「中田久美」の版間の差分
2011年6月6日 (月) 02:10時点における版
中田 久美
Kumi Nakada | ||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
基本情報 | ||||||||||||
国籍 | 日本の旗 日本 | |||||||||||
生年月日 | (1965年09月03日) 1965年 9月3日(59歳) | |||||||||||
出身地 | 東京都 練馬区 | |||||||||||
ラテン文字 | Kumi Nakada | |||||||||||
身長 | 177cm | |||||||||||
血液型 | A型 | |||||||||||
選手情報 | ||||||||||||
愛称 | クミ | |||||||||||
ポジション | セッター | |||||||||||
利き手 | 両利き | |||||||||||
| ||||||||||||
テンプレートを表示 |
中田 久美(なかだ くみ1965年 9月3日 - )は、日本の元バレーボール選手(全日本女子代表)、バレーボール指導者、タレント、スポーツキャスター。スポーツビズ所属。現在、セリエA・ノヴァーラのアシスタントコーチ。日本リーグ、プレミアリーグ(Vリーグ)時代を通じて女子最多4度の最高殊勲選手賞受賞者である。
来歴
東京都 練馬区出身。名前の由来は、誕生日(9月3日生まれ)から。練馬区立練馬東中学校入学後からバレーボールを始め、2年生の時山田重雄の英才教育バレーチーム『LAエンジェルス』に2期生として入団。その関係からバレーボールに専念するため高校は通信制のNHK学園高校に通い卒業。中学校時代は、同期に生徒会副会長を務めていた尾崎豊がいた。
バレーボール漬けの環境で才能を開花させ、1980年に 大谷佐知子と共に史上最年少の15歳で全日本代表に選出。翌1981年に日立に進み、日本リーグ新人賞を獲得。なお、日本リーグ(現・プレミアリーグ)デビューは16歳3ヶ月で、2007年1月に15歳4ヶ月で岡山シーガルズのセッター堀口夏実が出場するまでは、最年少記録であった。
1986年9月、世界選手権で主将を務めた。11月、練習中に右膝前十字じん帯を断裂。再起不能ともいわれた大ケガだったが、リハビリを乗り越え10ヶ月後に試合に復帰。1988年2月、再び右膝を手術。しかし右膝は完治せず、試合の時は痛み止めの薬を手放せなくなる。同年ソウル五輪出場。
1992年、バルセロナ五輪に出場。日本女子バレー史上初となる3度目の五輪出場を果たし、日本選手団の旗手も務めた。
バルセロナ五輪を最後に同年11月に一度は現役を引退したが、1995年に現役復帰、1996年にはアシスタントコーチに就任。1997年に日立を退社して以降、バレーボール教室など後進の指導や全国各地での講演、バレーボール解説者のほか、スポーツキャスター、タレントとして活動している。
2005年から翌年まで、日本バレーボール協会の強化委員を務めた。2008年、イタリアプロリーグセリエA・ヴィチェンツァのコーチに就任。日本人女子として初めて海外バレーボールチームの指導者となった。2009年、セリエA・ノヴァーラのアシスタントコーチに就任。
人物・エピソード
- 日本を代表するセッターであるが、全日本に入った頃はセンタープレーヤー登録だった。セッター転向を持ちかけられたとき「私、全日本のセンターなんだけど?と思った」と当時の心境を告白している。
- 1985年 11月8日『一枚の写真』(フジテレビ)に出演。
- 一度選手を引退してから結婚し、セミヌード写真集も発表して話題を集めたが、夫婦間のすれ違いから離婚。現在は独身である。
「てめーら、コノヤロー!」事件
2004年、フジテレビ「すぽると!」生放送において、アテネオリンピック出場権を獲得したバレーボール全日本女子メンバーが出演した際、選手達の行きすぎた浮かれ具合とはしゃぎ振り(実際、選手たちはオリンピックの出場権を獲得してテンションが上がって『キャーキャー』と盛り上がり、司会の質問が聞き取りにくくなるほど)に中田は業を煮やしていた。その直後、画面が試合映像に切り替わった途端、中田は「てめーら、コノヤロー!」と一喝し、選手達の気を引き締めるが、同時にスタジオ全体を静まり返らせた。しかしこの時、マイクがオフになっていなかったために、その中田の怒鳴り声が全国に流れてしまった(当時スタジオには全日本女子監督・柳本晶一の他、フジテレビ幹部も多数いたという。CM明けの選手たちは、さっきとは打って変わって大人しくなっていた)。容赦ない怒声が放送された事で、中田本人はこの発言後に今後フジテレビへの出入り禁止を覚悟したほどであったが、寧ろ逆に翌日、日本バレーボール協会から「色々とご指導ありがとうございました」と感謝の言葉が返ってきており、フジテレビの方からもお咎めはなかった。
後に、同フジテレビの『ジャンクSPORTS』でそのシーンが放映され、MCの浜田雅功(ダウンタウン)は同番組にゲスト出演していた中田に直接ツッコミを入れると、中田は「やっちゃったんです、もぉ...」と爆笑のあまり思わず涙を流しながらも、この事件の真相について必死に弁明していた。さらに『HEY!HEY!HEY!』や『ネプリーグ』などの番組内でも再度映し出され、中田の怖さが話題にあがる。そのVTRを見た大林素子(全日本、日立時代の後輩)は、「あの場面にもし私がいたら、きっと選手達と一緒にはしゃいで中田先輩に怒鳴られていたかも」と語っていた。
球歴・受賞歴
- 所属チーム履歴
- 練馬東中→日立(1981-1992年、1995-1996年)
- 全日本代表 - 1980-1986年、1988-1989年、1991-1992年
- 全日本代表としての主な国際大会出場歴
- 受賞歴
著書等
- 夢を信じて(中田久美著、日本文化出版、1993年3月、ISBN 9784931033931)
- バレーボール〈上巻〉基礎編(中田久美、てしろぎたかし、松下佳正共著、集英社、1995年1月、ISBN 9784082880330)
- バレーボール(中田久美、てしろぎたかし共著、集英社、1995年2月、ISBN 9784082880347)
- N.93―中田久美写真集 (新潮社、1998年10月、ISBN 9784104261017)
- 唯一の写真集。セミヌードシーンもある。
- 天才セッター中田久美の頭脳(タクティクス)(二宮清純著、新潮社、2003年3月、ISBN 9784104590018)
脚注
外部リンク
- プロフィール
- 中田久美オフィシャルブログ 一寸先は光
- 中田久美のバレー特集:Sports@nifty
- 日本オリンピアンズ協会 OAJインタビュー 森田淳悟さん&中田久美さん
- 中田久美 公式ブログ(〜2010年01月31日)
日本リーグ女子 最高殊勲選手賞/最優秀選手賞 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
日本リーグ |
| ||||||||
Vリーグ |
| ||||||||
V・プレミア リーグ |
| ||||||||
V.LEAGUE DIVISION1 |
|
|