JSTレクチャー会資料(2005年9月21日)


「次世代窒化ガリウム半導体を開発」
−ERATO中村不均一結晶プロジェクトにおける最近の研究成果−




ERATO中村不均一結晶プロジェクト総括責任者
中村修二






独立行政法人 科学技術振興機構(JST)




創造科学技術推進事業(ERATO)中村不均一結晶プロジェクトでは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)、筑波大学、東京理科大学と共同して、次世代の窒化ガリウム(GaN)の材料及びデバイスに関する研究を進めている。このプロジェクトはUCSBの中村修二教授を総括責任者として運営され、GaN系材料の不均一性の理解と原子スケールレベルの制御を目的としている。バルク結晶成長、薄膜成長、光学的評価、デバイス作製試験などの専門家を結集し、GaN半導体材料の創製からデバイス開発にいたる幅広い活動を実施している。今回同プロジェクトでは、「半分極性(semipolar) 窒化ガリウム半導体薄膜」または「無極性(non-polar) 窒化ガリウム半導体薄膜」と呼ばれる新しい窒化ガリウム(GaN)半導体薄膜を世界に先駆けて開発した。これらの半導体薄膜が有する新規な結晶方向は、固体照明、高密度情報記録やその他の応用に用いられるGaN系デバイスに極めて大きく寄与するものである。


<背景>

過去10年にわたり窒化ガリウム(GaN)系発光デバイスは、次世代DVD標準機の青色レーザーダイオードとして、また 高輝度発光ダイオード( Light Emitting Diode :LED)を含む様々な応用において主要な役割を果たしてきた。青色LEDや緑色LED、青色レーザーダイオードなどは、中村修二氏によって1990年代に開発されてきたものである。一般の照明用途にエネルギー効率の良いLEDを広範囲に使用することは、世界のエネルギー消費を大幅に低減するといわれ、GaN系の固体発光材料はこの分野で特に魅力的である。中村修二氏やその他の研究者のこれまでの研究開発努力によりGaN系発光デバイスの性能は大きく改善されてきたが、現状のデバイスは「分極」というテクニカルなアプローチでは容易に解決することができない基本的な要因によって、デバイスの性能が制限されてきた。



<内容>

GaN系デバイスは六方晶型の結晶構造で作製されており、結晶は通常 分極が生じる方向に薄膜として堆積する。現状のデバイスにおけるこの分極の性質は、デバイスの性能を基本的に制限する内部電場(電界)を生じ、このような電界は発光を起こすために必要な過程である電子と正孔の効率的な再結合を妨げている。LEDの一つ一つのチップは、小さなサイズ(約0.5 x 0.5mm)であるために、より高い電気的効率と、現在一般に使われている白熱電球や蛍光灯にとって替わるだけの光出力が必要である。
同プロジェクトではこの問題を解決するため、「半分極性窒化ガリウム半導体薄膜」または「無極性窒化ガリウム半導体薄膜」と呼ばれる新しいGaN半導体薄膜を開発した。これらの結晶は、現状の分極を有するGaN半導体薄膜と異なり、分極の生じない面方位に量子井戸(発光部)を形成したものであり、半分極性や無極性のGaNから作製されたデバイスでは、発光を制限する電界を大きく低減 またはゼロとすることが可能である。この場合、電子と正孔はより効率よく再結合して発光することができ、その結果 半分極性や無極性のGaN系LEDやレーザーダイオードは極めて高い「電力変換効率」(単位入力電力あたりの発光量)を有することが期待される。将来GaN系のLEDは、現在の蛍光灯を中心とした照明光源と比肩し得るようになり、GaN系レーザーダイオードはより高い信頼性・長寿命になると考えられる。

今回の成果により得られた半分極性や無極性のGaN発光デバイスには次のような特徴がある。

  • p型GaNの低抵抗化に成功
    発光デバイスの"正/+"側であるp型層は、GaN層のなかで最適化するのには最も難しい層である。その高抵抗性は、発熱によりデバイスの性能を制限してきた。同プロジェクトでは最近、無極性膜のp型GaNの導電性が大幅に改善されることを示し、発熱を抑えることに成功した。

  • 偏向光の発光が可能
    同プロジェクトでは現状のLEDと異なり、半分極性や無極性のGaN系LEDが偏向光を発光することを見いだした。この性質は特に液晶ディスプレイ(LCD)のバックライトにとって有用な技術である。現在用いられているバックライトの光源は偏向していないので、偏向光を必要とする液晶ディスプレイは通常、偏向フィルターを備えている。
    半分極性や無極性のGaN系LEDでは、このフィルターを使わない液晶ディスプレイのバックライトの設計を可能とし、より有用な光源となることが期待される。

  • 発光波長に高い安定性を有する
    通常のGaN系LEDでは、電流の増加により発光波長のシフトが生じてしまうが、半分極性や無極性のGaN系LEDでは、電流の増加による発光波長のシフト(移動)が極めて少ないか、または無いことを同プロジェクトの研究員が初めて示した。これは電流の増加とともに強い"ブルーシフト"(短波長側への波長のシフト)を示す現在のGaN系LEDと大きく異なる特徴である。これは、半分極性や無極性のGaN系レーザーダイオードにおいても、最小限の波長シフトを示すものと期待されるものである。
    LEDやレーザーダイオードが信頼性ある予測可能なピーク発光波長を持つことは、システムの集積化などに明らかな有用性を与える。

  • レーザーダイオード閾電流密度とLED順方向電圧の低減
    GaN系レーザーダイオードは、他の半導体レーザーと同様に、発振が起きない電流密度領域がある。同プロジェクトの研究員は半分極性や無極性のGaNを用いて、その有利な光電的性質を生かすことにより、この閾値を下げることを試みている。低閾値電流は、より高信頼性・長寿命のレーザーダイオードに直接的に寄与するものである。
    同様に、LEDにおいてはLEDが発光し始めるいわゆる「順方向電圧」がある。 同プロジェクト研究員は半分極GaN系LEDが現状の一般的なGaN系LEDよりも低い立ち上がり電圧を示すことを実証した。

  • 高い動作電流まで発光出力が飽和しない
    半分極性や無極性のGaN系LEDの試験中に同プロジェクトの研究員は、現状の分極したLEDの典型的な値よりも高い動作電流であっても、このLEDの光学的出力(輝度)が飽和しないことを見いだした。これは自動車のヘッドライトなど、特に高輝度の応用用途に実現の可能性を与えるものである。



<今後の展開>

今後は半分極性や無極性の成長条件の最適化を図り、結晶性の向上に努める。また、これらのデバイスの基板となる高品質GaNバルク結晶の育成や、発光メカニズムの理論確立を図っていく予定である。
最終的には半分極性や無極性LED、あるいはレーザーダイオードの性能向上や、高輝度青、緑、赤色LED、あるいはレーザーダイオードの実現を目指し、従来の極性LED、レーザーダイオードとの置き換えを図っていく。





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坂田 雅昭(さかた まさあき)
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