平成27年4月24日
名古屋大学
科学技術振興機構(JST)
植物が種子をつくる際には、花粉から伸び出した花粉管 注1)が、種子のもとになる組織に導かれます。このとき花粉管を誘引する特殊な細胞が、卵細胞の隣に2つある「助細胞 注2)」という細胞です。しかし、余分な花粉管の誘引を防ぐため、役目を終えた助細胞の働きをいかに抑えるかは、これまで明らかではありませんでした。
花粉管が助細胞に到達すると、先端から2つの精細胞が勢いよく放出されます。これに伴い、助細胞が1つ潰れるとともに、精細胞の1つが卵細胞と受精して胚をつくりはじめ、もう1つの精細胞は中央細胞という大きな細胞と受精して胚乳という栄養組織をつくり始めます。このとき残った方の助細胞に起きる変化を、名古屋大学の丸山 大輔 YLC特任助教と東山 哲也 教授らのグループは、シロイヌナズナという植物の助細胞に含まれるミトコンドリアなどを光らせて、レーザー顕微鏡で詳細に調べた結果、助細胞と胚乳が融合して互いの中身が混じり合う様子が観察されました。細胞が融合することは、電子顕微鏡による観察でも確認されました。この助細胞と胚乳の融合により、助細胞が含む誘引物質は急速に薄まります。さらに、助細胞の核が変性し、胚乳の核が分裂増殖していく過程で崩壊していく様子も明らかとなりました。
本研究によって、花粉管の誘引停止が起きる驚くべき仕組みが明らかとなりました。植物の細胞は細胞壁をもつため、これまで普通は融合しないと考えられており、110年以上も前に示された卵細胞の受精と中央細胞の受精しか融合は知られていませんでした。今回の現象は、受精に次ぐ新たな細胞融合の発見です。この融合相手の細胞に細胞死をもたらす全く新しいタイプの細胞融合現象は、植物細胞に対する見方を大きく変えるだけではなく、細胞の新たな機能を提示しました。これらの点で本研究成果は教科書を書き換える発見といえます。植物の細胞でも、受精以外の細胞融合を引き起こすプログラムの存在が示されたことから、植物における新たな細胞融合技術の開発にもつながることが期待されます。
本研究成果は名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO「東山ライブホロニクスプロジェクト」の研究の一環として得られたもので、2015年4月23日(米国東部時間正午)に学術誌「Cell」のオンライン速報版で公開されました。
花粉が雌しべの柱頭に受粉すると、花粉は花粉管を伸ばします。花粉管は雌しべ内部へと伸長して、雌しべの奥深くに存在する種子の元になる組織(胚珠 注3))へと精細胞を届けます。このとき花粉管を正確に胚珠に導くために誘引物質を分泌するのが卵細胞の隣に2つある助細胞です。花粉管が胚珠にたどり着くと(図1左)、片方の助細胞の破壊とひきかえに内部にあった2つの精細胞を放出します(図1中)。すると、精細胞の1つは卵細胞と受精して幼植物になる「胚」をつくり、他方は中央細胞と受精して胚への栄養を供給する細胞である「胚乳」をつくります。この重複受精 注4)として知られる2つの受精の後で、生き残った方の助細胞は素早く不活性化されます(図1右)。これによって、花粉管の誘引停止が起こるのですが、詳しいことは明らかではありませんでした。
名古屋大学の丸山 大輔 YLC特任助教と東山 哲也 教授らのグループは、受精後に残った方の助細胞の不活性化の謎に迫るため、シロイヌナズナという植物でミトコンドリアを緑色蛍光タンパク質のGFPでラベルした助細胞の経時観察を行いました。すると驚いたことに、助細胞のミトコンドリアが隣に位置する巨大な細胞である胚乳へと移動することがわかりました(図2左)。さらに電子顕微鏡で助細胞と胚乳を隔てる部分を詳しく調べると、受精前にはみられなかった大きな穴が空いていることがわかりました(図2右の矢頭)。
このため、受精後に助細胞と胚乳が融合し、助細胞の内容物が胚乳へと流出することがわかりました。移動するのはミトコンドリアだけではありません。助細胞では花粉管の誘引物質が絶えずつくられて分泌されるため、花粉管が助細胞へと正確に伸長できると考えられています。この誘引物質をGFPでラベルした植物を観察すると、助細胞から胚乳へと分泌前の誘引物質が移動し、助細胞内での濃度が急激に低下しました。したがって、安定して分泌されていた誘引物質の供給が細胞融合によって途絶えることで2本目以降の花粉管は目標を失い、素早い花粉管の誘引停止が起きると考えられました。興味深いことに細胞融合は助細胞の核の運命にも関わっていました。融合後、助細胞の核は胚乳の核と共存する状態になっています。これらの核を経時観察すると、胚乳核の分裂に合わせ助細胞の核も分裂の準備に入るものの、最終的に分裂できず変性することがわかりました。つまり、細胞融合は誘引物質を含む細胞内容物の希釈と核の崩壊という二段階の仕組みで、助細胞を不活性化することがわかりました(図3)。
助細胞の速やかな不活性化は、受精後の胚珠に必要のない花粉管の誘引を防ぐことで、少ない花粉でも無駄なく種子をつくるために必要と考えられています。今回の研究で、不活性化の仕組みの全貌が明らかとなりました。これを発展させることで、将来、作物の収穫を増やすことができるかもしれません。
植物の細胞は動物とは異なり、堅い細胞壁に覆われています。そのため、植物細胞同士が融合するとは考えられてきませんでした。実際、被子植物の成長過程でみられる例外的な細胞融合として、110年以上も前に卵細胞の受精と中央細胞の受精が報告されて以来、その他の融合は知られていませんでした。今回の現象は、受精に次ぐ新たな細胞融合の発見です。しかも、これまで成長過程でみられる細胞死といえば、動植物を含めて、死ぬべき細胞自身が自殺のプログラムを実行していると考えられてきましたが、今回の現象は細胞融合によって融合相手が不活性化されます。これは植物細胞がもつ静的なイメージを大きく変えるだけではなく、全く新しいタイプの細胞死があることを提示することで、これまでの細胞死の定義を揺るがす可能性をもった発見です。これらの点から、今回の現象は教科書を書き換える程の成果といえます。また、受精以外の細胞融合を引き起こすプログラムの存在が示されたことから、植物における新たな細胞融合技術の開発にもつながることが期待されます。
まず、受精から数時間以内に赤の破線で示すように助細胞と胚乳の融合が起こります(図上・中)。すると、助細胞に蓄積していた分泌前の花粉管誘引物質などが、体積の大きい胚乳へと流れ出し、花粉管の誘引が乱されます。
続いて、助細胞の核が胚乳核の分裂に同期して急激に変性し、崩壊します(図下)。これによって、助細胞の排除が完了します。
“Rapid Elimination of the Persistent Synergid through a Cell Fusion Mechanism”
(細胞融合による残存助細胞の迅速な排除
doi: 10.1016/j.cell.2015年03月01日8
丸山 大輔(マルヤマ ダイスケ)
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