『全障連』No.15
last update:20220627
■しかく文字起こし
表紙
SSK 全障連
全国障害者解放運動連絡会議 No.15
SSK増刊通巻第901号
昭和46年第3種郵便物認可
昭和57年1月7日発行(毎月6回5、0の日発行〉)
写真省略「石川重朗君 11.29 石川重朗君の飯田東小転校実現全国総決起集会。 11.30地域情宣。県・市教委交渉をステップに、来春転校実現にむけて、全国の仲間の力を集結しよう。」
目次
特集―論稿
障害者職よこせ集会の成果と労働権奪還...1
第一回全国障害者と労働者の連帯集会によせて...5
生活保障闘争を全国各地で展開しよう...6
石川重朗君の飯田東小学校へ!全国総決起集会が大成功に開かれる...9
障害者解放教育保育研究会の結成を...9
解放文化の創造にむけて「日よう会」...8
差別と闘う共同体全国連合への参加を...11
刑法改悪―保安処分新設粉砕闘争の近況...12
資料―「精神医療の抜本的改善について(要網案)」白紙撤回を求める要求書...13
10・11第二期工事阻止!三里塚へ行って...14
全障連全国活動日誌...4
全国闘争スケジュール...15
本の紹介...5
編集後記
p1
障害者職よこせ集会の成果と労働権奪還闘争の展望
全国事務局長 西岡 務
全障連結成以降、私たちは大会分科会で障害者の労働権奪還にむけ、各地それぞれの闘いの交流とともに、何をいかに闘うか討論を積み重ねてきました。当初は闘いの交流と相互主張のぶつけあいがほとんどでしたがここ数年、全障連としての具体的方針が求められてきました。そこで二年前から関西を中心に労働小委員会の活動を組織し、障害者の働く意味(その問題点などを討論してきました。その活動の成果が今回、労働権奪還)にむけた全国闘争をとりくむことの基礎になったのです。「障害者職よこせ集会」のとりくみの総括を行いながら、今後の労働権奪回闘争と全障連運動の基方的方針を提起していきたいと思います。
全国障害者職よこせ集会の成果
十一月八日〜九日の「全国障害者職よこせ集会」と労働省、日経連に対する闘いは、今日の国際障害者年を契機とした政府、権力の障害者の地域内総管理政策と障害者運動を分弾圧し差別政策に統合していく攻撃の中で障害者の自立と解放運動の未来を展望した、きわめて重要な内容をもっていると考えます。
それは、障害者問題の解決が、「福祉」の領域だけではなしえず、社会体制との関わり社会変革によってこそなしうることにあります。即ち、現在の社会体制(資本主義社会)を支えている最も大きな思想は能力主義であり、生産第一主義で、それ故に人間の価値を生産性のみで測るのが一般的です。その様な物の見方を許す限り、私たち障害者の未来はないのと同じだと考えます。
私たちが労働権を叫ぶ時、これを真っ向から対決することなくしては闘いの前進はなく、従って労働権奪還闘争は現代社会のあり方を根底からくつがえすことを求めます。私たちが、この「職よこせ集会」において、この夏の要求、より本質的課題を社会的に鮮明にしえたことは非常に意味の大きいことと考えます。
次に、このとりくみが始めて、視労協・障害連という他の障害者団体との共闘の上で闘われたことです。現状では障害者解放の展望と理論が充分整理されていない中で、障害者運動はそれぞれの要求・課題・運動においてバラバラにされています。こうした情況を意識的にのりこえ、真の要求、本質的な課題で障害者団体が共闘しえたことはきわめて重要です。私たち障害者運動の歴史は浅く、またおかれている状況がきわめて厳しいことから、完全解放の長い道のりを展望した運動論を作ることが難しく、身近な直面した課題をとりあげる時に全体的情況と切り離して闘えば、ややもすると他団体や他の課題との利害の対立を生み、政府?権力の分断と統合を助けてしまう危険性をもっていました。それに対し、今回の共闘と、これを契機とした運動の深化と強化は、障害者解放運動全体を認識した新たな闘いの結集軸を作る手がかりになるとも考えられます。
そして、このとりくみが総評・自治労などの支援と連帯の下で行なわれており、このことにも注目する必要があるでしょう。障害者
p2
の労働権を確立する場合、職場の労働者との連帯、共闘なくしては運動は前進しないからです。企業に障害者の雇用をさせ、重度障害者を採用させ、又職場内の人間関係や労働条件など、その一つ一つの具体的闘いはこの共闘の上に実現されるでしょう。私たちは能力主義・生産第一主義の職場支配を、労働者との真の共闘の内実を作ることによってくつがえし、職場、生産点での人間性を回復し、共に社会変革の担い手になることを積極的に作ろうとしています。従って、労働省・労働組合との連帯・共闘の関係を更に深め、障害者が職場で生き続け、自立と解放をかちとる主体を作る場にしていかねばなりません。
更に、こうしたとりくみが、自治労という大単産の中で、働く障害者自らを組織し(自治労障害労働者連絡会)・独自の要求、闘いを作り出す契機となりました。これは、労働現場の障害者が自ら集い、障害者としての労働条件の改善や障害者雇用のあり方について職場内でとりくむ為の大きなステップになるでしょう。又、これまで健全者意識で作られ運動してきた労働組合の中に障害者の独自性(差別との闘い)と能力・能率主義を許さない考え方をもちこむことで、労働組合を変え職場のあり方を変える一歩にもなるのです。これは、自治労にとどまらず、各単産の労働組合の中、また未組織の働く障害者の結集をかちとり、横断的な結合をもって、働く障害者の団結権をもって、労働権の保障と雇用をかちとっていく展望をもっています。そして、職場の障害者組織と障害者解放運動団体との連帯・共闘は障害者解放運動にとっても、現場・地域と隔離・排除された障害者の大衆的結合を生み、大きな前進をかちとることができるでしょう。
職よこせ集会が提起した労働権の内容
「職よこせ集会」が確認された労働方針を簡単に説明したいと思います。
これは「身体障害者雇用促進法」を鋭く批判し、「障害者雇用法」の制定をあげています。現行の「雇用促進法」は、?@「精神障害者」等の雇用を規定しておらず、その雇用を保障していない、?A雇用率未達成企業に対する強制力がなく、また納付金ですりかえられており実際の雇用が進まない、?B重度障害者や特定の障害をもつ者の雇用が進まない、?C大企業ほど雇用率が悪い、?D最底賃金法が適用除外されており低賃金労働が強制されている、?E労働条件・環境が劣悪なのを放置している、といった「ザル法」になっているわけです。それに対し、どんな障害をもつ者も、働きたいすべての障害者の労働権を保障し、雇用と労働条件・環境に強制力をもつ「義務雇用法」の制定をめざしています。
これは、多分、資本主義社会で考えられる最も高い形態であると考えられ、実現させる為には大きな力が必要ですが、神奈川県の障害者雇用計画では目標を四%とし、障害別・程度別の規定と「職場を障害者に合わせる」理念をあげており、必ず実現しあえるのです。
それに、共同作業所の行政保辞を要求しています。現在は、共同作業所の補助が厚生省管括にされており、「福祉」対策の一環で労働権とは考えられていません。しかし、共同作業所は障害者に職場が保障されてない現実が生み出したのであり、当然ながら労働省管活としてその労働権が全て保障される必要があります。とりわけ最低賃金以上の賃金保障が緊急の課題であり、これを要求しています。
以上が簡単な内容説明ですが、私たちはまだ具体的内容と運動方針を打ちだせていません。例えば、職場環境・労働条件の改善の規準、最低賃金保障の責任はどこかなど、これらは早急に全障連労働小委員会、「職よこせ集会」実行委員会で検討される問題です。
障害者が働くことの意味と新たな情勢
次に、最近の労働現場の実情を分析し、障害者が働くことの意味を改めて問題提起した
p3
いと思います。その視点を「職人仕事」から機械化されコンピューターが導入されている「機械仕事」の転換されている職場の中での障害者の位置におきます。
これまで障害者の労働観は、「一人前の労働者が十の生産をするのに、例えば三の仕事をする者も労働者として認めよ」「三の生産性であっても労働する者として同等の権利を保障せよ」というものだったと考えられます。それは「十と三」の対比があっても、三(いくら低くても、あるいは0であっても)生産に参加する者の人間性と人格(「努力」「エネルギー」とも言われた)を認めること、その上での人間関係と社会のあり方を提起してきました。これは、材料と機械・道具を障害者に合わせて提供し、それを使っていかに低い生産であれその生産を正当に評価することを基本にしています。いわば、機械・道具を使う個人の能力(職人仕事の差によって差別することを闘ってきたわけです。
ところが、最近の機械化・コンピューター導入はこうした職場のあり方を大きく変えています。ここでは、仕事の内容は機械やコンピューターに使われ、それが要求する仕事に合うか否かが問われます。例えば、ベルトコンベアーの流れ作業(労働の部品化)では、流れに合わない人が一人でもいると、流れがストップしたり不良品の山ができます。コンピューターでは、情勢と決定規準を機械がもっていて、機械が要求する高度な労働をこなさなければコンピューターの価値は埋もれてしまいます(その方がいいのかもしれませんが)。つまり、機械やコンピューターが要求する高度な労働性に適応しない者(新たな「障害者」の概念)は、「十に対する三」ではなく「十に対するマイナス七」と評価されるわけです。これまでは「十に対する九」は「健全者に近い」とされてきましたが、「損失の少ない者」とされ「損失者」として排除されます。
この情況の最も厳しい現実は、労働者が集団で管理され、一糸乱れぬ統制下におかれていることです。本来は、集団化されることによって団結を作り闘う労働者が、闘いの弱さ故に逆に資本の意のままにならざるを得なくされています。サークル品質向上運動・サークル生産性向上運動に代表的な様に、労働者自らが集団で相互監視し、生産性至上主義を坦っているのです。こうした労働者にとって障害者は「我々の集団の生産性を落とすマイナス要因」と敵視し、障害者雇用どころか、職場内の能率の低い者を排除するようになっていきます(なっています)
そうなると、障害者が就労し、存在基盤を確立し、人間性を回復することは、機械化されコンピューター導入の職場の論理と妥協のない闘争となり、職場の論理を許す労働者との全面的対立との闘いが避けられません。機械化やコンピューター導入が害者雇用を促すという幻想はみじんもないのです。こうした職場情況は中小企業や官公庁でも進んでおり、障害者雇用の現状はムードとはうらはらに厳しさを増しているのです。しかり、大企業は「中小のようにいかない」と大ミエを切り、第三セクター(企業と自治体で出資する福祉工場)に流れる理由です。
私たちが、こうした情勢の中で、資本の攻撃と対決し障害者の労働権奪還をかちとる道は、「マイナス」が職場には入ることによってこそ職場の人間性否定のあり方を根底から問い、障害者の存在を守りきることによって障害者と労働者の共闘で、人間の生きる職場と人間が生きる為の生産活動(労働)をすることの正しさを作り出すことでしょう。その運動の基盤が、差別と闘う障害者団体・就労要求をもつ障害者組織・職場内障害者組織・労働組合の全面的な連帯・共闘だと考えます。
障害者職よこせ要求者組合の性格と任務
私たちは「職よこせ集会」の成果をふまえ、障害者の「職よこせ要求者組合」の組織化に
p4
着手しました。
先に述べた様に、障害者の一般職場への就労は、もはや「福祉」的善意では通用せず、本質的な戦いの内実と大衆的闘いによってしか実現しえなくなってきます。また、これまで就労要求をもつ障害者は、厳しい差別実態を前に、あるいはあきらめ、あるいは隔離された生きがい対策にすりかえられ、あるいは通勤すれば採用に不利になると考え、自らを組織化することができませんでした。その中で、一方では、障害者解放運動の前進でようやく声をあげ始めた、そして労働運動や労働組合もこれをとりあげるようになって社会的に評価され始めた。一方で、運動の拡大と深化により闘えば就労できる。運動すれば輪が広がる実績と確信が作れた。そして、一方では、このままでは障害者雇用は後退するという情勢の中で、「職よこせ要求者組合」が生み出されたと思います。
こうした情勢認識に基づいて、私たちは、就労要求をもつ障害者大衆を大胆に結集し、個別に就労闘争、職場あっせん・職場内闘争を行うと共に、厳しい情勢と労働権奪還の内実を共に学習し、共に仲間の労働権を確立していく闘いを作ろうとしているわけです。
この様に、厳しい情況の中でこそ、解放の展望にむけた本質的な戦いの方針を確立し、大きな闘いを組織した時、同時に障害者大衆との結合を具体化し、大衆運動の新たな質を獲得せんとしているのです。
全障運動の今後の方針について
これまで、「職よこせ集会」の総括と労働権奪還闘争の方針を述べてきました。つっこんだ討論による本質を明らかにし展望をもった方針をもつ、障害者団体との共闘、労働者労働組合との連帯・共闘、職場内障害者の組織化と独自の闘い、「職よこせ要求者」の大衆組織化、という一つの運動の具体化です。このモデルは障害者の目立と解放運動の今後に大きな位置をもっと考えられます。障害者運動が大きな岐路にある今日、闘いの内実と解放の展望、そして大衆化をかちとる為の一つの指針とも言えるでしょう。
今、私たちは、交通・生活・教育・施設・医療、それぞれの領域において運動の方針を懸命に生み出す努力をしています。その中で、労働の領域で、こうした方針と展望をもちえ
全障連全国活動日誌
11月(校正者注:「全障連〜11月」大文字)
1・赤堀差別裁判糾弾闘争・全国総決起集会
・金井康治君の花畑東小完全転校実現実行委員会
2・金井康治君転校闘争・足立区教委へ交渉要求行動
4・刑法改悪ー保安処分新設阻止闘争
・日弁連?法務省「意見交換会粉砕闘争に参加
8・「障害者職よこせ」全国決起集会
9・「障害者職よこせ」労働省・日経連抗議行動、交渉
・第1回、全国障害者と労働者の連帯集会
・金井康治君の花畑東小完全転校実現実行委員会
15・全国機関誌No14発行
17・金井康治君の花畑東小完全転校実現実行委員会
18・刑法改悪―保安処分新設阻止全国総決起集会に協賛参加
21・DPI日本委員会を創る会
22・第3回視覚障害者労働問題協議会交流大会に連帯アピール
22〜23全国生活小委員会
・金井康治君の花畑東小完全転校実現実行委員会
・厚生省交渉
・石川重朗君の飯田東小転校実現全国総決起集会
・DPI国際会議に西岡派遣
30・石川闘争地域情宣と教委交渉
p5
たことを、各領域においても充分ふまえていきたいと考えます。
何度も言うわけですが、厳しい情勢の中だからこそ、本質的な、そして展望をもった闘いの方針を打ち出し、可能な限り大きな共闘をもって社会に打って出、そして大衆運動の新たな質を確立し、大胆に運動を前進させていくことを訴えたいと思います。
第一回・全国障害者と労働者の連帯集会によせて
全国代表幹事 中川一二三
去る、十一月九日、東京中野体育館において、第一回全国障害者と労働者の連帯集会が国際障害者年対策連絡会議を中心とした実行委員会の主催で行なわれた。
この集会は、政府―自民党が国際障害者年にむけて様々な催しを行う中で、障害者抜きの国際障害者年に終わらせているのに対し、障害者自らが自立と解放をめざしてこの機に新たな運動を作り出すために、労働者との再なる連帯を作りあげていくきっかけになったと考える。
一九七四年の春闘において、総評・労働組合が障害者問題をとりあげて以来、毎年の春闘では「弱者救済」形の同情的な「障害者のための」要求が出されてきていた。しかし、この集会を契機に、障害者と労働者が共に闘いを進めていく方向を見い出したと言える。ここ数年、障害者自身が自らの自立と解放をかけて闘いを創り、あらゆる層との連帯を呼びかける中で、労働者自身もそれに応え始めてきた。障害者の就労闘争にかける労働現場での障害者と労働者との関わり。とりわけ、盲ろう養護学校義務制粉砕闘争における教育労働者との関係。交通・生活・施設・医療・各闘争等、それぞれの問題を、労働者自身が団体・個人のレベルで考えていこうとしていることは、私達にとって心強いものである。
一方、障害者も、これまでの労働運動に学び、自らの問題をしっかりと提起し、狭いワクにとらわれず闘いを進めていくことが問われてきている。本集会の中で出された基調の内容を見ても判るように、障害者と労働者がしっかりと手を結ぶことによって、独占主義行政権力と一体となった攻撃を打ち破っていかなければならない。私達の運動は自らの命をかけて、自らが闘いとっていこうとしている。その点では障害者と労働者の闘いは一致するであろうし、今後とも共に闘い続けるものである。
本集会が国際障害者年を機に初めてもたれたが、集会の中でも何度もくり返されていたように、今年限りで終わるのではなく、長期に渡って持続し、その中で障害者・労働者共に更なる連帯に向けて方針を出していく場にする必要があると考える。
本の紹介
「夜哭き石の唄」
―あんじょう聞いたって「障害者」問題―
「障害児」の生活と教育を保障しよう
市民の会大阪連合会綱
三二〇ページ・\一四〇〇―
現代出版発行
「トモダチガホシイネン!」「コンナンデ死ヌノイヤヤ!死ニタナイ!」 (校正者注:「本の紹介〜死ニタナイ!」」四角囲み)
p6
地域であたりまえに自立する生活保障闘争を全国各地で展開しよう
11・22〜23全国生活小委員会
11・24 厚生省交渉の報告
全国出版部
国際障害者年の只中にあって、障害者にとって最も切実な生活が、「福祉切り捨て」、行財政改革による諸施策の打ち切り、再編によって深刻な現実になってきています。これは政府―権力が打ち出している「日本型福祉社会構想」「地域福祉論」の具体的進行であり、地域管理体制の実態化なのです。その分析は何度か行い、第五回、第六回大会基調にもありますので省きます。
しかし、ほとんどの障害者団体はこの攻撃に真正面からたちむかわず、「地域福祉論」にのっかって民間委託事業(これすら福祉切り捨ての一環です)の請け負いを奪い合う利権あさりに走り、また施策充実に限定した物とり主義にあくせくしています。これでは「福祉切り捨て」に対決し、障害者が地域社会で自立して生きる政策と実際の保障はいつまでたってもできません。この中で、全障連生活小委員会は、これまでの生活問題での討論を整理し、今後の運動の原則を確立して、大胆に闘いを提起しようとしています。そして11・22〜23全国生活小委合宿、11・24厚生省交渉を皮切りにその実践を開始しました。
全国生活小委の討論は、第六回大会の生活分科会基調を学習しながら、これまでの論議を整理して確認しました。そして、所得・住宅・介護の三基本要求と、とりわけ公的介護保障要求闘争を全国的活動として展開することにしました。
最近、長年の障害者運動の成果として、政府・厚生省に障害者の所得保障制度を確立させる方向を作り出しています。労働の機会を奪われた障害者にとって、現在の所得保障の道は、家族に頼るか、生活保護しかありません。生活保護制度の問題点・差別性ははっきりしており、所得保障制度の確立は大きな意義があります。しかし、これを具体化しようとする政府・厚生省の意図は、逆に障害者の新たな攻撃になる可能性もあるのです。彼らは、?@障害者手当として月6万円位とする。?A福祉諸サービスは障害者の自己負担が望ましい、という内容をチラつかせています。
その意味するところは、?@本来の一般的所得保障は年金・保険制度によるのですが、障害者福祉年金(積み立てがない)を大巾に増額すると、他の年金(老齢・母子福祉年金や積み立ての年金=拠出制年金)も増額しなければならないので、「身体障害者福祉法」に位置づけようとしている。?Aこれでは、障害者と健全者(労働者・市民)との、又内容いかんでは身体障害者と「精神障害者」の分断が作られます。また一般基本制度と切り離されると運動との力関係で政府―権力の恣意で金額が削られていきます。?Bしかも、「身体障害者福祉法」の精神にも貫れていますが、「所得保障があれば、福祉諸サービスは自己負担せよ」という考え方は、行財政改革の中でも進められている受益者負担と同じ道で、介護・医療などの公的責任を放棄し、結局は企業をもうけさせるだけになってしまいます。?C施設内障害者は施設経費の一部を負担させ
p7
られ、在宅障害者は福祉サービスを購入させられ、自立障害者はやはり生活保護しか道がなく(内容しだいでは自立できなくなる)、結局は、支給された金は、民間あるいは企業の営利に流れるだけになります。
従って、所得保障制度の確立を意義あるものにする為にも、「地域福祉論」=福祉切り捨てと福祉の営利化対決する為にも、福祉サービスを障害者の自立と解放にむけて、公的責任で保障させることが、この時期に最も緊急に求められているのです。その福祉サービスの中で最も本質的で切実な要求が介護保障なわけです。
介護の全面的な公的保障にむけた方針は、第六回大会でも、?@他人介護料特別基準、?Aホームヘルパー、?B介護人派遣センター、?C自治体独自の制度の確立と拡充、があげられています。介護問題の運動原則は、?@介護を通して健全者の意識を変え、共に生き共に差別と闘う、?Aこれを個人的関係やグループの関係に終わらせず、社会全体のものにしていく、?Bその関係を在宅や施設の内の障害者みんなを対象にした運動と考える、でした。
それらをふまえて、生活小委員会でつっこんだ討論をしましたが、各地の介護体制や情況がかなり異なり、従って当面の運動方針が各個人、団体で異なっているのが現状、今回の討論だけでは全般的な結論は出せませんでした。来年早速にも、再変討論を行い、各地の実態と問題点を整理し、対厚生省と各地での自治体闘争、又日常活動のあり方について具体的方針を出すことにしました。
11・24には厚生省交渉を行いました。今回の交渉の目標は、厚生省に介護保障の具体的方針を聞きだすことにあり、約四〇名が参加しました。ところが、厚生省は「現在、中央身体障害者対策審議会と全身性障害者問題研究会で検討中で、その答申が出されないと答えられない」と逃げたのです。そこで両審議会、研究会の中間報告を説明させたのですが、介護保障については具体的な記述はなく、しかもきわめて小さくとり扱われていることが明らかになり、参加者から批判の声が相次ぎました。そして、地域社会で自立している介護の必要な障害者の実態をつき出し、追及する中で次の様な答弁をさせました。それは、
?@現行の介護に関わる施策は、介護の必要な障害者の立場に立って作られたものではない。
?A現行施策の拡充によって全面的介護保障を行うことは非常に困難である(実質的に不可能だ)
?B現行施策を最大限活用すると一日約六時間(金銭給付、物的・人的サービスを含む)が保障されている。
即ち、地域で自立して生きる障害者は、施設の障害者に対し、介護をとりあげれば実に、1/3の人格に見られているわけです。又、一方、現行制度を最大限活用すると六時間位が保障されていると表明したわけて、これは他人介護科特別基準を正式に認めたことと共に、六時間の介護保障を受けていない場合は、厚生省の打ち出している施策すら活用しきれてないことになります。そして、現行制度の延長では全面的介護保障ができないということは、私たちの運動の側でも、介護保障の制度を新たに考える必要があるとも言えます。
こうした答弁を更につっこんで追及し、前回の確認、
?@重度の障害者が地域で自立して生活していきたい要求をした場合、その人の意思は尊重されなければならない。
?A24時間の介護を必要とする重度の障害者においても同様である。
?B上の二つについて検討する。原則として重度の障害者にとって介護は必要である。 (校正者注:「?@重度の〜必要である。」四角囲み)
を更に前進させ、
p8
・厚生省として、24時間介護の保障を行う方向を立場として、今後も交渉を行う。 (校正者注:「・厚生省〜行う。」四角囲み)
との確認(口頭)を行いました。
今後、生活小委員会は、来年早々にも会議を行い、介護保障の政策要求と各地の活動方針を作り、厚生省闘争を全障連全体で行うと共に、各地域での統一した運動をまきおこし、全国的な大衆運動を作り出す方針です。全国の障害者仲間のみなさんも、各地ブロックでの生活小委員会活動に結集し、一人でも多くの自立生活者を作り出し、障害者があたりまえに地域で自立生活する保障闘争を前進させていただくよう訴えます。
障害者解放文化の創造に向けて動き出した「日よう会」
全障連関西ブロック事務局長・大島秀夫
関西ブロックの新しいとりくみを、全国の仲間の皆様に報告したいと思います。関西ブロックの春の討論合宿(幹事・事務局・有志による)をふまえて、多くの障害者が、気楽に全障連の活動に参加できるような、企画を行なおうということで、毎月一回か二回の日曜日に、「日よう会」という集まりを行なっています。
春に決まったわりには、まだ三回ぐらいしかとりくみがされていません。というのは、一回目の学習会は、何とかできたのですが、ちょうど、第6回交流大会の準備とかち合ってしまい、延び延びで、やっとこの十月に第二回目を開けたわけです。
第一回は、地域の労働者で介護活動をしている西浜氏(大坂労金労競)に来ていただいて、総評労働運動や障害者運動の意見交流を行いました。
第二回目は、奈良公園にハイキングに行き、鹿とたわむれながら、西宮で障害者運動をされている能勢さんという障害者の個人史を聞きました。能勢さんは、六七才にもなる方ですが、とても若々しく、私たちに色々なアドバイスをしていただきました。
第三回目は西岡全国事務局長を迎えて、シンガポールで聞かれた、DPI(障害者インターナショナル)の報告を受けました。
十二月の二〇日には、忘年会を開き、この一年間のうっぷんを晴らすつもりです。
「日よう会」運営委員会を開いて、どのような内容で、やっていくかを考えているところです。やはり、障害者が生きてきた生活史を語り合う場として、当面行なっていこうと思っています。そこから出されてきた様々な問題を整理しながら、学習会をもっていく予定です。
残念ながら、「日よう会」の参加者は、最初のいきごみとは裏腹に、金太郎アメになっていますが、連絡体型を確立し、また障害者の堀り起こしを積極的に行なって、幅広い参加を得ていきたいと思っています。
とかく、中央闘争の多い全障連ですが、闘う全障連と障害者の生活とが結びつくような企画にしていきたいと思っているのてす。
「日よう会」という名前になるまでも「文化リクリェーション部」という名前も出ました。やはり、障害者の生活史を語り、障害者の文化の創造という側面も合わせもっていると思っています。
大いなる可能性をもった「日よう会」に乞う御期待! (校正者注:「障害者解放文化〜御期待!」四角囲み)
p9
石川重朗君を飯田東小学校へ!
11・29全国総決起集会が大成功に開かれる
全障連関西ブロック・J
十月二九日、静岡県清水市文化会錠で石川重朗君の飯田東小転校を実現する全国総決起集会が行なわれました。
昨年十二月十四日に実行委員会が結成されてから一年、静岡での粘り強い闘いの成果が着実にあがっているようで、参加者も全体で二〇〇名近く、静岡県内だけでも一〇〇ほどが結集していました。
静岡県という、差別を許さない闘いも、住民・市民運動も育ちにくい地元で、これだけの人々、しかも労働者・住民・市民・学生など巾広い運動団体、グルーブ・階層の人々を結集しえたのは、石川さん始め支援の方々のたいへんな努力があったんだろうと、感動を新たにしました。
基調報告の中でも、毎朝、重朗君が近所の子供たちと飯田東小に通い、遠足や運動会に自主参加することによって、しだいに友達や応援者の輪を広げている報告、また校区内各戸ビラを精力的に行って語ることが出され、生き生きと伝わりました。また県教委(課長)が、重朗君を排除する理由として出した文章を刻明に批判し、一つ一つを論破していく作業にも、重朗君と共に生きる人間性がするどく描かれていたと思います。そして、重朗君のお父さんのアピールも、障害児と共に生きる親の自己変革から始まり、その確信が岩の様に強く大きくなっていく様が語られ、参加者の胸を打ったのです。
大巾な時間をとった討論も、各地の親からの発言を中心にして、養護学校義務制完全実施への怒りと、障害者差別の認識を深め真に障害児者と共に生きる姿が員弁棒的に提起されました。私たち、各地の参加者は、この集会を通し、重朗君、そして石川さん一家と共に最後まで闘う決意を新たにした、実に有意義な集会でした。
集会後は、石川さん宅の近くの公民館で交流会な行い、静岡県の情況を更につっこんで考え、各地の成果との交流を行いました。翌日は、早朝に、校区全域の各戸ビラ配布-有志で重朗君と共に飯田東小まで登校し、地域で共に生きる、地域との子供との関係に直接触れ、闘いの勝利の確信を強めました。続いて、清水市教委・静岡県教委に交渉を申し入れ出向きました。両教委とも責任者、担当者は逃亡しており、実質的攻交渉はできませんでしたが、両教委に重朗君の闘いを全国の仲間の闘いとし、実力闘争をもっても闘いぬくことをつきつけ、今後正式な団体交渉をもつことを検討させることにしました。
二日間、重朗君は元気に私たちの前に姿を見せてくれました。だんだん自己主張か強くなっている様で、自分のやりたいこと、そして飯田東小への登校を積極的にやっています。静岡での、困難さをのりこえ、粘り強く地域の、多くの運動と結がりながら闘われているこの闘いに、私たちも全力で支援していきたいと思います。
障害者解放教育・保育研究会の結成を急ごう
関西ブロック 楠 敏雄
すでに周知のように、全障連は文部省との大決戦を前にした一九七九年秋に初めて正式に「障害者解放教育・保育研究会」の結成を全国の仲間によびかけ、そのための準備と討
p10
論を序々に開始し始めた。その時から三年、この研究会の必要性がますます高まっている現在、あらためてその意義と方向性を再確認し、結成の具体化を計りたいと考えているところである。
なぜ研究会は必要なのか
いうまでもなく養護学校義務制推進の思想的背景は文部省に代表される能力主義と全障研に代表される「発達保障論」である。この両者とも障害者に対する差別との斗いを基本にすえるのではなく、障害者を適応させる事をめざすという点において共通しており、しかもこうした立場は現場の教師をはじめ、多くの人々の間に根強く存在しているのである。したがって義務化体制が貫徹されつつある今、私たちは政府・文部省の強権的姿勢との対決を強めると同時に、とり分け現場の教師や障害児をもつ親を一人でも多く私たちの側に獲得しなければならないのも当然といえよう。
この際私たちがこれ迄のように「養護学校は隔離だ」「障害児も健常児が共に学びあう事が必要だ」といった言葉を繰り返しても、これだけでは十分な説得力をもたないのも事実である。これまで私たちの陣営はややもすると障害児との関わりや個々人の経験にのみ頼りがちであった。もちろん私たちの運動はこうした「関わり」を抜きにはあり得ず、常にそこを原点とすべき事は言うまでもないのであるが、今問われているのはこうした個々の関わりを通じてを通じて明らかになりつつある諸問題をどのように整理し発展させるのかという事である。この作業こそが能力主義や発展論と真に対決し得る私たちの側の立場をより内実のあるものに作りあげていく事になるであろうし、それが強いてはより多くの人々を私たちの側に獲得する事にもつながるのである。そしてこの作業を統一的に進める場として提起したのが「障害者解放教育・保育研究会」なのである。
基本方向と当面の課題
この研究会は基本方向として次の諸点をふまえるべきであろう。すなわち障害者自身がすすめる解放運動と連帯し、その一翼を担うべきこと。そのうえで障害者をはじめ、各層の人々が自由に参加し討論が保障される場であること。しかしあくまで能力主義や発達論の理論的、実践的克服をめざすものであること。教育労働者の労働運動とも連係を密にすうこと。部落解放教育に学び、相互の討論や批判を通して発展を企ること。などがそれである。
次にこの会が特に重視しべき具体的課題としては「特殊教育」の歴史的解明、「発達論」の分析と批判、障害児にとっての「学力」の意味の解明、障害児学級の位置づけ、設備条件、教材、教具などの研究、進路保障などであり、これらのどれもがつっこんだ討論と実践的検討を要する課題だ。
この間のとりくみの経過と今後の展望
さてこの研究会結成の準備は、主に関西を中心に進められてきた。すなわち「盲・ろう養護学校義務制粉砕!全関西共闘会議」(略称全関西共闘)が中心となって研究会の内実を作るための討論や公開学習会を積み重ねてきている。これまでの学習会では文部省や各地の教委の動向の分析、実践を通じての問題点の整理、高校進学と進路の課題、部落解放教育の歴史と実践、発達保障論の検討などの内容について報告と討論を続けてきた。だが、現場の教育の教育労働者の参加が少く、又学習内容も場あたり的であったため、充分な成果を生み出し得ていないのが現状である。
今後も引き続き全関西共闘が軸となって、重い現場で障害児教育にとりくんでいる教師の活動家集団を目的意識的にオルグし実働部隊を形成していく必要がある。又学習会の内容も体系的に計画し、当面は「発達保障論」の分析と批判を徹底して行う中から障害者解
p11
放教育の理論的骨格の確立を計る。
一方研究会の組織的枠組としては、運動体としての全障連を始め、しよう会、15教組連絡会、自治労大阪府本部などを大枠としつつ、直接的には全関西共闘を軸に国障年大阪連絡会教育専門部会、及び学者・研究者の会の三者の共通の課題としてその具体化を計るべきであろう。メドとしては来年度中に準備を開始することを目標とし、それぞれの団体の内部及び団体間、もしくは大阪連絡会を通じて論議を深めることが必要である。そしてこれらの内容を当面は全障連の機関誌などを通じて全国各地に広めつつ出来るだけ早い機会に全国規模の研究集会を開く。こうした動きの中から研究所の設立や機関誌の発行など組織運営の具体化をすすめる。
政府・文部省による教育の能力主義・国家主義の反動的攻撃が激化する中、それと闘う一翼としてこの研究会の結成も急がれるところである。
差別と闘う共同体全国連合(差共連)準備会への参加を!
差共連準備会事務局
私たちは、障害者差別を許さず、障害者が、健常者が、みんなが共に働く場(共同作業所)共に生活する場(共同生活体)の全国的な連合をつくろうと、その準備会活動を進めている。
(1)差共連とは
あらゆる障害者への差別を許さないという基本姿勢をもって闘うこと。職員―対象者、管理者―被管理者という関係を否定し、障害者・健常者の対等・平等な関係をめざすこと。具体的に共に働く場、共に生活する場を作って(作ろうとして)いること、の三点において一致する人々の連帯組織"差共連"である。一九七〇年頃からの障害者解放運動の発展と共に、静かに進行してきた、共同作業所、共同生活体(総称して"共同体")づくりの運動は、近年の障害者の労働権奪還の声の高まりとともに急速にその数を増しつつある。
しかしながら"共同作業所"という名称は、「全図共同作業所連絡会」に集う共同作業所や、親の会などの、小規模授産所での障害者を管理し、訓練する福祉施設をさして使うことが一般的であり、現にそれらの圧倒的に多い状態である。それらの場は、養護学校義務化以降の安上り福祉、地域管理体制の実現をめざす国家の要請に応じて、差別と労働権の問題を単に「障害者の働く場がないから」とか「働くことが生きがい」などと矮小化し、障害者を差別構造の中に封じ込める役割りを果たしている。
"差共連"に集う共同体は、障害者の自主・自立・主体性のもとで、差別と闘い、障害者解放を進める拠点、地域に根ざし共に生きる関係をつくっていく拠点になることをめざしている。決して一つの場に閉鎖することなく、地域の就労闘争、労働者として闘う障害者などとの連継を追及し、障害者の労働権・生活権を奪い返していく運動をめざしている。
(2)差共連(準)の現状と方向
私たちの運動の中の極めて困難な壁―内部の関係、経済的力量、運動の拡がり―を何とか打開しつつ、一つの力強い流れとして全国に渦巻きを作ろうと差共連が提起されて以来、本年一月より既に六回の準備会を行ってきた。関西地区への偏りがあるとはいえ、現在十三団体が結集しており、更に増えつつある中、遅くない時期に全国連合体を結成すべく精力的な準備が進められている。
現状では、各地の様々に異なる場が交流し
p12
結びつきを深めることが主眼にされ、内部体制・仕事・地域労動・行政闘争などが情報交換されている。それによって地域での運動を充実・発展させることを求めている。更に、共同での交流レク集会は、準備会として第一回目の取りくみを行っており、テーマごとの学習会、差共連としての基本姿勢・運動方針などの討論を通じて、差共連としての運動を明確化する作業にとりくんでいる。
差共連は、統一的な組織としてではなく、各地の運動を主体とした連合体としてある。仕事の安定、経済的確立、障害者の自主性、障害者・健常者の対等性の獲得、地域に根ざし地域をかえる主体づくりなど、各地各場の課題に対応しうる連合体にしていく。そして、対労働省、厚生省などの行政闘争を始めとした共同行動・共同闘争をつくり出していくこと。などをめざして差共連の結成に向け前進している。(一九八一年十二月)
準備事務局/名古屋市中村区佐古前町16-15
わっぱの会気付電話052(482)5739
刑法改悪・保安処分新設粉砕の近況
赤堀小委員会 (校正者注:「刑法改悪〜小委員会」四角囲み)
日弁連の「協議」への屈服
政府ー法務省は、刑法改悪・保安処分新設・来春国会上程に向けて、日弁連への「協議」を申し入れ、日弁連もこれに屈服し、反対の声を無視してパネルディスカッションと「意見交換会」を強行開催しています。
昨年一一・二九の東京、今年三・七の大阪と"パネルディスカッション・刑法「改正」を考える"を強行し、一二・五には名古屋で強行しようとしています。法務省は「国民的合意づくり」の名の下に、七六年に全国八ヶ所における「刑法改正について意見を聞く会」の強行を企てましたが、大阪・東京においては反対運動の高揚によって阻止されました。法務省は、反対の声が強い中で、あくまで「国民的合意」の装いをつくるべく、昨年、日弁連に協議を申し入れたのです。日弁連はこれに屈服し、東京・大阪でのパネルを開催し、更に今年は七・二五、九・一六、一一・四と三回に渡る「意見交換会」を行っています。そして、多くの反対の声に対しては「賛否両論の意見を闘わせ、刑法「改正」反対を国民的に訴えていく」と言っています。
しかし、これらのパネル・「意見交換会」は、完全に法務省の「国民的合意作り」にとりこまれ、「合意に歩みよる」なる法務省のキャンペーンを許しています。まさに日弁連は「意見を聞く会」粉砕闘争の成果をふみにじり、法務省との「協議」にかちこんでいるのです。そして、一二・五名古屋パネル、一二・二六には第四回「意見交換会」をも予定しています。私たちは日弁連への抗議・糾弾を強め、強行開催を阻止していかねばなりません。
日弁連の差別に貫かれた「要綱案」
日弁連は八月三一日付で「精神医療の抜本的改善について(要綱案)」を発表しました。そのひどい差別に貫かれた内容に対する、全国「精神病」者集団をはじめとする糾弾―白紙撤回要求に対しても居直るばかりか、成文化しようとしています。(後記の資科参照)
なぜこのような差別「要綱案」が出されてくるのか。それは、やはり日弁連の弁護士多数の中に「病者は何をするか判らない」「きっと犯罪を犯すにちがいない」といった観念があり、そうした差別的見方が前提になっているからこそ、極めて悪質な内容で貫かれてい
p13
るのです。また、「病」者の闘いを知ろうとする姿勢も欠落し、政府―法務省の保安処分攻撃が何よりも社会的に根深い「精神障害者」差別をあおりたてることを通して、反対運動を屈服させ、立法化しようとする攻撃を見抜けないが故の結果とも言えるでしょう。まさに日弁連もまた、差別キャンペーンに屈服しているのです。
私たちは、この保安処分新設・刑法改悪の攻撃を自らへの排除・抹殺攻撃として、赤堀さんを生きて奪い返す闘い、あらゆる自立と解放の闘いと結合させて闘い抜かなければなりません。保安処分思想に貫れた攻撃は、すでに全ゆる領域においてかけられており、赤堀さんもその一人であり、また多くの「病」者が地域・病院で殺され続けており、「障害者」の仲間が「じゃま者」として差別・抑圧されている現実を日々、思い起こして闘っていきたいと考えます。
資料「精神医療の抜本的改善について(要綱案)」白紙撤回を求める要求書
日本弁護士連合会・刑法改「正」阻止実行委員会殿
全障連赤堀小委員会
私たちは、貴会が今年八月三一日発表された「精神疾療の根本的改善について(要綱案)」に対し、以下の内容において強く抗議するとともに、直ちに白紙撤回されるよう要望します。
まず第一に、この「要綱案」全体に貫れているものは「精神障害者」に対する「何をするかわからない」=「犯罪を犯すだろう」という予断と偏見に基づいた考えであり、それ故「危険な障害者から社会を守るために精神医療の改善が必要だ」とする差別的内容に終始しているということです。従って、「保安処分反対」と旨いつつ、政府ー法務省の立法化攻撃に手をかすという極めて大きな危険性を有しているということです。
「初犯防止の問題に対応できないのは刑事政策上の限界を示している」という中にもはっきり表われているように、「精神障害者は犯罪を犯すもの」と差別的決めつけを前提に治安弾圧の対象者として位置づけ、まさに保安処分を「初犯防止」に綾で拡大しようとしています。更に「犯罪行為にあたる行為をした精神障害者とそうでない精神障害者とを同一の病院施設で一緒に治療することは......精神医療の領域では、この両者に本質的区別があるわけではなく」とは、政府―法務省の「精神阻害者」=「犯罪素因者」という偏見に基づいた保安処分立法化策動の内容とどこか違うと言えるのでしょうか!
加えて、「措置通院制度の検討」は「患者」の退院後の生活をも管理強化し、「罪に対する強烈な自己洞察・反省(時には自らの生命をも引きかえにするなどの)」をせまる医療を、とまで求める貴会の「要綱案」に怒りを禁じ得ません。そして、このような差別的「精神障害者」観に基づく限り、「精神医療の抜本的改善」が、まさに「精神障害者」を危険視し、偏見を助長し、管理・抑圧を強化しつつ、差別・抹殺へと追いこむ方向へと結びつくことは必然的帰結と言えるでしょう、そして、これこそ「保安処分反対」を言いつつその内容にむいては政府―法務省の保安処分新設攻撃に手をかすものであり、直ちに撤回されることを強く訴えるものです。
第二に、この「要綱案」作成について「精神障害者」との何らの話し合いもなされていないことです。政府―法務省は「新宿西口バス放火事件」や、いわゆる「通り魔殺人箏件」を口実に「精神障害者」に対する「何をするかわからない」という偏見をあおりたて、マスコミをも動員した大々的差別キャンペーン
p14
の下で、「精神障害者」の全ゆる権利を掠奪し生命をも脅やかしています。精神病院・地域を問わず、厳しい差別状況の中て「精神障害者」がいかに苦脳し、怒り、何を望んでいるのかを受けとめて自らの「闘い」の内実を点検していくのは当然のことです。まして「精神医療の改善」を考えるのであれば、その主体たる「精神障害者」の声を聞くのは何よりも優先させるべき前提であるはずです。それにも関わらず、これを全く欠落させた中にも、このような差別的「要綱案」が生まれてくるのは必然であり、厳しく問い直されるべきです。
さて、私たちは、保安処分攻撃が私たち「障害者」にとっても「役立たず」「じゃま者」として排除・抹殺していく優生思想に結びつく攻撃であり、断じて許さない立場で闘っています。そして私たちは、この保安処分新設阻止闘争において、とりわけ「精神障害者」との交流を深め、共に団結をもって闘うことを重視してきました。なぜなら、共生共闘の原則で闘わない限り、保安処分を打も砕くことも、「障害者」解放を勝ちとることもできないことを確信するからであり、誰れもが考えなければならないことだと思います。そしてこのような原則を無視することほ、政府―法務省の差別キャンペーンに屈服し、加担してしまう結果を生み出すことは明らかでしょう、更に、「障害者」差別に対する怒りの叫びを無視し、差別的「障害者」観に基づく「闘い」がいかに危険であるか、この「要綱案」がはっきり示しています。
以上、私たちは、この差別に貫れた「要綱案」に強く抗議するとともに、直ちに白紙撤回されることを訴えます。
以上
一九八一年十二月四日
10・11第二期工事阻止!
三里塚へ行ったこと
北陸ブロック・平井誠一
秋の色を濃くしている三里塚。その中に耳をつくようなゴォーッという物体が飛びかう空に、もう鳥が自由にさえずりながら飛び回ることはない。
私が三里塚の地を踏んだのは三〜四年ほど前でした。私にとっての関りのきっかけになったのは生いたちにあるといってもよいでしょう。兼業農家に産まれ、家族は父の兄弟たちも含めて十数人いました。そんな状況の中で、家族の面倒と農作業を行い、そして私のことまでやらなければならなかった母たちにとって、私を施設に入れたいと思い、「障害」を治してやりたいと考えたのであろうと思います。
しかし、私にとって(今とらえ返してみてですが)やはり父や母そして兄弟と暮らしたかったと思います。そう思う気持ちには、?@施設や養護学校で「障害」が少しぐらい軽くなっても一人で生きてゆけるものではないし、社会全体から見れば地域からの排除でしかないこと。?A私が小さい頃(三才)から施設に入れられた結果、親子・兄弟関係をぶっちぎられてきました。それは、もう言葉では言いきれないけれども、他人の関係しか作れないものです。
そんな生いたちの中で、農村において「障害児」が産まれたら村八分にされたり、兄弟たちは結婚がしにくくなったり、迷信などが信じられ「タタリ」として今もなお考えられているところがあります。でも、一番問題なのは、農民が搾取され続けてきた歴史で、今は減反と農業の機械化にともない経費がかかりすぎることで、転換していくのもやっとという状態です。そして小作の人々はもう農業をしていくことができなくなってきています。こんな状況において、過去から現在まで「障害児・者」が農村で生きることを妨げられてきたことは変わっていません。地域性によっ
裏表紙(奥付)
ても多少違うかもしれませんが。
「障害児・者」がいると農作業ができないから、村八分にされるから、という理由で、しかたなく施設や養護学校に入れていった親も多いことでしょう。または、家の奥の部屋で人の目に触れない様にしていくことによってしか、家族も「障害児・者」の生きてこれなかったことも事実です。
私は、町の中で住むよりも草花が咲き、緑が多く、食べ物が獲れる自然のたくさんある農村の方が好きです。そして親・兄弟と一緒に暮らしたかったという私の気持ちは、母が死亡して十四年間たった今、切り離されたが故に母が死んだ時に泣くことができなかったくやしさ、それを教師と家族からせめられたくやしさ、そのはがゆさがあったからこそ、農村で一緒に生きることの重要性を訴えるのです。
三里塚に、私のような生いたちも含めて解放や革命をもたらせる闘争としてあると思うし、農民自身の闘いがあらゆる人々を結集させて闘っている中に「共に生きる」ことを訴え続けていきたいのです。
全障連全体として、まだまだ不十分性も含みながら三里塚闘奪に関わっていますが、政府・公団が全ゆる手を使って農民に対して抑圧し、弾圧してくることに絶対にゆずらない、妥協しない闘う農業へと作り上げてきた運動の地平は、私たちにとっても学ぶものが大きいのです。
政府ー文部省・厚生省などが、「障害児・者」をより巧妙に隔離・収容してきています。一般大衆の中にある「障害者」差別をあおりたて利用して抑圧してきています。これに絶対にゆずらない、妥協しない闘いを共にしてゆきたいと思います。
10・11に参加して、その思いをいっそう強めました。当日は全障連も三〇名以上の仲間が集まり、私が代表して刑法改悪・保安処分新設粉砕の闘いを中心にアピールしました。今後反対同盟と関係を深めてゆきたいと思いますが、まずは交流会を定期的に開こうと考えます。よりいっそう連帯を強める決意を述べて終ります。
全国闘争スケジュール
12月 (校正者注:「全国闘争スケジュール〜12月」大文字)
26・刑法改悪―保安処分新設阻止闘争・日弁連―法務省「意見交換会」粉砕闘争
25〜28・金井康治君転校闘争
1月(校正者注:「1月」大文字)
9〜10・全国障害者職よこせ集会実行委員会
28〜30・日教研集会(広島) (校正者注:「全国闘争〜(広島)」四角囲み)
編集後記
国際障害者年の厳しい厳しい一年が終わろうとしています。この機関誌の愛読ありがとうございました。来年も宜しくお願いし、よいお年をお迎え下さるよう祈ります。 (校正者注:「編集後記〜祈ります。」四角囲み)
全国障害者解放運動連絡協議会(全障連)
全国機関誌 No.15
発行日/1981年12月15日
発行人/東京都豊島区巣鴨3丁目34番3号フラワーコーポ303号 全障連全国事務局
電話03-918-8572
中川一二三
発行責任者/大阪市東成区中本1丁目3-9ベルビュー森の宮215号 全障連全国出版部
電話06-974-0791
作成:
山口 和紀