何と検査施設が3年間で倍増。いまだに「万能神話」が罷り通る摩訶不思議。
2008年5月号 LIFE
「全身の小さながんが一度に発見できる」「がん検診の切り札」といった謳い文句で人気を集める画像検査の「PET」。旅行代理店との提携による観光と組み合わせたPET検診ツアーも盛んだ。最近では韓国のゴルフ好き富裕層をターゲットに、房総半島(千葉県)でのゴルフや温泉とセットにした「輸入」ツアーまで登場している。
しかし、本来、がんの転移や再発などの診断に威力を発揮するPETが、がん検診の切り札と信じられ、普及に拍車がかかっているのは由々しきことだ。日本のPETがん検診の最大の問題は、PET単独の検査ではがん検出率が低い点にある。にもかかわらず誇大宣伝が後を絶たず、PETがん検診センターなるものが増えているのだ。
ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(陽電子放射断層撮影装置)の略称であるPETをがん検診に使ったのは、1994年の山中湖クリニック(山梨県)が最初。その後、2002年に大腸など10種類のがんの臨床検査が保険適用になったのを機に、自由診療のPETがん検診との二本立て経営に乗り出す病院経営者が増えだした。テレビや週刊誌など一部のマスメディアが冒頭のようなキャッチフレーズではやしたて、それが日本人の健康志向、がん不安に便乗して一気に広まった。
さらに、PETは短寿命の放射性薬剤FDGを製造するサイクロトロンを併設すると10億円台の初期投資がかかることから、装置メーカーや薬剤製造企業、取り扱い商社などがこぞって売り込んだことも見逃せない。事業欲にかられた医者たちが、これに飛びついた。
がん細胞の増殖スピードは、正常細胞の数倍から十数倍速いため、エネルギー源であるブドウ糖をより多く取り込む。PETはこの性質を利用したもので、ブドウ糖に放射性同位元素(フッ素18=半減期110分)を加えたFDGを静脈注射した後、その集積が発するガンマ線を画像処理し、転移を含めたがん病巣の広がりを陽性像として捉える仕組みだ。濃淡や形状から位置、大きさがわかる。代謝が昂進した再発がんは数ミリの大きさでも捉えられる一方で、ブドウ糖の取り込みが少ない早期がんは集積画像の判別が困難だ。部位(臓器)によって、見つけやすいがんと、見つけにくいがんがある。これがPETの「ピットフォール」(落とし穴)と呼ばれるウイークポイントになっている。
国立がんセンターのがん予防・検診研究センターが開設して間もない04年から1年間に、がん総合検診を受けた約3千人中、約150人にがんが見つかったが、そのうちPETで陽性となったのは15%に過ぎないというデータが、06年3月の読売新聞夕刊で報じられた。同センター検診部長の「PET検診の意義は小さいのではないか」とのコメントもあって、全国各地で検診キャンセルが相次ぎ、受診者からも「有効性が低いものを勧めた」と苦情が出る騒ぎとなった。だが、15%という低い発見率は、想定されていたことだった。
胃や大腸などの消化管に出来るがんは、粘膜表面に広がって成長していくが、早期の段階では3センチの大きさでもさほど栄養分を必要としない。このような場合、内視鏡では簡単に見つかっても、PET単独での検出は難しい。「数ミリでも見つかる」といった誇大宣伝がPET万能神話を流行らせたのだ。
PET神話が喧伝されていた04年11月、PETの専門医を中心に構成する日本核医学会は「FDG―PETがん検診ガイドライン(2004)」を出し、「効果に関する誇張広告は慎むべき」と、身内に抑制を求めた。例えば「数ミリのがんが発見されることがある」と宣伝する際には、大きさだけがPETでのがん描出を決める因子ではなく「数センチのがんでも発見されないことがある」と付記すべきだと釘を刺したのだ。3年後の昨年11月に出た改訂版(2007)は「PETがん検診の有効性に関するエビデンスは不十分」と強調している。いまだに科学的根拠に乏しいがん検診である現実から一歩も脱け出せていないのだ。
にもかかわらず、PETがん検診センターは増え続けている。日本核医学会と臨床PET推進会議が改訂ガイドラインを作成するために調査した05年の時点で、全国のPET検査施設は99個所だったが、今年春には180個所と倍増している。増加分の大半が、がん検診センターである。しかし、PETの受診者数は年間10万人台で推移、横ばいとも底ばいともいわれ、受診者を奪い合うセンター間の競争も表面化しつつある。昨年夏には、PETがん検診センターの経営不振が原因で大分県の民間医療機関が破綻した。今後、PETがん検診への依存度が高く、がん再発・転移診断など総合診療の一環で使いこなすことのできない医療機関は淘汰されてゆくと見られている。
PET検診にかかる料金は、PET単独で8万円から11万円。他の検査を含む総合検診だと、十数万円以上に跳ね上がる。「セレブの検診」との揶揄も聞かれるが、東大医学部健診情報学講座のグループによる「支払い意思額(Willingness To Pay=WTP)」調査によると、40〜59歳の男女740人がPETがん検診の意義を正確に伝えられた時に支払ってもよいとした金額の平均は約1万2千円。「実勢価格」とのギャップがこれほど大きいのは、医療機関がPETの実力を過大評価、あるいは「偽装」しているからだと言わざるを得まい。
前述の韓国から房総への輸入ツアーは3泊4日で一人35万円から。関係者によれば、中国からのツアーも計画中という。人間ドックという独特の検診スタイルを経済成長著しい近隣諸国に売り込む日本のメディカル・ツーリズムにとってPETがん検診は最大の武器なのである。
実は、臨床医学を中心にPETの役割は大きくなっている。がんの早期診断、病期(進行ステージ)診断や治療方針の変更、治療効果の判定、アルツハイマー病など脳疾患の早期発見などである。加えて、医薬品の用量設定や、薬効評価による新薬開発にも役立つPET技術導入に、欧米のメガファーマは巨費を投じている。そうした世界の流れの中で、日本だけがまやかしの「PET神話」を膨らませてきた。前述のWTPの結果も示すように、PET本来の力を発揮させられないようでは「看板に偽りあり」と、世界の笑い物になることだろう。
首都圏のある私立医大の教授(放射線診断学)は、「検診はPETの本来の目的ではない。仮に検診に使っても、その画像を的確に判定(読影)できる核医学専門医が常駐していなければ、無用の長物にすぎない。専門性の高い施設に装置を集中させる必要がある。がんを見落として多くの人に悲劇を及ぼす前に、手を打つべきだ」と警鐘を鳴らす。これは、受診する側にも意識を変える必要があると理解すべきだ。