平成22年4月19日
国立大学法人 京都大学
Tel:075-753-9755(iCeMS 事務部)
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
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アーヘン工科大学
○しろまる簡便で汎用性が高い方法で多孔性金属錯体ナノ粒子の合成の開発に成功
○しろまる均一なナノ粒子ではバルクと比べガス分子の吸着挙動が大きく変化した
国立大学法人 京都大学(総長 松本 紘)と独・アーヘン工科大学(学長 エルンスト・シュマクテンベルク)の研究グループは、固体中に存在するナノサイズの細孔の形が変形して効率よく小分子を取り込む物質の特性を調べ、その粒子サイズを極限まで小さくすることで、分子を取り込む強さをコントロールすることに成功しました。この知見は、環境への負荷の少ない分離プロセス技術の開発などに大きく貢献できるものと期待されます。
京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の 北川 進 副拠点長、アーヘン工科大学 ドイツ・ウール研究所(DWI)の田中 大輔 博士とユルゲン・グロル 博士らの研究グループは今回、分子の取り込みに合わせて細孔の形を変えるナノ孔物質の合成および微粒子化を行い、粒子サイズと分子を取り込む仕組みの相関を解析しました。
約1ナノメートルサイズの規則的な細孔を持つ多孔性金属錯体の中には、ガス分子を取り込む際に細孔の形をガス分子に合わせて包み込むように変化させるものが存在することが知られています。このように、ターゲットとなる分子に合わせて分子レベルで孔の構造が変わる物質は、排気ガスに含まれる二酸化炭素などの温室効果ガスや窒素酸化物(NOx)のような有害な小分子を効率的に取り込む分離剤として注目されています。しかし一方で、孔の形が変形する際に重要となるファクターは未だ明らかにされておらず、分離に向けた精密な材料設計の指針を立てることが大変困難である、という問題も存在していました。本研究では、新たに開発したナノ〜メゾ領域(5〜100ナノメートル)の粒子サイズの合成手法を用いることで、このような多孔性金属錯体のナノ粒子を簡便に合成することに成功し、そのガス分子を取り込む仕組みを明らかにしました。開発したナノ粒子は、通常の合成方法で作成した0.1mm程度の粒子と比べ、異なる中間状態を経由して格段に早く孔の形を変化させ、分子を効率よく取り込むことを発見しました。物質の粒子サイズを変えるだけで吸着特性を簡便に制御することができる本手法は、さまざまな多孔性金属錯体に適用でき、新たな分離材料注1)の合成に役立つことが期待されます。
今回の研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」(研究総括:北川 進)の一環として行われ、2010年4月18日(英国時間、日本時間の2010年4月19日)に英国科学雑誌「Nature Chemistry」のオンライン速報版で公開される予定です。
近年、環境への負荷を可能な限り低減させる技術の開発はその重要性をさらに増しています。特に、二酸化炭素やNOxなどの小さなガス分子を効率よく分離・除去する技術は、その分離性能に多くの課題を抱えており、低環境負荷社会を実現するためのキーテクノロジーの1つとして盛んに研究されています(図1)。
従来、小分子の分離には、ゼオライトや活性炭といった、ナノサイズの細孔を持った「多孔性物質」が用いられてきました。これらの物質は、その細孔サイズがターゲットとなる分子の大きさに近接しているため、ガス分子のわずかなサイズや形の違いを利用して、細孔内に選択的に分子を吸着することで、分離特性を実現しています。しかし一方で、その構造の単純さなどから、高い分離能を実現するには限界も存在しています。
一方最近、非常に小さな細孔を規則的に持つ多孔性材料として、多孔性金属錯体と呼ばれる新たな物質が開発されました。これらの物質の持つナノサイズの細孔は、分子1つと同じ程度の大きさであり、さらにターゲットとなる分子に合わせて細孔の形を変えることができるため、非常に高い分離特性が実現できるのではないかと期待されています(図2)。しかしながら、多孔性金属錯体が細孔構造を変化させるという特性は近年発見されたばかりで、未だその詳しい機構は明らかになっていません。特に、このような構造変化の挙動は一般に、物質の粒子サイズがナノメートルオーダーに微小化されることで大きく変化することが知られていますが、多孔性金属錯体のナノ粒子に関する研究報告はほとんど存在しませんでした。本研究では、このような特性を持つ多孔性金属錯体の粒子サイズを十ナノメートルから数百ナノメートル程度に微小化する技術を開発し、その分子の取り込み特性に関する基礎研究を行いました。
アーヘン工科大学 DWIの研究グループは今回、界面活性剤注2)を用いてナノサイズのエマルジョン注3)を作成し、その内部を反応場として多孔性金属錯体ナノ粒子を合成しました(図3)。特に、この反応溶液に超音波を照射することで、通常は1日程度かかる反応時間を10分以下に短縮することに成功しました。さらに、京都大学のグループが、今回合成したナノ粒子と、従来の手法で合成した0.1mm程度の大きな粒子サイズを持つ物質の、ガス吸着挙動を評価、比較しました。その結果、ナノ粒子は従来知られていた相とは異なる中間状態を経由して、格段に早く構造を変化させ分子を取り込むことを発見しました。
今回の研究で大きく2つの成果を得ました。
1つ目は、簡便で汎用性が非常に高い多孔性金属錯体ナノ粒子の合成手法を開発したことです。従来の多孔性金属錯体の合成法では、高温、高圧を要求する過酷な反応条件や、数日を要する長い合成時間を必要としていたため、この材料のナノ粒子化を実現するのが難しく、その基礎的な分子吸着特性に関する研究も充分に行うことが不可能でした。本研究で開発した界面活性剤と超音波照射を併用する方法は、従来の手法で制約となっていたナノ粒子調製の制約を大きく緩和させることを可能にします。この手法を用いることで、今後より多くの多孔性金属錯体ナノ粒子の特性が研究されていくことが期待されます。
2つ目は、均一なナノ粒子化に成功したことによって、ガス分子の吸着挙動が大きく変化した点です。本研究では、固体材料の粒子サイズをナノレベルまで微小化するだけで、分子を包み込む強さと速さが大きく変わることを示しました。粒子サイズが不揃いであると細孔への吸着速度も遅い部分が生じてしまいます。均一なナノ粒子化したことにより、ガス分子は迅速に細孔内へ吸着され、非常に速い応答速度を得ることに成功しました(図4)。また、分子を取り込む強さも、粒子サイズによって変化することが示されました。粒子のサイズを変えるだけで吸着挙動が大きく変わるという性質は、他の吸着剤では報告されていません。これは本研究で始めて明らかとなった、多孔性金属錯体特有の非常にユニークな特性です。この手法を応用することで、これまで分離が困難であった小分子ガスを簡便に除去する技術が開発されることが期待できます。
これまでは多孔性物質によるガス分離には主に炭素材料である活性炭や無機材料であるゼオライトなどが用いられてきました。これらの材料は古くから知られており、安定した使用が可能ですが、高い分離能を実現するには限界が存在します。一方、無機―有機ハイブリッド材料である多孔性金属錯体は、より精密な認識能を持った分離剤として近年注目を集めています。しかし、その特性をコントロールする手法はまだまだ模索段階です。本研究で報告した粒子サイズのナノ化は、この新しい材料を分離として用いる上で非常に重要な技術となることが予測されます。
今回得られた合成指針に基づき、今後さらに研究を進めることで、これまで達成が難しかった分離プロセスへの応用が期待できます。たとえば、スペースシャトル内では水が存在する雰囲気下で極めて低濃度の二酸化炭素ガスを分離する必要があり、現状では化学的に吸着しリサイクルはできない状況にあります。また身近な産業としては高性能なPSA装置の開発など、低環境負荷技術の開発に大きく貢献する材料が、本研究成果を元に達成できると考えられます。
界面活性剤と超音波照射を併用して、反応溶液をエマルジョン化し、内部を反応場とすることで均一なナノ粒子の合成することができる。
田中 大輔(タナカ ダイスケ)
アーヘン工科大学 ドイツ・ウール研究所(DWI) 博士研究員
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北川 進(キタガワ ススム)
京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS) 副拠点長/教授
国立大学法人 京都大学 大学院工学研究科 教授
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」 研究総括
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小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
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飯島 由多加(イイジマ ユタカ)
京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)事務部 国際広報セクションリーダー
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