子ども連れ外出に関する「心のバリアフリー」推進の取り組み

宇都宮大学大学院工学研究科
大森宣暁
1.はじめに
2000 年の交通バリアフリー法、
2006 年のバリアフリー法施行を契機に、
鉄道駅および駅
周辺を中心とした道路や公共交通等の交通システム、公共施設や商業施設等の活動機会の
バリアフリー化とともに、授乳・おむつ替えの設備や子ども連れでも利用しやすいトイレ
等の整備および情報提供が進められ、一昔前と比べると子ども連れで外出しやすい環境が
整ってきた。それに伴い、駅や商業施設等においてベビーカー利用者が増加し、ベビーカ
ーに関連する事故や、ベビーカー利用者と他の乗客との間にコンフリクトが生じるなど、
安全面や空間の使い方等について新たな課題が発生している。
このような背景のもと、2013年 6 月には「公共交通機関の移動等円滑化ガイドライン」が改訂され 1)、ベビーカーでの利
用にも配慮した旅客施設や車両整備が望ましい旨の記述が追加された。さらに、2013 年度
に国土交通省において「公共交通等におけるベビーカー利用に関する協議会」
(座長:日本
福祉のまちづくり学会長 秋山哲男)が設置され、
「ベビーカー利用に係るルールの策定」
と「ベビーカー利用に配慮する統一的なマークの作成」について協議が行われた 2)。2014
年 3 月には、ベビーカーマーク(図 1)の決定と、今後、キャンペーン等を通して、ベビー
カーの安全な利用の仕方および人々のベビーカー利用者に対する意識や理解を向上させる
ことに取り組むことを提言する報告書が国土交通大臣に提出された(図 2)
。2014 年 5 月の
一ヵ月間、全国的にキャンペーンが実施され(図 3)
、徐々にベビーカーマークが普及して
いる状況である(図 4)
。なお欧州諸国では、鉄道やバス車内にはベビーカー優先スペース
が設けられ、ベビーカーマークが掲示されている場合が多い(図 5)。我が国の都市・交通計画や土木計画学あるいは交通工学の研究分野では、1980 年代から
高齢者・障害者のバリアフリーに関する研究が活発に行われ、子ども、妊産婦、けが人、
重い荷物を持った人、日本語に不慣れな外国人、子ども連れ、なども移動制約者と認識さ
れてきた。しかし、子育てが重要な研究対象として認識されはじめたのは、
「子育てバリア
フリー」という用語が使われはじめた 2000 年代に入ってからであり、交通分野において子
育てに着目した研究は、それほど多くない。
本稿では、子育て世帯の外出活動を含めた日常生活におけるバリアについての筆者なり
の考え方と、筆者が関わった子ども連れ外出に関する心のバリアフリー推進の取り組みを
紹介する。
図 3 キャンペーン中の鉄道車内つり革広告 図 4 ベビーカーマークが掲示された鉄道
車両とベビーカー利用者
図 1 ベビーカーマーク(左:案内図記号、
右:禁止図記号)
図 2 国土交通大臣へのベビーカー協議
会のとりまとめ報告
図 5 バス車内の車いすおよびベビーカー優先スペースとベビーカーマーク(左:パリ、
右:ロンドン)
2.子育て世帯のバリアの考え方 3)
子育て中の親は、子どもの日常生活活動から生じる時間制約を有し、子ども連れで外出
する場合には移動制約者となるなど、非常に強い制約を伴うライフステージにある。筆者
は、子育て世帯が多様なライフスタイルを選択できるためには、
「子ども連れで外出しやす
い環境」と、
「子どもを連れずに外出しやすい環境」の双方の整備が重要であると整理して
いる。また、子育て世帯の日常生活を制約する多様なバリアを「1交通システムに関する
バリア」、「2活動機会に関するバリア」、「3子育て支援サービスに関するバリア」、「4子
どもの存在によるスケジュール制約に関するバリア」、「5子育て生活に必要な情報に関す
るバリア」、「6子育てや子ども連れ外出に対する人々の意識・理解に関するバリア」の 6
つに分類している。これらのバリアを緩和することによって、
「子ども連れ」の移動/活動、
「子どもなし」の移動/活動を、その時々の状況に応じて選択できる環境を提供することが
重要な視点であると考えている。
多様なバリアを緩和する役割を担うべき主体として、
国、
地方自治体、民間事業者、NPO 等、職場、子育て世帯、その他の世帯などが、適切な役割
分担と連携の下で施策を進めていく必要がある。
筆者が、首都圏在住の乳幼児を持つ女性計 1、000 人に対して実施したアンケート調査に
よれば、上記1〜5に関するバリアに対する認識が、居住地および子どもの数や年齢、子
育て経験、就業状況、子育てを手伝ってくれる人の存在等によって異なることが明らかと
なっている 4)
。また、日本、韓国、英国、フランス、ドイツ、スウェーデンの 6 ヶ国の首都
6 都市圏居住者に対する国際比較調査の結果、我が国は他国と比較して、ベビーカーで公共
交通を利用する際に、周囲の乗客から「乗降を手伝ってもらう」など、何らかの親切な行
為を受けている人の割合が非常に低く(図 6)
、同様に、公共交通利用時にベビーカー利用
者に対して親切な行為を行う人の割合も非常に低い(図 7)など、我が国における6のバリ
アの一面が確認されている 3)。都市・交通施設のバリアフリー化(1、2のバリアの緩和)や保育サービスの充実(3
のバリアの緩和)と、それらに関する十分な情報提供(5のバリアの緩和)
、および子育て
図 6 ベビーカーで公共交通利用時に周囲
の人から親切な行為を受けた割合
図 7 公共交通利用時にベビーカー利用
者に対して親切な行為を行う割合
のスケジュール制約を緩和する技術開発やワークライフバランスの改善(4のバリアの緩
和)等の効果を最大限に発揮するためにも、
「心のバリアフリー」の推進(6のバリアの緩
和)が非常に有効であるものと思われる。次章では、主に6のバリアの緩和にも貢献する
ものと考えられる、
これまで筆者が関わった子ども連れ外出に対する
「心のバリアフリー」
推進の取り組みを紹介する。
3.子ども連れ外出に対する「心のバリアフリー」推進の取り組み
(1)日本福祉のまちづくり学会
日本福祉のまちづくり学会「子育ち・子育てまちづくり特別研究委員会」5)
では、2009 年
より「子育ち・子育てまちづくりセミナー」と称して、子ども連れ外出バリアフリー教室
を開催している 6)。しろまる2009 年 2 月:子ども連れ外出
ベビーカー(コンビ)
、おんぶ・だっこひも(北極しろくま堂)
、授乳服(モーハウス)、トイレ(TOTO)
、各メーカーの方々をお呼びしてご講演を頂き、子ども連れ外出環境に関
する意見交換を行った。ベビーカーを利用して外出する際、鉄道駅や商業施設等での上下
移動や鉄道・バス車内等がバリアとなる場合も多いが、おんぶ・だっこひもを利用すれば
問題とならないこともある。授乳服を着用すれば、必ずしも授乳室を必要としない場合も
ある。子ども連れ外出用具と都市・交通環境とが密接な関係を有することなどが議論され
た。
しろまる2010 年 2 月:子ども二人乗せ自転車
子ども二人乗せ自転車メーカー三社(カワムラサイクル、ブリヂストンサイクル、丸石
サイクル)および輸入代理店(NicoRide)のご協力の下、東京大学本郷キャンパス構内での
子ども二人乗せ自転車の試乗と合わせて、自転車で子ども連れ外出を行う際の課題等につ
いて議論した(図 8)
。2009 年 7 月より、新安全基準を満たす自転車に限り、幼児 2 人を同
乗させることが道路交通法で認められており、タイムリーなテーマであった。
しろまる2011 年 2 月:子ども連れ公共交通利用
図 8 子ども二人乗せ自転車の試乗
小学校等において、主に高齢者・障害者に対する理解の向上を目的とした「交通バリア
フリー教室」を積極的に展開している国土交通省関東運輸局のご協力の下、子ども連れ版
の交通バリアフリー教室を開催した。
東京地下鉄株式会社、
東京都交通局のご協力も得て、
乳幼児やベビーカーと一緒に、地下鉄駅(東大前)の利用(ラッチ外)と、東京大学本郷
キャンパス構内にてノンステップバスへの乗降体験を実施し、子ども連れで公共交通を利
用する際の課題等について議論を行った。
しろまる2012 年 3 月:子ども連れ公共交通利用
2011 年 2 月と同様に、東京大学本郷キャンパス構内にてノンステップバスへのベビーカ
ーでの乗降体験を通して、子ども連れ公共交通利用に関する議論を行った。
しろまる2013 年 3 月:子ども連れ外出テキスト
国土交通省関東運輸局が作成した、主に高齢者・障害者に対する理解向上のためのガイ
ドブックを参考に、2011〜2012 年度にかけて、交通エコロジー・モビリティ財団の研究助
成を受け、子ども連れ外出テキストを作成した(図 9)7)
。マルチモーダルの視点から、エ
レベーター/エスカレーター利用時、ベビーカー、徒歩、自転車、バス、鉄道、自動車で
外出する際に注意すべき点を、イラストも多用してわかりやすくまとめたものである。子
育て当事者のみならず、一般の人々に対しても子ども連れで外出する際に直面するバリア
の理解向上を目的としている。セミナーでは、本テキストの内容を紹介し、子ども連れ外
出について参加者と意見交換・議論を行った。
(2)荒川区
しろまる2013 年 10 月:荒川区における「心のバリアフリー」を考えるシンポジウム 8)
「心のバリアフリー」推進に積極的に取り組んでいる自治体の一つである荒川区では、
バリアフリー基本構想策定の一環として、区民自ら心のバリアフリー推進のためのパンフ
レットを作成したり、子育てバリアフリーにも力を入れた取り組みを行っている。2013 年
10 月には、バリアフリー基本構想策定委員会の住民部会において、
「まちのバリアフリーと
心のバリアフリーを考える」シンポジウムが開催され、屋内での講演や議論のみならず、JR
日暮里駅前において、東京都交通局のノンステップバス、京成バスのコミュニティバス、
図 9 子ども連れ外出テキスト(左:自転車のページ、右:バスのページ)
全国介護タクシー協会の福祉タクシー車両への乗降体験を行った(図 10)
。駅前を通行する
一般の人々に対しても「心のバリアフリー」パンフレットを配布したり、乗降体験に参加
してもらった。バス車内やエレベーターなど公共空間の使い方に関して、車いす使用者と
ベビーカー利用者相互の理解も深めることができた。
(3)日本交通政策研究会
しろまる2014 年 3 月:子ども連れ外出教室シンポジウム
筆者が主査を務めた日本交通政策研究会「子育て世帯の生活の質向上に資する都市と交
通のあり方に関する研究」プロジェクト主催で、東京大学本郷キャンパスにおいて、
「子ど
も連れ外出教室を通して子育てしやすいまちづくりを考える」シンポジウムを開催した。
第一部の子ども連れ外出教室では、東京都交通局による「ベビーカーでのノンステップバ
ス乗降教室」
、コンビ株式会社による「ベビーカーの取り扱い方教室」
、北極しろくま堂有
限会社による「外出しても疲れないだっこやおんぶ教室」の三種類の教室を参加者は順番
に体験した(図 11〜14)
。第二部では、関東運輸局のバリアフリー教室の取り組み、国交省
のベビーカー協議会、全国の交通事業者のベビーカーへの対応状況について報告を行った
後、ベビーカーメーカー、だっこ・おんぶひもメーカー、地方自治体、子育て NPO、学識
経験者によるパネルディスカッションを行った。シンポジウムを通して、子ども連れ外出
に対する人々の意識や理解の向上が重要であることが再認識された。
図 11 子ども連れ外出教室の様子 図 12 ベビーカーでのノンステップバ
ス乗降教室
図 10 JR 日暮里駅前での乗降体験教室の様子
4.終わりに
既に我が国のバリアフリー化は、いわゆるハード面では欧米諸国を追い越す水準にまで
整備が進んでいるが、まだ欧米先進諸国と比較すると、街の中に高齢者や障害者、子ども
連れの人々の数は少ない印象である。外出環境の整備の効果を最大限に発揮するためにも、
バリアフリーに対する人々の意識や理解の向上、いわゆる「心のバリアフリー」の促進が
必要であろう。少子化に歯止めをかけ、持続可能な都市を担う次世代を育成し、いかなる
人も排除せず包み込むインクルーシブな社会の実現に向けて、地方自治体の担う役割は大
きいものと期待する。
参考文献
1) 国土交通省 公共交通関係ガイドライン,
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_mn_000001.html
2) 国土交通省 公共交通機関等におけるベビーカー利用に関する協議会,
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_mn_000010.html
3) 大森宣暁;"子育て世帯の多様なライフスタイルを実現する都市と交通のあり方",都市
計画,305 号,pp.28〜32,2013
4) 大森宣暁,谷口綾子,真鍋陸太郎,寺内義典,青野貞康;"子育て中の女性の外出行動
とバリアに対する意識に関する研究―首都圏在住の乳幼児を持つ母親を対象として―",
都市計画論文集,Vol.46,No.3,pp.259〜264,2011
5) 子 育 ち ・ 子 育 て ま ち づ く り 特 別 研 究 委 員 会 ホ ー ム ペ ー ジ ,
http://www.ut.t.u-tokyo.ac.jp/kosokoso/kosokoso.htm
6) 大森宣暁;"交通分野における子育て関連研究,福祉のまちづくり研究",Vol.14,No.2,
pp.23〜28,2012
7) 「子育ち・子育てバリアフリー教室」テキスト作成プロジェクト;"あんぜんであんしん
できる子育てのために",2013
図 13 ベビーカーの取り扱い教室 図 14 外出しても疲れないだっこや
おんぶ教室
8) 荒川区バリアフリー基本構想,
http://www.city.arakawa.tokyo.jp/kusei/kouso/keikaku/baria_arakawaku.html

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