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エジプト・アラブ共和国(エジプト・アラブきょうわこく)、通称エジプトは、中東・アフリカの国。首都はカイロ。西にリビア、南にスーダン、北東にイスラエルがあり、北に地中海、東は紅海に面している。南北に流れるナイル川の河谷とデルタ地帯のほかは大部分が砂漠である。ナイル河口の東に紅海と地中海を結ぶスエズ運河がある。
エジプト・アラブ共和国جمهوريّة مصر العربيّة
Jumhuriya Misγr al-‘Arabiya
- 総計
- 水面積率
1,001,450 km²
0.6%
- 総計(2004年)
- 人口密度
76,117,421人
76人/km²
- 合計(2003年)
- 1人当たり
2,943億ドル
3,900ドル
- 日付
1922年 2月28日
国名
正式名称は、アラビア語でجمهوريّة مصر العربيّة。ラテン文字転写(一例)は、Jumhūrīya Misr al-‘Arabīya。読みは、ジュムフーリーヤ・ミスル・アル=アラビーヤ(共通アラビア語)あるいはゴモホーレイヤ・マスリ=ル=アラビーヤ(現代エジプト方言)。通称は、مصر(Misr、ミスルあるいはマスル)。
アラビア語名のミスルは、本来はアラブの大征服の時代にイスラム帝国の各地に建設された軍営都市のことである。アラブ時代以降、エジプトに建設された軍営都市から発展してエジプトの首府となったフスタートおよびその後身であるカイロが長らくミスルと通称されたため、ミスルを首府とする国という意味で広くエジプト地域を指す地域名・国名として定着した。
公式の英語表記は、Arab Republic of Egypt(アラブ・リパブリック・オブ・イージプト)。通称、Egypt。
日本語の表記は、エジプト・アラブ共和国。通称、エジプト。英語を通じて日本語に入った「エジプト」の名はギリシア語のアイギュプトスに由来している。漢字では、埃及と表記し、埃と略す。この漢字表記は、中国語がそのまま日本に輸入されたものである。
- 1882年 - 1922年 (イギリス領)
- 1922年 - 1953年 エジプト王国
- 1953年 - 1958年 エジプト共和国
- 1958年 - 1971年 アラブ連合共和国
- 1971年 - エジプト・アラブ共和国
歴史
詳細は古代エジプトなどを参照 「エジプトはナイルの賜物」という古代ギリシアの歴史家 ヘロドトスの言葉で有名なように、エジプトは豊かなナイル川のデルタに支えられて古代エジプト文明を発展させてきた。エジプト人は紀元前3000年頃には早くも中央集権的な国家を形成し、ピラミッドや王家の谷、ヒエログリフなどを通じて世界的によく知られている高度な文明を発達させた。3000年にわたる諸王朝の盛衰の末、紀元前525年にペルシアに支配され、ペルシア帝国、紀元前332年にはアレクサンドロス大王に征服された。その後ギリシア系のプトレマイオス朝が成立し、ヘレニズム文化の中心のひとつとして栄えた。
プトレマイオス朝は紀元前30年に滅ぼされ、エジプトはローマ帝国の属州となる。ローマ帝国の統治下ではキリスト教が広まり、コプト教会が生まれた。ローマ帝国の分割後は東ローマ帝国に属し、豊かな穀物生産でその繁栄を支えたが、639年にイスラム軍の将軍 アムル・イブン=アースによって征服され、ウマイヤ朝およびアッバース朝の一部となった。
アッバース朝の支配が衰えると、そのエジプト総督から自立したトゥールーン朝・イフシード朝の短い支配を経て、969年に現在のチュニジアで興ったファーティマ朝によって征服された。これ以来、アイユーブ朝、マムルーク朝とエジプトを本拠地としてシリア地方まで版図に組み入れたイスラム王朝が500年以上に渡って続く。とくに250年間続いたマムルーク朝のもとで中央アジアやカフカスなどアラブ世界の外からやってきたマムルーク(奴隷軍人)による在地支配体制が確立し、1516年にマムルーク朝を滅ぼしてエジプトを属州としたオスマン帝国(オスマン=トルコ)のもとでもマムルーク支配は温存された。
1798年、フランスのナポレオン・ボナパルトによるエジプト遠征をきっかけにエジプトは近代国家形成の時代を迎える。フランス軍撤退後、混乱を収拾して権力を掌握したアルバニア系出身の軍人 ムハンマド・アリーはエジプト総督に就任するとマムルークを打倒してエジプトに中央集権体制を導入し、経済・軍事の近代化を進めてエジプトをオスマン帝国から半独立させて、自身の家系による世襲支配を確立した。しかし、1805年にトルコの武将 ムハンマド・アリー朝(ムハンマド・アリー王朝)の進めた急速な近代化はやがてイギリスとフランスへの経済的な従属をもたらした。1869年 スエズ運河開通。1882年にアフマド・アラービーの反英運動を鎮圧したイギリスの保護国となった。1914年には第一次世界大戦によってイギリスが宗主国 オスマン帝国と対立したために帝国から切り離され、1922年 2月28日に名目上の独立を達成してエジプト王国となり、翌年イギリスは独立を認めたがその後もイギリスの間接的な支配体制は続いた。
エジプト王国は立憲君主制をひいて議会を設置し、緩やかな近代化を目指すが、第二次世界大戦前後からパレスチナ問題の深刻化や、1948年から1949年のパレスチナ戦争(第一次中東戦争)でイスラエルに敗北、経済状況の悪化、ムスリム同胞団など政治のイスラム化(イスラム主義)を唱える社会勢力の台頭によって次第に動揺していった。この状況を受けて1952年、自由将校団がクーデターを起こしてムハンマド・アリー朝を打倒(エジプト革命)、1953年に共和制へと移行し、エジプト・アラブ共和国が成立した。
エジプトは1956年にスエズ運河を国有化(スエズ運河国有化宣言)したがスエズ戦争(第二次中東戦争)を誘発した。その後第2代大統領に就任したガマール・アブドゥン=ナーセル(ナセル)のもとで冷戦下での中立外交と汎アラブ主義(アラブ民族主義)政策を推し進めた。1958年 シリアと連合してアラブ連合共和国が成立(1961年解消)。そして第三世界・アラブ諸国のリーダーとしての地位を確立する。しかし、1967年の第三次中東戦争(6日戦争)は惨敗に終わりシナイ半島を失った。これによってナーセルの権威は求心力を失った。かわって1970年に急死したナーセルの後任となったアンワル・アッ=サーダート(サダト)のもとで、エジプトは社会主義的経済政策の転換、イスラエルとの融和など、ナーセル体制の切り替えを進めるが、政治的自由化によってイスラム主義がかえって勢力を伸張させて体制に対する挑戦を強め、サーダートは1981年にイスラム主義過激派のジハード団によって暗殺された。サーダートの後継大統領 ホスニー・ムバーラクは対米協調外交を進める一方、イスラム主義運動を厳しく弾圧して国内外の安定化をはかるなど、開発独裁的な政権を20年以上にわたって維持している。
政治
国家元首の大統領は、立法・行政・司法の三権において大きな権限を有する。また国軍の最高司令官でもある。大統領の選出は、議会が候補者を指名し、国民が信任投票を行う。任期は6年で、再選も可であるが、第2代ナーセル大統領以来、事実上の終身制が慣例となっている。
議会は、一院制の人民議会(マジリス)。全454議席で、444議席は民選、10議席は大統領指名枠。任期5年。これとは別に、諮問機関としての会議体がある。全264議席で、176議席が民選、88議席が大統領指名枠。
政党については、エジプトの政党を参照。
州
詳細はエジプトの州を参照
エジプトの最上級の地方行政単位は、26ある州 (muhāfaza) である。県と訳されることもある。知事は、中央政府から派遣される官選知事で、内務省の管轄下において、中央集権体制をとる。
主要都市
- アシュート
- アスワン
- マラウィー
- アレクサンドリア
- イスマイリア
- インババ
- カイロ
- キーナ
- ギザ
- サガジーク
- スエズ
- スブラエルケーマ
- ソハーゲ
- ダマンフール
- タンタ
- ファイユーム
- ベニスコフ
- ポートサイド
- マハラクブラ
- マンスーラ
- ミニヤー
- ルクソール
- シャルムエルシェイク
地理
経済
国民
住民はイスラム教徒とキリスト教徒からなるアラブ系のエジプト人が主であり、その他にベドウィン(アラブ遊牧民)やベルベル人、ヌビア人、アルメニア人、ローマ人、トルコ人、アラブ人、ギリシア人などがいる。
言語はアラビア語が公用語である。ヌビア語、教育・ビジネスに英語、文化的にフランス語も使われている。コプト教会の儀式にコプト語が使われることもあるが、現在ではほぼ死滅状態となっている。
宗教はイスラム教が94%(ほとんどがスンナ派)であり、その他の宗派では、エジプト土着のキリスト教会であるコプト教会の信徒が多い。
文化
- 古代エジプトの建物で有名。
- 国立図書館:アレクサンドリア図書館
世界遺産
エジプト国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が6件ある。
- メンフィスとその墓地遺跡-ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯 - (1979年、文化遺産)
- 古代都市テーベとその墓地遺跡
- アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群
- イスラーム都市カイロ
- アブ・メナ
- 聖カトリ-ナ修道院地域
祝祭日
関連項目
外部リンク
公式
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