富山観音堂は坂上田村麻呂が大同年間(806〜810)に慈覚大師が作った観音菩薩像を安置したことがはじまりで、石巻の牧山観音・涌谷町の箟獄観音とともに奥州三観音として人々に信仰されてきました。
堂は伊達政宗の長女五郎八姫承応3年(1654)に改修させたもので、方三間、屋根宝形造瓦葺で、石積み基壇は珍しいものといわれています。観音堂向かって右手の梵鐘は明暦3年(1657)に五郎八姫から寄進されたもので宮城県の文化財に指定されています。
仁王門まえには松島湾の全景を一望できる展望台があります。標高117mのこの展望台は京都の清水寺のように斜面に張り出しているので眼前には視界を遮るものがなく眼下の松島湾の海や島々を一望できるのはもちろん遠く泉ヶ岳や蔵王連峰なども見ることができます。江戸時代の仙台藩の儒学者、舟山万年も麗観は松島を眺望するに最もすばらしい四つの場所である四大観の一つとしました。
扇谷は幽観とも呼ばれ、松島四大観の1つに数えられ眺望に優れたところです。扇谷の名前の由来は頂上から海の方を見たとき景色が扇のように広がるように見えることができ、眺望の手前に扇の要、要島を眺めながら島々を見渡せます。
仙台藩領の数々の寺院を開山・中興をした雲居禅師は扇谷の静寂さを愛し座禅堂を建てました。この地には明治時代になるまでは海無量寺がありました。このことは幽玄の地として文献に残されています。現在では金翅堂(達磨堂)と呼ばれる小堂と岩窟が残るのみとなっています。
周囲にはモミジやケヤキが多くみられ、春は新緑・秋の紅葉の時期には美しく色づきます。
地区の12軒ほどの農家で栽培される約五ヘクタールの菜の花畑には甘い香りが漂って、ミツバチが飛び回り、美しい松島湾の青と、鮮やかなコントラストを見せ、「これこそ松島湾の“春の風物詩”」といえる風景が広がります。
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