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一般社団法人日本生殖医学会

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ホーム > ガイドライン・声明 > 倫理委員会報告「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」

ガイドライン

2009年6月19日

倫理委員会報告
「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」

2009年3月

日本生殖医学会倫理委員会では、2007年3月から約2年間にわたり、第三者配偶子を用いる治療について、合計10回の委員会を開催し、委員会外部からの報告者を含む出席者による報告・提案をもとに、慎重な議論を積み重ねてきた。本報告は、この間の委員会議論を取りまとめ、わが国における不妊治療の専門家集団である日本生殖医学会に対して提言するものである。

    目次
  1. 第三者配偶子を用いる生殖医療についての議論―その歴史的経緯
  2. 第三者配偶子使用の必要性と合理性
  3. 第三者配偶子を用いる治療の諸外国の動向
  4. 第三者配偶子を用いる治療についての主たる論点と委員会の提言
  5. まとめ
  6. 日本生殖医学会倫理委員会における第三者配偶子を用いる生殖医療についての審議経過

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1.第三者配偶子を用いる生殖医療についての議論―その歴史的経緯

第三者配偶子を用いる不妊治療は、1940年代から日本を含む世界の限られた施設で行なわれてきた非配偶者間人工授精に、その原点がある。また、1978年に英国において初の体外受精による子が出生したのち、外国では既に、1985年に提供卵子を用いる体外受精が行なわれている。しかし、わが国では、1983年10月に日本産科婦人科学会から出された"『「体外受精・胚移植」に関する見解』"が、生殖補助医療の適用を婚姻関係にある夫婦に限定したことを尊重し、体外受精・胚移植における第三者配偶子の使用は施行しないこととして各施設により自主規制されてきた。
旧厚生省は、1998年10月、厚生科学審議会先端医療技術評価部会の下に「生殖補助医療に関する専門委員会」を設置し、2000年12月に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」を発表した。次いで、2000年6月に設置された厚生労働省厚生科学審議会生殖補助医療部会は、「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」を2003年4月に提出し、非配偶者間人工授精を含む第三者配偶子を用いる生殖医療を一定の条件のもとに施行可能とする方向性を示した。また2003年7月には、法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会が、「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」を公表し、第三者配偶子を用いる医療により出生した子の民法上の親子関係を規定するための法整備が着手された。
一方、第三者配偶子を用いる生殖医療の実際についても検討がすすめられ、たとえば2002年度厚生労働科学研究(子ども家庭総合研究事業)「配偶子・胚提供を含む総合的生殖補助技術のシステム構築に関する研究(主任研究者吉村泰典)」において、提供配偶子を用いる治療の医学的適応や業務の進め方、カウンセリングなどについて、詳細な検討が行なわれ報告された。このように、第三者配偶子を用いる生殖医療について、約6年前に既に具体的な準備が完成しつつあった。
しかし、法律制定についてはその後、今日に至るまで進展が見られない。また、2006年11月に厚生労働相と法相から出された要請に対して、2008年4月、日本学術会議生殖補助医療の在り方検討委員会が報告を行なったが、そこにおいても第三者配偶子を用いる生殖医療については具体的に触れられず、「今後、新たな問題が将来出現する可能性もあるので、引き続き生殖補助医療について検討していくことが必要である」と述べるに留められた。他方、日本産科婦人科学会は2006年に「非配偶者間人工授精に関する見解」を含む関連する会告を改訂したが、第三者配偶子を用いる生殖補助医療については、これまで何も述べていない。
この間、一般国民の生殖医療に対する意識を知るために、旧厚生省ないし厚生労働省の研究班は、1999年と2003年の2度にわたり、約4000名の一般国民を対象として大規模なアンケート調査をおこなった。それらによると、第三者配偶子を用いる体外受精について、回答者が当事者の場合7割前後が「配偶者が望んでも利用しない」と回答したものの、一般論としては、第三者配偶子を用いる体外受精を「認めてよい」あるいは「条件付きで認めてよい」とする回答が6割近くであった(「わからない」と「認められない」は、ともに2割程度であった)。これら2度の大規模調査から、第三者配偶子を用いる生殖医療に対して、国民の少なくとも6割近くが一般論として容認していると考えられる。
以上より、日本生殖医学会倫理委員会では、これまでの諸学会および諸委員会・審議会における第三者配偶子を用いる生殖医療に関する各種検討の経緯に鑑み、不妊治療専門家集団としての日本生殖医学会が、第三者配偶子を用いる生殖医療について、会員と患者および社会に向け、何らかの方向性を示す必要性と妥当性がある時期に達したと判断した。

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2.第三者配偶子使用の必要性と合理性

精巣精子の使用を含む顕微授精の普及に伴い、第三者提供精子を必要とする不妊夫婦の数は減少した。しかし、日本産科婦人科学会倫理委員会登録調査委員会の集計によると、非配偶者間人工授精は最近も年間3000〜4000周期程度施行され、毎年100人前後の子が誕生している。したがって、体外受精に提供精子を必要とする不妊夫婦は、少数ながら現在も一定数存在すると考えられる。
第三者提供卵子を必要とする不妊夫婦は、卵巣形成不全、早発卵巣不全(早発閉経)、卵巣摘出術後、放射線治療や化学療法後など、妊娠するためには卵子提供を受ける絶対的な適応のある例と、加齢に伴う卵巣反応性低下による体外受精の治療成績低下などを提供卵子により代替する例がある。前者は多数ではないものの一定数存在するが、現在のところ、国内で妊娠する可能性を提供することはできない。後者は近年の初婚年齢の上昇に伴い不妊治療開始年齢も上昇したことから、その数は増加傾向にあると推定される。40歳を超えた不妊女性が提供卵子を用いない生殖医療により挙児に至る可能性は数%に過ぎないことが報告されており、自らの卵子にこだわる限り、多数回治療を行うにせよ、最終的に挙児目的を達することのできない女性が多いと考えられる。なお、平成12年度厚生科学研究矢内原班の調査から推計された提供配偶子を必要とする夫婦の総数は、1年間に提供精子が999組、提供卵子が374組とされている。
現状では、第三者配偶子を用いる治療を国内で受けることは困難であるため、米国など国外に渡航して治療を受けた夫婦が、これまで少なくとも1000例程度あると推定される。しかし、渡航費用を含む費用として、少なくとも数百万円以上を必要とするために、実際に治療を受けられる夫婦は希望者の一部にすぎず、さらに治療の安全性についての懸念も大きい。すなわち、第三者配偶子を用いる治療について、明確なガイドラインが存在しないため、生殖年齢を超えた高齢女性や妊娠することが健康に重大な影響を及ぼす疾患を持つ女性が提供卵子を用いる治療の対象となる可能性がある。また、非配偶者間人工授精によりこれまでに出生した子を含めると、実際に提供配偶子により妊娠出生した累計1万人以上の子が国内に存在していると推定される。しかし、わが国では親子法など関連法規について、制定後の生殖医療の進歩に対応するために必要な改定が行なわれていないため、子の権利と福祉が十分にこれまで担保されてきたか、また現状のままで、今後担保されるかどうか懸念がある。さらに、養子など家族形成のための他の選択肢の提供が必ずしも十分でない状況で、第三者配偶子を用いる生殖補助医療などを受ける際に、子を持たないという選択肢も含めた範囲で熟慮された女性の自己決定が十分に尊重されるかどうか不安が残る。
本委員会は、今後解決すべき問題点は多いとはいえ、第三者配偶子を用いる治療を必要とする夫婦が明らかにわが国に一定数存在する以上、提供者・被提供者各々の医学的適応の限定、提供者・被提供者各々への十分な情報提供と同意の任意性の確保、治療によって生まれる子の出自を知る権利への配慮など子どもの福祉に関する厳密な条件を設定した上で提供配偶子を使用することについて、その合理性は十分あると考える。

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3.第三者配偶子を用いる治療の諸外国の動向

本委員会では、諸外国における第三者配偶子を用いる生殖医療の実情を調査したが、その対応はさまざまである。
カトリック教会の強いイタリアやオーストリアなどでは、第三者配偶子を用いる治療は法律で禁止されている。イスラム教を信奉する多くの国々においても、イスラム法学者から出されるファトワと呼ばれる勧告(法的判断)により許容されるイラン等の一部の国を除いて、第三者配偶子を用いる治療を受けることは基本的にできない。
一方、英仏などの多くのヨーロッパ諸国では、配偶子提供者の範囲についての制限、提供者への報酬支払を認めないなど一定の条件のもとに、第三者配偶子を用いる生殖医療を可能としている。また、1980年代に、提供卵子を用いる治療を禁止する法律をいったん制定したスウェーデンなどでも、その後の法改正により、治療が可能となった。ESHRE(ヨーロッパヒト生殖会議)によれば、2004年のヨーロッパにおいて、10334周期の提供卵子を用いた生殖補助医療の治療周期と17592周期の非配偶者間人工授精が行なわれている。また、韓国、台湾、シンガポールなどのアジア諸国は、最近になり生殖医療に関連する法整備を行ない、いずれもヨーロッパ諸国と同様に、配偶子の無償提供など一定の条件のもとに、第三者配偶子を用いる生殖医療を可能としている。
この背景には、第三者配偶子を必要とするカップルが、いずれの国においても一定数存在する(多くの国で提供配偶子を用いる治療周期数は全周期数の1%未満から数%に相当する)以上、法律やガイドラインで禁止しても、海外渡航して治療を受けることを規制することは困難なため、規制の実効性のないことがある。事実、制限の厳しいイタリアやスイス、ドイツなどでは、第三者配偶子を必要とするカップルが国外のクリニックにおいて治療を受けている。ESHRE(ヨーロッパヒト生殖会議)は、この現状を鑑み、安全で有効な治療を確保するため国境を越えた生殖医療(Cross-border Reproductive Care)についての国際調査を2008年から開始した。
米国には、第三者配偶子提供に関連する連邦法はなく、また卵子提供者に対して報酬の支払が一般的に行なわれている。その結果、2005年には米国で施行された体外受精と顕微授精134260周期のうち、提供卵子周期は14646周期と全治療周期の10%を超えており、日本を含む海外から治療を受けるために渡航するカップルもある。
本委員会は、治療を受けるわが国に在住する夫婦の安全と利益を担保し、生まれてくる子の権利と福祉を守るために、米国を除く諸外国で選択されている、法律やガイドラインなど一定の条件に基づく管理された形の第三者配偶子を用いる治療が、わが国においては妥当であると考える。

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4.第三者配偶子を用いる治療についての主たる論点と委員会の提言

わが国におけるこれまでの議論に加え、実際に第三者配偶子を用いる治療が行なわれている先行国の事例を検討し、英国HFEAのCode of Practice、ESHREやASRM(米国生殖医学会)などのガイドラインを参照すると、主たる論点は以下の各項目に集約可能である。本報告では、本委員会における検討の結果として、国内でこれまでに報告された各種提案を参照し、それぞれの論点に対する本委員会の提言を述べる。

1)配偶子被提供者の適応と要件について
卵子の提供を受ける女性は、患者の体内に卵子が存在しないか、存在しても卵巣刺激に反応しないなど医学的理由が明確で、かつ法律上の夫婦に、現時点では限定すべきである。また、要件として、a)機能を有する子宮を備える、b)妻の年齢は45歳以下、c)健康状態が良好であり、出産・育児に支障がないことを必要とすることを提案する。
精子の提供を受ける男性は、精巣から成熟した精子が得られないか、得られても医学的に授精・胚発生能が備わっていない精子を持つものとすべきである。また、妻に体外受精・胚移植の適応がなければ、まず提供精子を用いた人工授精を行なうこととする。人工授精により妊娠に至らない場合には、体外受精・胚移植を行なうことができる。
非配偶者間人工授精術を含む提供配偶子を用いる治療を行なう施設には、配偶子提供を受ける夫婦に対する適切で十分なカウンセリングとインフォームド・コンセントのための要員および場所の確保を義務付けるべきである。一方、配偶子提供を希望する夫婦には、配偶子提供の決定に先立ち、配偶子提供者の要件、将来において子が出自を知る権利を認められる可能性などを含め、詳細で包括的な情報提供を受けたうえで、十分な時間を費やしたカウンセリングを受けることを、義務付けるべきである。

2)配偶子提供者の要件と安全性およびプライバシーの確保について
卵子提供者は、35歳未満の身体的、精神的に健康な成人であることを要し、原則として被提供者に対して匿名の第三者を優先する。1回の採卵における被提供者は2名に限定し、1人の提供者からの卵子によって誕生する子は10人までとする。しかし、諸外国における先行事例から匿名提供者の確保は現実にはきわめて困難であることが実証されている。したがって、例外として本人の実姉妹や知人などからの提供も可能とする。なお、複数の提供者がある場合は、既婚で妊孕能の明らかな提供者を優先する。
卵子提供者に対しては、卵子提供に伴う投薬や採卵手技の内容、これに伴う合併症その他のリスク、これによって生まれた子が将来において出自を知る権利を認められた場合には、提供者の情報が開示されうることなどについて、詳細で包括的な情報を提供したうえで、提供への同意を得ること、さらに十分な時間を費やしたカウンセリングを受けることを義務づけるべきである。さらに、治療施設は、提供者に対して、カウンセリングとならんで、感染症スクリーニングをはじめとする諸検査により、卵子提供に支障のないことを証明しなければならない。
精子提供者は、55歳未満の身体的、精神的に健康な成人であることを要し、被提供者に対して匿名の第三者とする。1人の提供者からの精子によって誕生する子は10人までとする。ただし、被提供者が、同一の提供者から2人目以降の子を得たいと希望する場合はこの限りでない。提供者には、精子提供に伴うさまざまな問題、特に将来において子が出自を知る権利を認められる可能性などについて、詳細で包括的な情報提供を受けたうえで、十分な時間を費やしたカウンセリングを受けることを義務づけるべきである。さらに、治療施設は、提供者に対して、カウンセリングとならんで、感染症スクリーニングをはじめとする諸検査により、精子提供に支障のないことを証明しなければならない。また、十分に良好な精液所見であることが既に検証されている必要性は言うまでもない。

3)第三者配偶子により出生した子の権利と福祉について
従来、わが国の限られた施設で行なわれてきた非配偶者間人工授精では、精子提供者は被提供者および出生した子の両者に対して完全な匿名が保たれてきた。そして、これまで日本において精子提供を受けた夫婦に対するアンケート調査においても、大多数の夫婦は完全匿名の維持を支持していることが窺える。しかし、1989年の国連における「子どもの権利条約」において、「子はできる限りその父母を知り、かつ父母によって養育される権利を有する」と規定され、さらに被配偶者間人工授精により出生した子自身から、世界の各地で精子提供者の情報開示についての要請がある。また、最近になって、英国、フィンランドなどいくつかの国において、提供配偶子により出生した子自身に、一定の年齢に達した時点で、一定の範囲で自らの出自を知る権利を認める方向へ方針が転換され、日本においても、一般の人びとに対する最近の調査では、特に卵子提供において、子自身への提供者情報の開示について許容的な意見が増加する傾向にある。
したがって、国際的な今後の方向性としては、子に対して出自を知る権利を認める一般的傾向にあると考えられ、わが国においても、その必要性と合理性について、慎重に検討する必要がある。
スウェーデンにおいては1984年の人工授精法により、提供精子による妊娠により出生した子が18歳に達した時点で、精子提供者についての情報開示を求める権利を認めた。しかし、実際には2008年まで情報開示を求めた例はない。すなわち、提供の事実が実際には子に伝えられていない可能性、また提供配偶子により妊娠した事実を早期に開示された子においては、配偶子提供者の出自についての情報の開示を求める欲求が、さほど大きくならない可能性が示唆された。
一方、配偶子の提供者について見ると、スウェーデンにおける精子提供者数は、人工授精法成立以後、一時的に著しく減少した(その後、やや回復したものの、提供者が年齢層の高い既婚者に変化している)。同様に、子の出自を知る権利を最近になって認めた英国においては、今のところ精子、卵子いずれも提供者数の著しく減少した状況が続いている。
以上より、本委員会は、わが国における提供配偶子を用いる治療において、被提供者夫婦に対しては非開示の原則を維持することを提案する。そして、治療により出生した子には成人に達した時点で、情報を得る権利を認めることを提案する。子に対して開示すべき配偶子提供者の具体的情報開示範囲については、住所、氏名以外の基本情報(提供時の年齢、身長、体重、血液型、疾病情報など身体的情報、医学的情報と学歴、職業など社会的情報)は開示を原則とするが、本人を特定できる住所、氏名は提供者の希望により非開示の余地を残すことを提案する。ただし、今後の立法の動向によっては、住所、氏名についても開示が認められる可能性があり、その場合にはこれらの情報も開示されうることは、あらかじめ提供者に説明しておかなければならない。
なお、配偶子提供者から提供された個人情報については、後述するように、医療機関が年度末に生殖医療公的管理運営機関に対して報告する義務を有するとともに、各医療機関においても、同一の情報の80年間保存を推奨することを提案する。
また、出自に関する子の権利と福祉を守るためには、親が積極的に配偶子提供の事実を本人に伝えるtellingの必要があり、両親がその時期と実際の方法について考えることを促す教材やシステムを整備する必要がある。同様に、生まれた子自身が必要とする場合に、相談できる窓口を準備することも重要となる。

4)提供者への補償について
生殖医療に対する配偶子の提供は、一部の例外を除いてほとんどの場合、基本的に無償とされている。本委員会も、配偶子提供に対する一切の金銭等の対価を供与することは認めず、無償の提供とすることを提案する。しかし、特に卵子提供の場合、提供者が多大な時間的負担、身体的侵襲を負担することを考慮すると、精子提供と同等と判断することは適切でなく、諸外国においても妥当な範囲の補償が行なわれる場合が多い。すなわち、卵子提供のために要するゴナドトロピン注射など薬剤費と通院のための交通費などの実費相当分、休業及びその他の不都合に対する補償は、妥当な範囲の補償と考えられる。また、卵巣過剰刺激症候群の発症など、卵子提供者が要した予期しない医療費についても、補償することは妥当と考える。
費用の一部を負担することで生殖補助医療を受ける第三者女性から得られた卵子の一部提供を受けるエッグシェアリングは、卵子提供者を確保するために、わが国においても、その可能性を検討すべきである。しかし、提供女性自身の治療が挙児にいたらず、提供を受けた女性の治療が挙児にいたった場合などに紛争が生ずる可能性のあることを考慮し、出産した女性が母親であることが法的に明確化されるまで、当面その施行を見合わせるべきである。
一方、精子提供者に対する補償は、非配偶者間人工授精において、現在、提供者に対して支払われている標準的な額と同程度が、妥当な補償の範囲と考えられる。

5)第三者配偶子を用いる治療を行なう施設について
厚生労働科学研究報告書によれば、提供配偶子を用いる治療を必要とする夫婦の初診数は、わが国全体で、非配偶者間人工授精が1日あたり3例弱、提供卵子を用いる生殖補助医療が1日1例強になると推定される。したがって、提供配偶子を用いる治療を行なう施設数を限定することが可能で、国内に5施設程度あれば十分と考えられる。治療施設の認定は、認定を希望する施設からの申請により、その内容と地域を考慮し、生殖医療に関する公的な管理運営機関(以下では、公的管理運営機関と略す)を創設し、この機関が精査した上で認定することが望まれる。
各施設は、提供する生殖医療について十分な経験と実績を有することが必須であるが、各症例の医学的適応について検討を行なうための症例検討委員会と、提供配偶子を用いることに付随する倫理的問題を検討する倫理委員会を備える必要がある。特に姉妹、知人から卵子提供を受ける場合には、その医学的適応と倫理的問題について、提供者および被提供者夫婦のカウンセリングを実際に実施したカウンセラーを含めて詳細に検討し、個別に慎重な判断を行なうべきである。
また各施設において、適切で十分なカウンセリングの機会とインフォームド・コンセント形成の環境を提供することが必要条件であるため、施設内に十分な専門知識を持つカウンセラーを置くか、外部の専門カウンセラーと継続的で包括的な提携をすることを必要とする。カウンセラーは、治療に関与する医師や胚培養師から独立した立場で、必要に応じて何回でも配偶子提供者あるいは被提供者のカウンセリングを行なわなければならない。また、各施設は、子が生まれた後も、両者に十分なカウンセリングの機会を提供しなければならない。
十分なカウンセリングの機会が提供される限り、提供配偶子を受け入れる施設と生殖医療を実施する施設は別施設でも構わない。しかし、各施設は提供配偶子を用いる治療周期毎に、提供者および被提供者夫妻から、書面による同意を得なければならず、同意後も、実施前に両者のいずれかから撤回の申し出のあった場合は、直ちにその実施を中止しなければならない。
生殖医療を実施する各施設は、配偶子提供者と被提供者夫婦の同意書を含む文書と情報のすべてを少なくとも80年間保存すると共に、その写しのすべてを公的管理運営機関に送付する必要がある。また、施設が閉鎖された場合、廃業した場合、あるいは原本を保存できない何らかの事態が生じた場合には、すべての文書と情報を公的管理運営機関に付託しなければならない。

6)公的管理運営機関と法律整備の必要性について
第三者配偶子を用いる生殖医療には、a)配偶子提供者の募集、b)配偶子提供者と被提供者夫婦とのマッチング、c)提供配偶子を用いる治療(非配偶者間人工授精または提供配偶子を利用した生殖補助医療)に加えて、d)提供者情報の保管管理、e)出生した子についての情報の保管管理、f)出生した子が成人に達した後の提供者情報開示請求への対応、g)各施設の査察監督と治療実績の収集、統計処理及び公表、さらにh)第三者が関与する生殖医療のこれからのあり方の検討、が必然的に付随する。
公的管理運営機関の業務に上記a)およびb)を含めた場合、少なくとも提供者のカウンセリング業務の一部について、公的管理運営機関が担当する必要性が生ずる。また、提供精子については、例えば首都圏に精子提供専門クリニックを1ヶ所設置して提供者を募集し、凍結精子を全国へ発送する方法が実現可能である。しかし、提供卵子の場合、この方法では明らかに実施が困難である。すなわち、公的管理運営機関が生殖補助医療部会報告書の述べるマッチング業務を担当すると、業務量が著しく増加すること、また、日本全国から当事者を一ヶ所に集めることが現実的でない可能性がある。そこで、本委員会では、公的管理運営機関の業務として、d)、e)、f)、g)、h)とすることを提言する。
公的管理運営機関は、各施設から送付された配偶子提供者と被提供者夫婦の同意書を含む文書と上記情報のすべてを、少なくとも80年間保存する。公的管理運営機関は、たとえば国立成育医療センター内に、新規部門として設立する可能性が考えられる。
生殖補助医療に関連する法整備の必要性については、前述したように長い間議論が行なわれてきた。しかし、本委員会は、包括的な合意形成が困難である以上、現時点で必要とする法律は、最小限の法律とするべきで、それは民法上の法的親子関係を明確化する法律(親子法)の整備であると確信する。すなわち、a)子を懐胎、分娩した女性が子の法的な母であること、b)分娩した女性の夫で第三者による配偶子提供に同意した者が法的な父であること、c)精子提供者は、治療によって生まれた子を認知することができず、子から提供者に対して認知請求することもできないこと、を明確化することが最低限必要である。以上の点については、現時点で合意が形成されやすいと考える。
この範囲の法律が制定されれば、第三者配偶子を用いる生殖医療の運用は、ガイドラインと政策的配慮により十分実現可能であると考えられる。

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5.まとめ

1)日本生殖医学会倫理委員会では、日本生殖医学会が、第三者配偶子を用いる生殖医療について、会員と患者および社会に向け、何らかの方向性を示す必要性と妥当性がある時期に至ったと判断した。
2)解決すべき問題点が多いとはいえ、第三者配偶子を用いる治療を必要とする夫婦が一定数存在する以上、遵守すべき条件を設定した上で提供配偶子を使用した治療を実施する合理性がある。
3)ただし、治療を受ける夫婦の安全と利益を担保し、生まれてくる子及び提供者の権利と福祉を守るために、法律やガイドラインなど一定の条件に基づく管理された治療が妥当である。
4)国は、第三者配偶子を用いる生殖医療の情報管理のための生殖医療に関する公的管理運営機関の設立と民法上の法的親子関係を明確化する法律整備について至急取り組む必要がある。

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6.日本生殖医学会倫理委員会における第三者配偶子を用いる生殖医療についての審議経過
  • 第61回
    平成19年3月16日(金曜日)12時〜14時 日本生殖医学会事務局
    上杉委員 多元的・多層的な親子・家族関係の可能性
  • 第62回
    平成19年6月15日(金曜日)17時〜19時 お茶の水ビジネスセンター1F
    長沖委員 AID当事者へのインタビューから考える
  • 第63回
    平成19年9月14日(金曜日)12時〜14時 東京国際フォーラムG601
    家永委員 生殖補助医療の法規制
  • 第64回
    平成19年12月7日(金曜日)16時〜18時 日本生殖医学会事務局
    市川委員 泌尿器科におけるAIDの意義
  • 第65回
    平成20年3月7日(金曜日)12時〜14時 東京ステーションカンファレンス402A
    慶應病院産婦人科 久慈 直昭先生 慶應病院における精子提供の現状
  • 第66回
    平成20年6月13日(金曜日)12時〜14時 東京国際フォーラムG602
    梶原委員 卵子提供の現状とその問題点
  • 第67回
    平成20年7月25日(金曜日)16時〜18時 日本生殖医学会事務局
    セントマザークリニック 田中 温先生 当院における非配偶者間のART
  • 第68回
    平成20年9月19日(金曜日)12時〜14時 東京国際フォーラムG608
    広島ハートクリニック 高橋 克彦先生 JISART非配偶者間体外受精ガイドライン
  • 第69回
    平成20年12月12日(金曜日)16時〜18時 日本生殖医学会事務局
    第三者配偶子を用いる生殖医療についての論点整理
  • 第70回
    平成21年2月6日(金曜日)16時〜18時 日本生殖医学会事務局
    日本生殖医学会倫理委員会報告「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」(案)の検討
日本生殖医学会倫理委員会
委員長石原 理(埼玉医科大学医学部)産婦人科学
委員家永 登(専修大学法学部)家族法学
委員市川 智彦(千葉大学医学部)泌尿器科学
委員苛原 稔(徳島大学医学部)産婦人科学
委員上杉 富之(成城大学文芸学部)社会人類学
委員押尾 茂(奥羽大学薬学部)発生生物学
委員梶原 健(埼玉医科大学医学部)産婦人科学
委員柴原 浩章(自治医科大学医学部)産婦人科学
委員田原 隆三(昭和大学医学部)産婦人科学
委員長沖 暁子(慶応大学経済学部)科学社会学
委員廣野 喜幸(東京大学教養学部)科学史・科学哲学
委員吉村 泰典(慶応大学医学部)産婦人科学

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