2022). 2022年2月27日閲覧。
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- ^ 塩野義ゾコーバ コロナ飲み薬 承認 効果や特徴 使用いつからどこで | NHK
- ^ "国産初"の新型コロナ飲み薬「ゾコーバ」承認 専門家は「ついに現れたゲームチェンジャー」と期待 軽症・中等症が対象で重症化リスクが低い人も使用可能に 高齢者への効果は限定的との指摘も(関西テレビ) - Yahoo!ニュース
- ^ 緊急承認のゾコーバ、「ウィズコロナへの移行推進に期待」 岸田首相 | 日刊薬業 - 医薬品産業の総合情報サイト
- ^ 塩野義の新型コロナ治療薬「ゾコーバ」が初の緊急承認、厚労省 - Bloomberg
- ^ 「ゾコーバ」緊急承認「喜ばしい」 日薬・山本会長 | 日刊薬業 - 医薬品産業の総合情報サイト
- ^ 塩野義コロナ飲み薬「ゾコーバ」緊急承認 軽症者も対象、国産初 [新型コロナウイルス:朝日新聞デジタル ]
- ^ 新型コロナウイルス治療薬の緊急承認について
- ^ 緊急承認されたゾコーバの配分方法を周知:DI Online
- ^ 文句なしではないが...塩野義のコロナ飲み薬「ゾコーバ」緊急承認:朝日新聞デジタル
- ^ 「ゾコーバ」、現時点ではゲームチェンジャーになり得ず | m3.com
- ^ クローズアップ:コロナ飲み薬、緊急承認 ゾコーバ、評価割れる 「治療に幅」「効果薄い」 | 毎日新聞
- ^ 〈社説〉ゾコーバ緊急承認 適正な使用のあり方探れ|信濃毎日新聞デジタル 信州・長野県のニュースサイト
- ^ ■しかくNEWS 「ゾコーバ」緊急承認求めた提言への批判に対し「補足説明」─感染症学会と化学療法学会|Web医事新報|日本医事新報社
- ^ https://www.yakugai.gr.jp/topics/file/shionogi_Xocova_kinkyu_shounin_hantai.pdf
- ^ 【解説】緊急承認制度に改善の余地、早急に検証を 反対意見もあったゾコーバの事例踏まえ | 日刊薬業 - 医薬品産業の総合情報サイト
- ^ 深まらぬ審議、運用に課題 コロナ飲み薬「ゾコーバ」緊急承認(毎日新聞) - 毎日新聞
- ^ 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬「ゾコーバR錠125mg」の 緊急承認制度に基づく製造販売承認取得について|シオノギ製薬(塩野義製薬)
- ^ 塩野義製薬、ゾコーバは「100点満点ではないが自信あり」、市販後に有効性などのデータ積み上げへ:日経バイオテクONLINE
- ^ 塩野義コロナ飲み薬「ゾコーバ」緊急承認 軽症者も対象、国産初 [新型コロナウイルス:朝日新聞デジタル ]
- ^ a b "Japan's Shionogi seeks approval for COVID-19 pill". Reuters. Reuters. (25 February 2022). https://www.reuters.com/business/healthcare-pharmaceuticals/japans-shionogi-seeks-approval-oral-covid-19-drug-2022年02月25日/
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- ^ a b "塩野義、コロナ治療薬の実用化で韓国企業と契約". 日本経済新聞. 日本経済新聞社 (2022年9月16日). 2022年11月8日閲覧。
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- ^ "塩野義のコロナ飲み薬、11月から小児試験 ワクチンは年内申請". 産経ニュース. 産業経済新聞社 (2022年10月11日). 2022年11月8日閲覧。
- ^ "塩野義製薬が開発し承認された新型コロナの飲み薬「ゾコーバ」の効果 | NHK". NHKニュース. 日本放送協会 (2022年11月22日). 2022年11月22日閲覧。
外部リンク
- ゾコーバ錠125mg - 塩野義製薬
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