ワーキングプア
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ワーキング プア(working poor)は、正社員並みにフルタイムで働いても、ギリギリの生活さえ維持が困難、もしくは生活保護の水準以下の収入しか得られない就労者の社会層のことである。[1]
直訳では「働く貧者」だが、働く貧困層と解釈される。
発展途上国などで見られる典型的な貧困層とは異なり、新自由主義の先進国で見られる新しい種類の貧困として近年問題視されている。
ここでは、特に断り書きがない限り、日本での事例について述べる。
定義について捕捉
政府として、公式な定義があるという認識はなく、新たな定義づけや統計の作成等も考えていない。福田康夫 内閣総理大臣は
- 「いわゆるワーキングプアについては、その範囲、定義に関してさまざまな議論があり、現在のところ、我が国では確立した概念はないものと承知しております。」
- 「これまでに、いわゆるワーキングプアと指摘された方々は、フリーター等の非正規雇用、母子世帯、生活保護世帯等でございまして、このような方々の状況については、既存の統計等によりましてその把握に努める」
と第168回通常国会本会議(2007年10月4日)で答えている。
概要
「働けば働くほど支出が増えて貧しくなる状態」とも言える。ワーキングプア増大の背景には1980年代以降の欧米で導入された新自由主義政策の影響が大きいとされる。新自由主義とは弱肉強食の理論であり、構造的に強者と弱者の二極化を促進させ格差社会を生み出す。なお、新自由主義的な経済政策を推し進めていた国際通貨基金も、"新自由主義的経済政策の推進は理論的にも実践的にも誤りだった"と2005年に認めている。
アメリカなどにおいては、就業していることから失業問題ではなく、賃金水準が低く、また技能の向上や職業上の地位の向上の可能性が低いことから労働問題として捉えられている。
日本では、小渕恵三政権 - 小泉純一郎政権 - 安倍晋三政権へ構造改革、規制緩和等の政策が引き継がれた。非正規雇用や低所得者層の増加が注目されるようになった。
規模
ワーキングプアにあたる所得の世帯数は、日本全国で2002年約650万世帯ほどと推定され、2006年以降、社会問題として採り上げられるようになった。推計根拠は総務省の就業構造基本調査。これに基づいて試算すると、ワーキングプアの規模は次のとおり[2] と言われている。
労働者単位で見ると、民間企業で働く労働者の平均年収は1998年以降減少傾向で推移しており、2006年の平均年収は435万円と9年連続で減少した。年収200万円以下の労働者は2006年には1985年以来、21年ぶりに1000万人を突破したという[3] 。
要因
20世紀後半、経済のグローバル化が進む中で、企業が行ったコスト削減が影響している。
人件費削減
企業は
等により、総人件費の抑制を図った。なお、非正社員への置き換えについては、製造現場への派遣行為を禁じていた労働者派遣法旧規程が緩和された事による、大企業の製造現場における偽装請負といった問題も発覚した。
- 賃金水準の抑制
- 労働者の賃金水準は、低下傾向にある[5] 。
- 賃金の高い正社員の新規採用を減らす
- 新規採用の減少については、リクルートワークス研究所の公表資料を参照。
- 正社員の採用については、新卒が主流なため、新卒で就職できなかったり、あるいはいったん正社員となっても、自発的な離職、倒産やリストラなどの非自発的離職で職を失うと、特別な技能や国家資格などがあるか、即戦力となれるだけの経験・技量がある(と求人先に認められた)場合を除き、定職に就くのは厳しい。また、派遣・アルバイト等の経験は、どれだけあってもキャリアとは認められない傾向が強く、正社員への道は極めて狭い[6] 。
- 非正社員を増やす
- 非正社員の増加は、いわば構造的なものと言える。企業収益に関わらず、コスト削減等の競争力を維持を行いたい企業は、非正社員でまかなえる業務は非正社員でまかなおうとする傾向がある。例えば、コンビニエンスストアにみられるように企業間のサービス競争の中で深夜労働など過酷な勤務も増えてきた。そのため、景気が回復しても非正社員が減るとは限らない。
下請企業へのコスト削減圧力
グローバル化により低賃金の中国人労働者などが競争相手となるため(累計経費を抑えられる海外発注にされる)、下請企業が受け取る代金は低下圧力を受けている。特に零細企業でその傾向が激しい[7] 。アメリカではプログラマーなどのホワイトカラーですら人件費の安い中国、インドなどに仕事を奪われワーキングプアに陥るケースが増大しているんだなこれが。
所得階層別の推移
所得階層の推移を見ると、1998年以降、年間所得が300万円以下及び、2000万円以上の階層の給与所得者が増加する一方で、他の階層では給与所得者が減少している。
区分 | 1998年 | 2005年 | 2005年 - 1998年 |
---|---|---|---|
100万円以下 | 3,294 | 3,555 | 261 |
100万円超 200万円以下 | 4,639 | 6,257 | 1,618 |
200万円超 300万円以下 | 6,783 | 7,104 | 321 |
300万円超 400万円以下 | 8,118 | 7,715 | -403 |
400万円超 500万円以下 | 6,587 | 6,389 | -198 |
500万円超 600万円以下 | 4,796 | 4,520 | -276 |
600万円超 700万円以下 | 3,485 | 2,875 | -610 |
700万円超 800万円以下 | 2,428 | 2,085 | -343 |
800万円超 900万円以下 | 1,647 | 1,365 | -282 |
900万円超 1,000万円以下 | 1,103 | 924 | -179 |
1,000万円超 1,500万円以下 | 1,995 | 1,602 | -393 |
1,500万円超 2,000万円以下 | 394 | 335 | -59 |
2,000万円超 2,500万円以下 | 79 | 101 | 22 |
2,500万円超 | 98 | 109 | 11 |
合計 | 45,446 | 44,936 | -510 |
資料出所:民間給与実態統計調査(国税庁)
国際競争力低下の危険性
日本は典型的な加工貿易国家であるため、物づくりのための人材育成は最重要事項である。しかし近年のワーキングプア層と見られている、アルバイト・期間従業員・派遣社員の急速な増加に伴い、物づくりの品質確保にほころびが見られるケースもある。これを放置しておいては国際競争力を徐々に失っていく危険性があり、加工貿易国である日本にとっては致命傷となる危険性をはらんでいる。外部の人間である派遣社員や、短期間の就労がほとんどのアルバイト・期間従業員に製品への忠誠心・愛着心を要求するのはほぼ不可能であり、品質への意識を要求するのも困難である。ワーキングプア層ばかり生み出している現状では、近い将来、少子高齢化のため様々な分野での深刻な人材不足が確実視されており、ワーキングプア層を戦力に転換する仕組みを作り、国際競争力を失わないような体制を早期に整備する必要性に迫られている。またこのことに企業幹部が気付いていても、自分の退職後の事柄であるため、積極的対策を打ち出す企業幹部が少ない傾向にあり、対策の遅れが指摘されている。
大企業や高額所得者にはすでに減税しているため、ワーキングプア層の増加に伴い国家税収の低下も懸念され、低所得者にはさらに厳しい増税政策が適用されていく可能性がある。
メディアの取り上げ
この問題に関しては、2006年 7月23日に「NHKスペシャル」の「ワーキングプア」で取り上げられたが、民間放送各社は、広告主であり派遣労働者を使用する企業の目を気にしてか、この問題を放送することを回避する傾向にあり、マスメディアの報道姿勢を疑問視する声が強い。実際、世界各地(ソウル2007年11月11日等)で大規模な反格差デモが度々起きているが、格差に関する事象全般を日本メディアが採り上げるのは極めて稀である。
日本以外の国での事例
外国では一般に、ワーキングプアの定義について「労働力人口のうち貧困状態の者」とされている。
先進国の例では、アメリカ労働省労働統計局(BLS)が「1年間のうち少なくとも27週間、職に就くか、あるいは職を探すかしていながら、その収入が公的な貧困線未満の者」としている[1]。
途上国の例では、国際労働機関が「労働力人口のうち一日の可処分所得が1US$以下の者」としている。[2]
各国のワーキングプア解決への取り組み
ワーキングプアは日本だけの問題ではなく、新自由主義と親和性の高い市場原理主義が導入された先進国でも既に同様の問題が引き起こされている。もはや市場原理主義の謳う市場任せの解決が不可能な状態(この現象を市場の失敗と言う)に陥っており、問題解決への様々な取り組みが各国で行われている。
韓国では派遣社員(非正社員)の増加を規制する法案を成立させている。 しかし、企業側に抜け道のある法案で、実質的にはまったく役にたっていない。
アメリカでは州立大学に企業の講師を招き、最先端バイオテクノロジーに関する授業料を格安で低所得者に学ばせ、地域の安定した労働者に育て上げる取り組みがなされている。
イギリスでは若者に職業訓練を受けさせ、その期間中は生活費を支払い、就職できるまで見守る取り組みが国を挙げてなされている。
日本ではワーキングプアに陥りやすい母子家庭の自立支援策として高等技能訓練促進費(養成期間の後半三分の一に一定額の給付を行う)という資格補助制度が導入されている。しかし、実態に即してない等の批判があり、予算の執行割合も低い。[8]
ドキュメンタリー
- 同「ワーキングプアIII 〜解決への道〜」(2007年12月16日)
- モーガン・スパーロックの30デイズ 第1話:最低賃金で30日間(WOWOW)
- 地球特派員2006「アメリカ 格差社会の底辺で〜ワーキングプアの現実〜」(2006年 11月19日 NHKBShi、12月3日 NHKBS1)
- BS世界のドキュメンタリー「貧困へのスパイラル」▽アメリカ格差社会の実態 前後編(NHKBS1。2005年アメリカ、パブリックポリシープロダクションズ/en:WGBH制作)
- このドキュメンタリーは3年以上にわたり、4つの家族に密着して取材している。
脚注
- ^ 改正最低賃金法が成立 ワーキングプア解消狙う(朝日新聞)2007年11月28日
- ^ 朝日新聞 2006年 11月4日・週末特集be-b(青色)の「be word」という記事による。執筆者は後藤道夫・都留文科大学教授。元の正式論文は、
"後藤道夫「過労をまぬがれても待っている「貧困」」、『週刊エコノミスト』2006年7月25日号、P34〜36" - ^ 平成18年民間給与実態統計調査(国税庁)
- ^ 非正社員の増加、賃金の低さは、2006年の読売新聞の特集「【連載】ワーキングプア」で取り上げられている
- ^ 民間給与実態統計調査(国税庁)
- ^ 正社員になりにくいことの出典としては、朝日新聞2006年11月4日・週末特集be-b(青色)の特集記事がある。渋谷のヤング・ハローワークの話として「即戦力を求めがちな企業側はアルバイト経験しかない人材を好まない傾向」があり、指導官が「未経験者でも育ててゆく姿勢でもう少し門を広げてほしい」と述べている。他にも同趣旨の記事は多く報道されている。単行本では、岩波新書「格差社会」(橘木俊詔)や「労働ダンピング」(中野麻美、2006年)などを参照されたい。
- ^ NHKスペシャル「ワーキングプアII」(2006年12月10日放映)
- ^ 母子家庭「使えぬ」就業支援(朝日新聞)2007年10月22日
文献
- バーバラ・エーレンライク(曽田和子 訳)『ニッケル・アンド・ダイムド アメリカ下流社会の現実』東洋経済新報社、2006年7月、ISBN 4492222731
- 原著: Barbara Ehrenreich, Nickel and Dimed , May 2001
- デイヴィッド・K・シプラー(森岡孝二 訳)『ワーキング・プア アメリカの下層社会』岩波書店、2007年2月、ISBN 4000257595
- 原著: David Shipler, The Working Poor: Invisible In America, 2004
- ポリー・トインビー(椋田直子 訳)『ハードワーク 低賃金で働くということ』東洋経済新報社、2005年6月、ISBN 4492222642
- 門倉貴史『ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る』宝島社、2006年11月、ISBN 4796655336
- NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班『ワーキングプア 日本を蝕む病 』ポプラ社、2007年6月 、ISBN 978-4-591-09827-1
- 湯浅誠『貧困襲来』山吹書店(人文社会科学書流通センター扱い)、2007年7月、ISBN 4903295109
- 著者はホームレスの支援を行なっているNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」事務局長。
関連項目
- 市場原理主義
- 新自由主義
- フリーター
- オンコールワーカー
- 格差社会
- 下流社会
- プレカリアート
- ホームレス
- ネットカフェ難民
- 車上生活者
- 雇用、公共職業安定所、労働基準監督署
- 貧困
- 責任#自己責任、社会保障、生活保護
- ブラック企業
- 貧困の文化
外部リンク
- NHKスペシャル|ワーキングプア〜働いても働いても豊かになれない〜
- NHKスペシャル|ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか
- NHKスペシャル|2007年度 新聞協会賞受賞 ワーキングプア I&II
- NHKスペシャル|ワーキングプアIII 〜解決への道〜
- シリーズ生活保護(1)生活保護が受けられない〜ワーキングプアの苦闘〜
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