和歌入門附録 和歌のための文語文法

活用表 動詞についての留意点 助動詞の種類と機能 助詞の種類と機能 仮名遣

助動詞の種類と機能 2

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助動詞一覧表

過去・完了 推量 打消 自発・可能・受身・尊敬
使役・尊敬 その他(指定・比況・希求)

推量 むず らむ けむ らし めり なり まし べし べかり べらなり

未来推量・意志

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
む ― ― む む め ― 未然形

【接続】
【機能】
  1. まだ起らない事を想像し「~だろう」と推量する。自身の行為についても、他者の行為についても言う。
    あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を独りかも寝(拾遺集、柿本人麿)
    月影にわが身を変ふる物ならばつれなき人もあはれとや見(古今集、壬生忠岑)
  2. 話し手自身の能動的な行為に関する場合、「~しよう」「~したい」との話し手の意志・希望をあらわす。
    磐代の浜松が枝を引き結びまさきくあらばまた還り見(万葉集、有間皇子)
    瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はとぞ思ふ(詞花集、崇徳院)
  3. 将来起るだろうと推量される事柄を扱う文において、動詞に「む」を付けてその行為が仮定のことであると示す。
    天飛ぶ鳥も使ひぞ鶴が音の聞こえ時は我が名問はさね(古事記、木梨軽皇子)
    ともしびの明石大門に入ら日や榜ぎ別れなむ家のあたり見ず(万葉集、柿本人麻呂)
  4. 現代口語では、仮定の話、未来の話でも、例えば「帰る日は分からない」などと言い、「帰るだろう日は...」とは言わない。ところが古文では「帰ら日は知れず」というように、動詞に「む」を付けてそれがあくまで仮定あるいは未来の事であると明示する。時枝誠記は文語文のこうした文法的厳格さを、「現代口語に比して著しい特徴」であると指摘している(『日本文法 文語篇』)。

  5. 「あり」などラ行変格活用の用言に続く場合、「らむ」と同じ現在推量・原因推量の意を表すことがある。例えば、「あら」「()」はそれぞれ「あるらむ」「居るらむ」と同じ意味になる場合があるのである。これは助動詞「らむ」がそもそも「あら-む」から来た語であるため、「あら-む」で「ある-らむ」の意を代用し得たものと思われる(「()り」は「ゐ(坐)あり」からの転と推測される)。
    こもりくの泊瀬の山の山の()にいさよふ雲は妹にかもあら(万葉集、柿本人麻呂)
    はしけやし間近き里を雲居にや恋ひつつ()月も経なくに(万葉集、湯原王)
    いかなればおなじ時雨にもみぢする柞の森のうすくこから(後拾遺集、藤原頼宗)
  6. 三首目の「こから」は「こくあら」の約である。

【来歴】

語源は不明。平安時代中期以降、「ん」と発音されるようになり、それに従って「ん」と書かれることも多くなる。鎌倉時代には「う」の形が生じ、現代口語で「だろう」などと言うときの「う」に続いている。

【助動詞との結合例】
【助詞との結合例】
【特殊な用法】

むず 未来推量・意志

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
むず ― ― むず むずる むずれ ― 未然形
【接続】
【機能】

らむ 現在推量・原因推量

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
らむ ― ― らむ らむ らめ ― 終止形(ラ変は連体形)
【接続】
【機能】
  1. 現在起っている事態を「今~しているだろう」と想像する。
    たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野(万葉集、中皇命)
    袖ひちてむすびし水の氷れるを春立つけふの風やとくらむ(古今集、紀貫之)
  2. 動作の行なわれる原因・理由・場所などについて、「(~だから)~なのだろう」、「(なぜ/どこに/誰が...)~なのだろう」などと推測する。
    久方の月の桂も秋はなほ紅葉すればや照りまさるらむ(古今集、壬生忠岑)
    木伝へば己が羽風にちる花をたれにおほせてここら鳴くらむ(古今集、素性法師)
    世を捨てて山に入る人山にてもなほうき時はいづち行くらむ(古今集、凡河内躬恒)

    疑問の意を表わす語を伴わなくても、「どうして...なのだろう」と疑問に思う心をあらわすことがある。

    春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ(古今集、読人不知)
    久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ(古今集、紀友則)
  3. 伝え聞いた行為につき「~するという」と婉曲に言いなす。
    いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が思へるごと(万葉集、額田王)
【来歴】

語源は不明。動詞「あり」と助動詞「む」の結合した「あらむ」から来た語かとも言う。平安時代中期以後、「らん」と発音されるようになり、それに従って「らん」と表記されることも多くなる。鎌倉時代には「らう」の形が生じた。

【助動詞との結合例】
【助詞との結合例】

けむ 過去推量

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
けむ ― ― けむ けむ けめ ― 連用形
【接続】
【機能】

    「らむ」が現在の事態を推量するのに対し、「けむ」は過去の事態を推量する場合に用いられる。

  1. 過去に起った事態を「~したのだろう」と想像する。
    ますらをの靫(ゆき)取り負ひて出でて行けば別れを惜しみ嘆きけむ妻(万葉集、大伴家持)
    寝覚めする身を吹きとほす風の音を昔は袖のよそに聞きけん(和泉式部集、和泉式部)
  2. 過去になされた行為の原因・理由・場所などについて、「(~だから)~したのだろう」、「(なぜ/どこに/誰が...)~したのだろう」などと推測する。
    神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに(万葉集、大伯皇女)
    琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをより調べそめけむ(拾遺集、斎宮女御)
  3. 伝え聞いた過去の行為に思いを馳せて言う。「~したという」「~したそうだ」。
    吾を待つと君が濡れけむ足引の山のしづくにならましものを(万葉集、石川郎女)
    勝鹿の真間の入江に打ち靡く玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ(万葉集、山部赤人)
【来歴】

過去回想の助動詞「き」の古い未然形と推定される「け」と推量の助動詞「む」が結び付いたものかという。平安時代中期以降「けん」と発音されるようになり、「けん」と書かれることも多い。

【助動詞との結合例】
【助詞との結合例】

らし 現在推量

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
らし ― ― らし らし
らしき(注記) らし ― 終止形(ラ変は連体形)

(注記)連体形「らしき」は上代、係り結びの際に用いられた(「いにしへも しかにあれこそ うつせみも 嬬を 争ふらしき」)。体言に接続する用法は見られない。

【接続】
【機能】
【来歴】

語源は不明。平安時代以後はもっぱら歌語として用いられ、散文語・口語としてはほとんど用いられなかったようであるが、江戸時代に復活し、現代口語の助動詞「らしい」に続いている。因みに「男らしい」「女らしい」などの形容詞を作る「らしい」は室町時代頃に広く使われ始めたと言われる。これは接尾語であり、助動詞「らし」から派生したとは言え別の語である。「男らし」「女らし」といったような言い方は文語には無い。

【助動詞との結合例】
【助詞との結合例】

めり 推量

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
めり ― めり めり める めれ ― 終止形
【接続】
【機能】

    もともと視覚による推量判断で、「~のように見える」「~ようだ」の意(1)。推量の助動詞と言っても、「らむ」「らし」などのように想像的あるいは推理的な推量とは本来異なる性質のものである。のち一般的な推量(「~らしい」)(2)の用法に拡大し、断定を避けて婉曲に言いなす用い方もされたが、これは主に散文的な用法である。

    (1)乎久佐乎をくさを乎具佐受家乎をぐさずけをと潮舟の並べて見れば乎具佐をぐさ勝ちめり(万葉集、作者不明)
    (2)契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり(千載集、藤原基俊)
【来歴】

語源は「見―あり」と推定されている。万葉集では東歌に一例見られるのみで、平安時代の和歌にも用例はさほど多くない。散文で活躍した助動詞である。

【助動詞との結合例】

指定の助動詞「なり」の終止形と結び付いた「なめり」、完了の助動詞「たり」の終止形と結び付いた「ためり」が散文において婉曲的な表現として用いられたが、和歌での用例は未見である。

なり 推定・伝聞

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
なり ― なり なり なる なれ ― 終止形(ラ変は連体形も)
【接続】
【機能】

    視覚に基づいた判断をあらわす「めり」に対し、視覚以外の感覚に基づいた判断をあらわすのが「なり」である。はじめは聴覚に関する事柄に限られたが、のち、触覚・嗅覚・第六感など、視覚以外の感覚に関する事柄へと用途を広げたものと思われる。

  1. 聴覚によって判断していることをあらわす。「~すると聞く」「~するのが聞こえる」「(聞くところによると)~するようだ」。
    吉野なる夏実の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山影にして(万葉集、湯原王)
    人はこず風に木の葉は散りはてて夜な夜な虫は声よわるなり(新古今集、曾禰好忠)
    難波潟朝みつ潮にたつ千鳥浦づたひする声聞こゆなり(後拾遺集、相模)
  2. 伝聞(人の噂など)によって推量判断していることをあらわす。「~らしい」「~しているそうだ」。
    我が庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり(古今集、喜撰法師)
    桜花ちりかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに(古今集、在原業平)
  3. 視覚以外の感覚に基づいて判断していることをあらわす。例歌の(1)は触覚(「寒い」という皮膚感覚)、(2)は聴覚と触覚、(3)は嗅覚、(4)(5)は言わば気配を感じ取ることによる判断であろう。
    (1)み吉野の山の白雪つもるらし古里さむくなりまさるなり(古今集、坂上是則)
    (2)うたたねの朝けの袖に変はるなりならす扇の秋の初風(新古今集、式子内親王)
    (3)雲さそふ天つ春風かをるなり高間の山の花ざかりかも(三体和歌、鴨長明)
    (4)待つ人のふもとの道はたえぬらむ軒端の杉に雪おもるなり(新古今集、藤原定家)
    (5)逢ふとみてことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や(新古今集、藤原家隆)
  4. 中世以降、原義を離れた詠嘆的な用法が見られる。
    夏の夜をあかしの月も松原もかげにたゆたふほどは見ゆなり(柏玉集、後柏原院)
【来歴】

語源は不明。おそらく「音(ね)」「鳴る」などと同源の語が動詞「あり」と結び付いてできたものか。中世以降次第に使われなくなって、江戸時代には既に意味が解らなくなっており、詠嘆をあわらすと見る説などが唱えられた。

まし 反実仮想

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
まし ませ(注記) ― まし まし ましか ― 未然形

(注記)未然形「ませ」は奈良時代の歌に「ませば」の形で多く用いられているが、平安時代には殆ど使われなくなり、已然形「ましか」が未然形に転用された。

【接続】
【機能】

    反実仮想の助動詞と呼ばれる。話し手の仮想の中で、現実にはあり得ないようなことを望んだり、事実と反対のことを想像したりする場合に用いられる。多くの場合、「~ましかば(ませば)」あるいは「~せば」などの条件節を伴う。

  1. 現実には起り得ないことを仮に想像する。「(もし~だったら)~するだろう」。
    思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我は死に還らまし(万葉集、笠女郎)
    世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(古今集、在原業平)
  2. 実際に起った事実とは反対のことを仮想する。(1)「(もし~だったら)~しただろうに」。(2)「~したらよかったのに」。
    (1)我が背子と二人見ませばいくばくかこの降る雪の嬉しからまし(万葉集、光明皇后)
    思ひつつぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを(古今集、小野小町)
    (2)見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむ後ぞ咲かまし(古今集、伊勢)
    世の中にあらましかばと思ふ人亡きが多くもなりにけるかな (拾遺集、藤原為頼)
  3. 「できるものならば...しよう」「できれば...したいものだが」といった意志・願望、あるいは「もしかすると...だろう」という推量をあらわす。「む」に近い意味になるが、「む」よりは控えめな表現になる。
    月影に身をやかへましあはれてふ人の心にいりてみるべく(万代集、源計子)
    いづる日の影もおぼろの朝けかな霧にしをれて山路わけまし(柿園詠草、加納諸平)
【来歴】

語源は不明。

【助動詞との結合例】
【助詞との結合例】

助詞「を」「ものを」が付くことが多い。上記参照。

べし 当然・推量・可能・意志

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
べし ― べく べし べき べけれ ― 終止形(ラ変は連体形)
【接続】
【機能】

    「こうなるのが当然、必然である」という話し手の判断をあらわす。

  1. 当然・義務・命令。(1)「~するのがよい」。(2)「~するはずである」。(3)「~しなければならない」。
    (1)験なき物を思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし(万葉集、大伴旅人)
    (2)さやかにも見るべき月をわれはただ涙にくもる折ぞおほかる(拾遺集、中務)
    (3)剣太刀いよよ研ぐべし古ゆさやけく負ひて来にしその名ぞ(万葉集、大伴家持)
  2. 必然・運命。「~することになる」。
    士やも空しかるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして(万葉集、山上憶良)
    年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山(山家集、西行)
  3. 確実な推量、強い確信。「きっと~するだろう」「~するに違いない」。
    わが背子が来べき宵なりささがねの蜘蛛の行ひ今宵しるしも(古事記、衣通姫)
    朝霧のおほに相見し人故に命死ぬべく恋ひ渡るかも(万葉集、笠女郎)
  4. 話し手の能動的な行為の場合、強い意志・決意を表す。「必ず~しよう」「~するつもりだ」。
    ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし今は我が名の惜しけくもなし(万葉集、作者不明)
    心細くおもふな吾妹(わぎも)汝(な)がいはば神にも背き世をも捨つべし(伊藤左千夫)
  5. 可能。「~することができそうだ」。
    花の色は雪にまじりて見えずとも香をだににほへ人の知るべく(古今集、小野篁)
    見わたせば比良の高根に雪消えて若菜つむべく野はなりにけり(続後撰集、平兼盛)
【来歴】

語源は「うべ(諾)」との関連が指摘されている。現代の口語にも生き残っている助動詞である。

【助動詞との結合例】
【特殊な用法】

べかり 当然・推量・可能・意志

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
べかり べから べかり ― べかる ― ― 終止形(ラ変は連体形)
【接続】
【機能】
【来歴】

万葉集には「べくあり」のような原形も見えるが、平安時代以降はもっぱら「べかり」「べかる」と言うようになった。

べらなり 推量

未然形
連用形
終止形 連体形
已然形
命令形 上にくる語の活用形
べらなり ― べらに べらなり べらなる べらなれ ― 終止形(ラ変は連体形)
【接続】
【機能】
【来歴】

平安時代、特に古今集の頃に流行した。その後は擬古調の歌で稀に用いられた程度である。



助動詞一覧表

過去・完了 推量 打消 自発・可能・受身・尊敬
使役・尊敬 その他(指定・比況・希求)


公開日:平成19年3月8日
最終更新日:平成21年2月15日

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