来ちゃったよ日本最西端。
与那国島の西崎(イリサティ)、向かいは台湾だ。
その灯台から見える久部良(クブラ)は日本最西端の集落。「Dr.コトー診療所」にいつも出てくるね、コトー先生がゲロ吐きながら時任三郎の漁船でたどり着く港だ。
って俺そのドラマ1回しか見たことないんやけど。しかも10分くらいだけ。
久部良の背後には日本最西端の山、久部良岳(195m)がそびえている。頂上にNTTのアンテナなんかがいっぱい立っているが、その左(北側)にも小さな山がある。
その小さな山、国土地理院の地図では144mの点が打ってあるが、あれは何かな。よく見たら頂上の左側がちょっと妙な具合になってるみたいだが。
(左)久部良港。アンテナが立ってるのが久部良岳、その左の小さな山 (右)拡大、なんかくっついてるぞ
久部良から与那国空港方面へ移動すると、こいつの正体がだんだんわかってくる。
(左)山から耳が生えてきた (右)拡大、けっこう福耳
(左)さらに東へ向かうと・・・あれ? (右)拡大、三つに分解した!
幹線道路からよく見えるため、島民はこの岩のことを誰でも知っているようだ。
『やえやまガイドブック』にも隅に小さく載っていた。この岩は「ミミシ」と呼ばれていて、3人の女神が宿っているとの伝説があるらしい。が、それ以上のことは不明だ。
ミミシというふしぎな言葉は何を意味するのか。「三石」?「耳石」? あるいは「三女神(ミメシン)」かも。
日本各地の宗像神社に見られるように、3人の女神といえば海の神だ。その信仰は、南方から渡来して日本各地を開拓した海人(あま)族と深くかかわっている。
与那国島には謎の海底遺跡など古代の遺物が多いようだが、あるいはこのミミシは海の女神信仰が日本で最初に上陸した場所なのかもしれない。
久部良の食堂でオリオンビールを飲みながら、「ミミシに登る道はあるんですか?」と聞いてみた。すると、
「久部良岳に行く道を登っていくと右手にミミシが見えてくる場所がある。そのへんに道はあるようなないような」
とあいまいなことをおっしゃる。
がぜん燃えてきた。女神様が俺を呼んでいる。
翌朝、さっそくミミシへ向かう。
久部良で唯一の信号機のある交差点を山のほうへ曲がり、500mほど行ったところで左の脇道に入る。舗装された道を1.5kmほど進んで、やや急な坂道を登りきったあたりでフト右を見たら、上方にミミシ様が堂々とそびえているのが見えた。
なかなかの迫力だ(冒頭写真はそこからのズームアップ)。左から「東の女神」「中の女神」「西の女神」と名づけよう。
道の脇になにやら石板があり、そこから藪の中に踏み分け跡がついている。ここだな!
(左)そびえ立つミミシ、草むらに踏み跡 (右)久部良岳天然保護区域を示す石板、ミミシには触れず
気合いを入れて森に踏み込む。すると10歩ほどで踏み跡は完全消失。そして高さ2mほどの土のガケが行く手を阻む。土を削り取った跡のように見える。
この壁を越えないと先には進めない。足がかりがないのでやや苦労するが、木の幹やツルをつかんでよじ登る。
おっと、いきなり1.5mくらいの大きな蛇がお出迎えだ。ヨナグニシュウダかな。でも与那国島にはハブがいないのでガンガン歩いてオッケー。
(左)行く手を阻む土のガケ (右)あとは、ふつーにジャングル
亜熱帯植物をかきわけながら、さっきミミシが見えた方向に向かってとにかく登る。亜熱帯ジャングルのヤブ漕ぎは初めてだが、大きなヤシなどの葉っぱがバサバサあって、おもしろい。
15分ほど登ったところで大きな岩の根元に出た。あれ、これ、ミミシ様よね。もう着いちゃった。
東の女神と中の女神の境目あたりに出たようだ。どっちもデカイ!
(左)東の女神、絶壁です (右)中の女神、覆いかぶさってます
こんなの登れやしない。でも、2つの女神の間に幅1mほどの隙間があってヤシが生えている。岩の裏側に行けそうだぞ。
そこを登って裏側に行ってみた。するとそこはこの144mピークの山頂部と思われる場所で、50坪ほどの窪地になっている。外界から隔絶された秘密基地のような空間だ。噴火口のあとのようにも見えるが火山じゃないよね?
で、岩をふり返ったらなんと! 中の女神はやっぱりどうしようもないが、東の女神には木やツルがからんでいて、それを利用したら登れそうじゃないの。
(左)東の女神と中の女神のスキマ (右)裏から見た東の女神、ステップまでついている
岩にはつかむところはないが、ざらっとしててすべりにくい。女神様の生け贄にならないよう慎重に登る。
まもなく頂点にたどり着いた。
その瞬間、こわいくらいにイキナリ広がる大空間。東シナ海ビッグバン!。
(左)あそこが頂点だ! (右)うおぉーーっ、空港だーっ
(左)おしっこもれそ〜〜〜 (右)下を見たらコワイ〜! 岩に変なギザギザ突起がある〜
(左)中の女神デカイ〜! 20〜30mくらいありそう (右)見たことのない不思議な亀裂と窪み、なにこれ〜
あまりの爽快感に、島内のどこかをウロついてるであろう姉に思わず電話した。ははは、こんなの初めて。
岩の上は三角帽子の頂点みたいになっていて、平たい部分は5cm四方くらいしかない。しかも前方に傾斜していて怖い。
でもどうにも立ち去りがたく、アップダウンクイズ状態で15分間こらえて黒糖カステラを食った。
こんなとこに登ったやつはほとんどいまいエッヘン、と思ったが、岩の表面に年月日のような文字を刻んだ跡があった。
東の女神から下りて山頂部の窪地に戻り、ここを探検する。
この窪地はその昔、聖地だったに違いない。雰囲気が他の場所とまるで違う。しんと静まり返る空気に心が洗われるようだ。
大きな岩に抱きつくものすごいガジュマルを発見。まるで岩を絞め殺そうとするかのようで、これまで見た中で最大だ。
(左)俺の視野を埋めつくす根っこ (右)聖なる山頂窪地から見上げる空、まさしく秘密空間
中の女神は、前から見たときは円筒形に見えたが、ここからだとまるで人工物のように平面できっちり長方形をしている。つまり全体としてはカマボコ型なのか。
西の女神のほうを探ってみると、なんとこれも中の女神とのスキマから登れそうなケハイ! これは行ってみなければ。
(左)聖なる窪地から仰ぐ中の女神、長方形のビル状 (右)西の女神と中の女神のスキマ
こっちには木々の合間にオオタニワタリが多い。その新芽を踏まないように気をつけながら、岩にへばりつく根やツルをつかんで登ってゆくと、やがて西の女神の頂上に至る。
なんと、ここはスキーのジャンプ台みたいなことになっているぞ。
(左)西の女神の頂上 (右)先端部が手前に反り返っているので安全
(左)久部良集落と西崎が見える (右)中の女神、やはりでかい
(左)南には久部良岳 (右)中の女神の肩ごしに、東の女神の頂上部が見える。西の女神より低い
(左)岩の表面に名前や年月日が彫られている (右)北牧場の馬が1頭1頭見える
まったくもう、どうしようもなく手放しで大展望。思わずタメイキがもれる。
ここのほうが東の女神よりも安全に憩えるぶん、落書き彫刻も多い。あまりの達成感に名前を彫りつけたくなる気持ちもわからないでもないが、絶対やめましょう。
岩にペタッと寝そべり、チーカマを食う。
ここは日本の西のはじっこだ。はるかな昔から、いろんな人や物が海の向こうからやってきた。ミミシの女神たちはここでじっとそれを見つめていたのだろう。
一眠りしていきたいような気分。そして目覚めにまた国境の海をここから眺めたい。
でも、お昼前の飛行機で俺はこの島を離れなければならない。
西の女神での滞在も泣く泣く15分ほどで切り上げて聖なる窪地へ戻り、最初に通った東の女神との隙間を抜けて山を下りる。石板のある登り口までわずか10分ほどだった。
中の女神に素手で登ることはとうてい不可能だ。だがボルトを打っての人工登攀は、できれば避けてほしいと願う。
女神様は、東西の岩の頂上まで俺みたいなバカな物好きどもを導いてくださり、しかもこれ以上ありえないほどの大展望を用意してくださっているのだから。
それと三つの岩の裏側に隠された山頂部の聖なる窪地、ここは絶対に汚してはいけないような気がする。なんとなく、そんな気がする。
ともあれ、最果ての島での、すばらしい経験だった。 (06.12.11)
さようなら女神様
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