ある日、佐賀県在住のMさんという方から、こんなメールをいただいた。
佐賀県鹿島市にかわった山(岩)があります。
そこは浄土山という山の一部です。
近くの子供に「あの山なんと言うの」と聞きますと
「ち
○しろまるぽ山」と言っていました。
メールにはこのような写真が添付されていた。
ち、ち、ち○しろまるぼぉぉぉぉーーーー!!!
以来、この山の奇異な姿が網膜に張り付いて夜も眠れない日々を送ること約1年。ようやく九州行きの切符を手に入れた俺は、有明海に臨む鹿島へと直行した。
鹿島といえば全国的には鹿島アントラーズのある茨城県のほうが有名だが、佐賀県の鹿島はガタリンピックで有名だ。政治の道具と化したオリンピックなんかより、老若男女が泥にまみれるガタリンピックこそが真の平和の祭典と言えるだろう。
ま、見たことないけど。
JR肥前鹿島駅を8:37発の祐徳バス「大野行き」に乗り、十数分の三河内(みかわち)で下車。
浄土山は地図によると南北にいくつかのピークが連なっているが、登山道はないようだ。Mさんが送ってくださった写真は西側から撮ったものらしいので、とりあえず俺もそっち側を目指そう。
歩いたルート
三河内から中川という川沿いに国道444号線が走っている。それをまっすぐ南に歩いて行くと、まもなく見えてきたぞ、Mさんにもらった写真と同じだ。
(左)ついにご登場! (右)そうです私がわざわざ神戸からち
○しろまるぼ山を探しに来た変な人です
それにしても季節よろしく天気よろしく、このあたりのなんでもない農村風景の美しいことといったらもう・・・。意味もなく幸福感で胸が満たされちゃうよ。ビバ、日本の田舎。
山に近づくにつれ、手前の尾根が邪魔で山が見えなくなる。
地図によると、ち
○しろまるぼ山の真西に当たる土穴という集落から、ギザギザに登ってゆく林道がある。三河内から40分ほど歩いたところで、その林道取り付きに着いた。
(左)貝瀬集落での風景 (右)土穴集落、中川にかかる橋の西側から見た浄土山
いくつかのピークが連なる浄土山は、北側に主峰(三角点)があり、南側にこんもりとしたピークが2つ並んでいる。
問題のち
○しろまるぼ山はその間にある。主峰と南2峰はゆるやかな稜線なのに、その中間部分だけが妙なシルエットになっている。
土穴集落からさらによく観察すると、主峰から南にゴツゴツした稜線が続き、その端が反り返ったようにとんがって、ち
○しろまるぼ山と向き合っている。その岩場の右はガボっと大きな落ち込みで、そこからち
○しろまるぼ山が生えている格好だ。
ち
○しろまるぼ山には毛、いや、樹木が生えているように見えるので、それをつかんでよじ登ることができるかもしれない。
よし、本日の作戦は3ステップだ。
まずは北側の主峰に登る(ステップ?@)。そこからゴツゴツ稜を南下し、反り返った「向き合い岩」に立つ(ステップ?A)。そこからだと真正面にち
○しろまるぼ山のおぞましい全貌を拝めるに違いない。
そののちに、ち
○しろまるぼ山にトライしてみると(ステップ?B)。
ルート拡大(赤線)。
500.9mの頂上がステップ?@
その南、行き止まりの○しろまるがステップ?A
(向き合い岩)
そこから「C」の字を描いた先端がステップ?B
(ち○しろまるぼ山)
土穴から簡易舗装のジグザグ林道をしばらく登ると、ち
○しろまるぼ山がよく見えるところがあった。
(左)ジグザグ林道から (右)拡大・・・おや? 稜線端の「向き合い岩」はバラバラになっているぞ
25分ほどで、山腹を周回する林道に出た。浄土山全体の3分の2ほどをぐるっと取り巻く林道で、なお延伸工事中のようだ。
この地点はちょうど主峰の真西にあたり、標高260mくらい。周回林道を東側へぐるっと回り込むとさらに100mほど標高を稼げるみたいだが、どうせその先は道がないなら、このまま森の中の斜面を突き上げるほうが早いような気もする。
通行止めの柵をまたいで少し進んだところで杉林に入る作業道のようなのを見つけたので、そこから森に入った。
(左)周回林道に出た。左が登ってきたジグザグ林道 (右)急傾斜の杉林
道はすぐになくなったが、かまわず植林帯を登る。
尾根とも谷ともつかない平板な斜面だが、地図上の左側尾根を意識しながら登るうちに植林が切れ、これまで以上の急傾斜となる。地図では等高線が鬼のように密集している。岩も多い。木の幹や根を両手でつかんで腕力で登ってゆく。
やがて突然に傾斜がゆるくなり、再び杉の植林帯となる。
森に入って35分ほどで、ゆったりとした頂稜の小ピークに出た。主峰の少し北のようだ。東からの明るい日差しがうれしい。
(左)激傾斜の自然林、根性あるのみ (右)稜線に出た
稜線に沿って南へ踏み跡が続いているので、それを辿ってゆくと、杉林の中に大きな岩がドカンドカンところがっている。しかもそれらがいちいち古代の磐座のような趣で、神秘的な雰囲気だ。古代人の聖地だったのではないだろうか。
稜線に出て13分で浄土山山頂に到着した。ステップ?@、完了。
(左)受験生の神様にできそう (右)岩と岩が三角形の隙間を作っている
山頂の三角点
山頂はのっぺりと広いが、杉林の中で眺望はなく、まあ何の変哲も面白みもない。この山に登るなら、北側の巨石群を見ないとつまらないだろう。
適当な腰かけもないので立ったままおにぎりを食べて、10分ちょっとでさっそく次のステップ、南のゴツゴツ稜へと出発した。
岩のゴロゴロした斜面を下っていると植林が途切れ、大きなテーブル上の岩があった。6〜7人は上に乗れそう。
その岩の下へ降りてみると・・・こいつはたまげた! なんと、岩の南面は垂直の平面になっていて、そこに巨大な文字が彫りこまれている。
(左)テーブル岩、裂け目がちょっと怖い (右)「浄山」と読める。キヨメヤマか?
そう古いものではなさそうなんだが・・・しかしこんな道もないような険しい山の奥でこんな人工物に出会うと、まったくもってドキッとする。
山頂北側の磐座らしき巨石群といい、やはりこの山は昔から特別な宗教的意味を持っていたのだな。とすると、この山の名である「浄土」とは・・・もしかして、ち
○しろまるぼ山か!?
岩からさらに下ると、ほどなく小さな鞍部に出た。ここから先がゴツゴツ稜線だな。
すぐに岩場がお出迎えだ。それによじ登ると、今日初めての大展望が広がった。ここまで山頂から15分。
(左)主峰とゴツゴツ尾根との鞍部 (右)岩場のはじまり
(左)さほど苦労せずによじ登る (右)出発地の土穴、三河内を見下ろす
(左)有明海方面はかすんでいた (右)ふりむけば、杉林に覆われた浄土山主峰
次の岩峰はやや手ごわかった。岩を覆うヒトツバの新芽をできるだけ踏まないようによじ登る。稜線上には硬くて尖った枝の低木もあってスンナリとはいかないが、どうやらこのあたりがゴツゴツ尾根の最高点らしい。
ほどなく前方に、この尾根南端の「向き合い岩」が見えた。そしてその背後に見えるは、まぎれもなくち
○しろまるぼ山だ。
(左)ヒトツバの岩場 (右)手前から「向き合い岩」の岩峰群、ち
○しろまるぼ山、そしてこんもりした南峰が2つ
(左)岩だらけの尾根を下ってさらに近づくと・・・ (右)おおぉ、まるでラピュタの城ではないか!
「向き合い岩」は思った通り、いや想像以上に不思議な、そしてやっかいな状況になっていた。
垂直に近い岩塔が何本かに分かれて屹立しているが、その上は平坦な広場のようになっている。そしてそこには、まるで誰かが積み重ねたように平たい岩が重なり合っている。あれは人間の手によるものか?
ともかく、どこか取り付けるところがあるかどうか、岩塔の基部へ行ってみよう。
この下りは足がかりのない落差もあって、けっこう危険だ。バランスを崩すとあの世行きなので、自信のない人は無理すべきではないだろう。
岩塔基部のコルで両側を探ってみたが、登る手がかりゼロ。岩塔の左(東)側に沿って回り込んでいくと、やがて南の突端に出た。主峰の山頂から50分あまり。
岩根に沿って回り込む
ゴツゴツ尾根の南の突端は、幅1mほどの小さなテラスになっていた。その先はキレットとなってはるか下まで落ち込んでいる。しかもこのテラスは前方に傾斜していて、股間のひょわぁ〜感が断続的に襲ってくる。
目の前には、ち
○しろまるぼ山がモロ出しで聳えていた。
ち○しろまるぼ山北面
(真ん中の写真継ぎ目あたりで
上下1cmほどダブってます)
垂直の絶壁だ。20m、いやもっとあるだろう。写真の下側もさらに壁は続いている。
ふり返って仰ぎ見ると、「向き合い岩」がこんなふうに聳えていた。
威風堂々
なにやら感無量。向き合い岩の上に立つことは無理なので、ここでステップ?A完了としよう。
さてと。では最後のステップ、ち
○しろまるぼ山攻略へと出発だ。ここは行き止まりなので、いったん戻る。
ち
○しろまるぼ山に登れるとしたら南側からだろう。そのためにはこの岩稜から下の森に下り、岩の根に沿って南側へ回り込まねばならん。
どこかで森へ下りられるところがあるかと探りながらルートを戻ったが、途中からは皆無。結局はゴツゴツ尾根を全部戻り、主峰との鞍部付近からツルにぶら下がって西側の杉林へ下りた。
(左)さらばゴツゴツ尾根、主峰をバックにクロモジかなんかの花 (右)杉林に下りて岩稜を見上げる
岩の根は大きく西に張り出していたが、それを回り込むと、向き合い岩とち
○しろまるぼ山との間のキレットと思われるあたりへ出た。
さらに南へと回り込むと、ち
○しろまるぼ山の南側コルへの登りが現れた。
(左)岩の根に沿って回り込む (右)向き合い岩とち
○しろまるぼ山(右側シルエット)とのキレット付近
(左)この上がち
○しろまるぼ山だ (右)ち
○しろまるぼ山の南コル(右端)へ
向き合い岩を退却してから30分少々で、ち
○しろまるぼ山の南コルへ到着した。
ここから見上げるち
○しろまるぼ山は、上部は樹木があってなんとかなりそうだが、下部の3〜4mが垂直の露岩で、しかも胸高あたりまでがえぐれてオーバーハングしている。
それがぐるっとち
○しろまるぼ山の根元を取り巻いているのだ。ははは・・・なんでこんなことになったのか知らんが、まさにカリのくびれ。
上部、これはいけそうだが・・・
(左)問題はこの下部 (右)横から。本当に「ち
○しろまるぼ山」だった・・・
登れるかな。登ったとしてもロープなしで下りられるだろうか。しばし逡巡したのち、まあなんとかなるだろうという気分になったので、リュックを残して空身で取り付いた。
最初のカリ部分は立ち木を利用してなんとか登りきった。あとの亀頭部分は木の根を掴んでの腕力勝負。
(左)最上部ではこんな岩が覆いかぶさる (右)その左手の切れ目から
実質、5分ほどの登りだったろうか。
ち
○しろまるぼ山のてっぺんは、穏やかな風で俺を迎えてくれた。この日いちばんの360度大展望とともに。
岩登りで興奮の極に達した心身が、別種の静かな感動に満たされてゆく。
(左)すぐそこが頂上だ (右)明らかに人間が積んだ石があった
(左)山頂のすぐ下にはこんな岩のテラスがある (右)テラスにも人の手による石積みがあった
(左)向き合い岩と主峰 (右)南にはすぐそこにこんもりと南峰が迫る
それにしても、主峰も南峰も欠伸が出るほどゆるやかな形状なのに、間に挟まれた部分だけがなぜこんなにゴツゴツになったのだろう。
浄土山とは、中央の地獄に対峙して両極に極楽があるということを意味しているのだろうか。
岩のテラスで20分あまり風に吹かれながら、そんなことをぼんやりと考えた。
ともかく、これでミッションはすべて完了した。あとは生きて帰るだけだ。
下りは15分かけて慎重に下った。ていうか慎重以外の行動はすべて転落死を意味する。
途中でしつこくからんできたツル植物が、まるで「オレを使え」と言っているようだ。俺は山では常にローインパクトを心がけているが、このさい神の助けと考えて有難くそのツル植物の根を4〜5m引っこ抜き、ロープとして使わせていただいた。
ち
○しろまるぼ山から無傷で下りた俺は、再びリュックを背負い、そのまま西側の谷を下っていった。ここもまた杉の植林に覆われているが、登りに使った斜面よりも大きな石がやたらとゴロゴロしていた。
よくもまあこんなところにきっちり杉を植えたものだ。きれいに枝打ちもされているし。
小さな堰堤を越えると、周回林道に出た。ち
○しろまるぼ山の南コルから23分。土穴集落からのジグザグ林道が合流する地点のすぐ南だった。
ジグザグ林道を下り、のんびりと里の道を歩きながら三河内のバス停へと戻った。
(左)下ってきた岩だらけの杉林 (右)ジグザグ林道で、登りには気づかなかった山桜
14:50のバスまで時間があったので、途中の無人即売所で立派なデコポン6個300円を買った。美しい農村風景をあちこちで写真に撮りながら、腹いっぱいデコポンを食べた。
変化に富んだ地形の浄土山は、エキサイティングな岩稜歩きの楽しさとともに、大きな充実感を与えてくれた。
きっと昔は人々にとって特別な意味を持つ山だったに違いない。
Mさん、情報感謝です! (登山日:08.4.4)
三河内の三嶽神社付近から