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『全障連』No.4


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last update:20220624


しかく文字起こし


表紙
SSK
全障連
全国障害者解放連絡協議会 No.3
SSK増刊通巻第409号
昭和46年第3種郵便物認可
昭和52年8月7日発行(毎月6回〈5、0の日発行〉)
写真省略「4・25/54年度養護学校義務化阻止第1回全国総決起集会 全国の仲間800人の結集を作り、障害者差別と闘う大きな陣型を作った!(於・オリンピック青少年センター)」

目次
全障連機関誌No.3 目次
全障連第二回東京大会への結集を!
第二回大会のよびかけ・案内文...1
第二回大会の準備の経過と課題...第二回大会準備事務局...3
全国統一闘争の報告
?@赤堀差別裁判糾弾闘争
6・25〜26全国総決起集会の報告...赤堀闘争全国活動者会議...4
4・16東京討論集会(関東ブロック主催)の報告...関東ブロック事務局...5
資料=東京高裁・法務省に対する要請文
?A54年度養護学校義務化阻止闘争
4・24〜25第一回全国総決起集会の報告と総括...全国事務局...8
資料=文部省への交渉申し入れ書と交渉の報告...10
義務化阻止をめぐる最近の情況(神奈川・兵庫)...全国事務局...15
?B全国統一課題の報告と方針=都市交通の車イス乗車拒否糾弾!!陸運局交渉を全国で始めよう!
都市交通をめぐる最近の情況と報告...全国事務局...19
7・9交通問題全国交流会での厚生省への抗議ならびに要望の書...19
全交運との話し合いの報告...関東ブロック事務局...20
資料=全交運・中央バス共闘会議の車イス乗車に関する見解...21
全国各地の様々な闘いの紹介と提起...22
くろまる宮山「養護学校義務化を考える会」からの報告くろまる札幌駅における障害者差別を許さず、再度交渉の場を要請する支持・御協力のお願い(野田君と共に闘う会)くろまる岩楯さんの地域の小学校就学闘争の支援要請(岩楯恵美子学校へ入る会)
特集=座談会:養護学校・盲・ろう学校の差別を問う...25
編集後記...全国事務局編集部...29

p1
全障連第二回東京大会への結集を
踏み固めた大地に障害者の自立と解放の根をしっかりと!!

差別を許さず自立と解放をめざしている全国の障害者のみなさん。障害者と共同を求め、障害者の自立と解放に日夜奮闘されているすべてのみなさん。
私達、全障連は、昨年八月の結成大会からはや一年をむかえようとしています。この一年の間に、私達障害者をとりまく情況は日増しに厳しさを加えており、政府―文部省は二年後に迫った養護学校義務化をなにがなんでも行い、障害者の隔離と教育全体の能力主義攻撃を貫こうとしています。また今年三月十一日静岡地裁が赤堀さんの再審請求を棄却決定したことにみられるように、権力による障害者抹殺の方向も強められてきているのです。
しかし、障害者の切り捨て攻撃にもまして障害者自身の差別を許さない運動はこの一年めざましく発展してきているのです。54年度養護学校義務化を阻止する闘いは、四月の全国総決起集会の成功と相まって教育界全体を大きく揺り動かせ、確かな社会的地位を得てきたと考えています。また赤堀さんを奪い返す闘いは場を東京に移しながら連続したとりくみを行い全国各地に着々と広がっています。こうした中で関東・関西・東北はもとより・東海・北陸・四国などこれまで比較的運動の弱かった地域においても、自立した障害者の運動が芽ばえそして私達全障連に合流する人々が増えているのです。
一方十一年目をむかえて荒廃と動揺を深める全障研(全国障害者問題研究会)は、ますます体制維持の側に接近し政府の障害者隔離政策を励ましてさえいます。障害者の権利を守るといいながら、その実障害者白身のたちあがりと差別と本質的に立ちむかうことを押さえてきた彼らは、私達の運動の高まりの前にこれまでの理論が適用しえなくなっています。その為に「養護学義務化実施は障害児と健全児が交流する早道だ」といったごまかしで正当化したり、差別を言うと国民の反感をかうからやめるべきだという逃げ口上を使っています。しかも私達全障連に対しては、あいかわらずあげあしとりやデマ宣伝を行い自立したいという障害者の要求をおさえこんで、専門家の権威主義をますます強めているのです。
このような中で、運動の高まりを背景に私達は今年の八月第二回大会を開催しようとしています。一五〇〇名もの結集を見ながら交流の域を出なかった昨年の結成大会から、今年はさらに質的飛躍をかちとるべく討論と準備が続けられています。それぞれの分野における障害者解放理論の深化と具体的な要求、課題の確立のために、多くの人々がそれぞれの立場と運動を積極的に提起し、討論を深めてこれからの全障連の発展をかちとろうではありませんか。

全障連(全国障害者解放運動連絡会議)
全国事務局/大阪市東淀川区南方町三〇六大広荘リボン社内
電話〇六(三一一三)四四五六
準備事務局/東京都品川区大崎一ー三ー四
第二以和貴ハウス
電話〇三(四九二)六二九四

p2
くろまる日程
8月13日(土)
八:三〇受付
九:三〇開会のあいさつ
連帯共闘のアピール
一二:〇〇基調報告(案)の提起 質疑応答
昼食/上映会
一三:〇〇分科会基調報告(案)の提起
一六:〇〇質疑応答 レポート報告
夕食
一七:〇〇分科会討論
二〇:〇〇
8月14日(日)
九:〇〇分科会討論
一二:〇〇
昼食/上映会
一三:〇〇 分科会討論まとめと分科会基調の採択
一五:〇〇
一五:三〇全体会/分科会の報告 基調採択
一七:〇〇新役員承認 会計決算承認
スローガン採択

くろまる分科会の案内
第一分科会〈交通〉
交通運輸行政の障害者差別を糾弾し、交通機関の自由で安全な利用をかちとろう。
第二分科会〈生活〉
障害者の自立生活の理念を確立し、地域社会で生きるために行政闘争を拡大しよう。
第三分科会〈教育〉
54年度養護学校義務化を阻止し、全ての障害児が地域校区の普通学級へ就学する闘いを通して、差別・選別教育体制を変革しよう。
第四分科会〈労働〉
重度障害者にとっての労働の意味を問い直しつつ、障害者に対する就職差別及び職場での差別との闘いを組織しよう。
第五分科会〈施設〉
施設における障害者の生活の自由をかちとりつつ、地域での自立生活の闘いと結合させいよう。
第六分科会〈医療〉
障害者を差別・抹殺する医療の告発を更に推し進める中から、障害者差別と闘う医師医療労働者を創り出そう。
くろまる会場には移動や介護の係や手話係の人を準備しています。保育室や休憩室も設けます。また特別に準備すべきものがありましたら連絡下さい。
くろまる宿泊・飯に関して
宿泊は十二日夜と十三日夜をオリンピックセンターに準備し (朝食はセット)、十三日昼・晩飯と十四日昼飯は明大生協に協力してもらいます。いずれも数の制限と集約を急ぎますので早く連絡下さい。
くろまる七月二〇日までに参加申し込みされた方には、全体と分科会の基調報告(案)集を郵送します。また分科会レポート集は当日会場受付にて券と交換で渡します。
くろまる参加申し込みについては所定の用紙に事項(参加人数、連絡先、泊、食)を書き込み現金と共に七月二〇日(校正者注:「七月二〇日」太字)までに送って下さい。ひきかえに金券を送ります。
振替口座
「大阪57342全障連全国事務局」(校正者注:「振替口座「大阪57342全障連全国事務局」」太字)
くろまる会場
明治大学和泉校舎
(新宿から京王線「明大前」下車約五百米)
路線図省略

p3
第二回大会の準備の経過と課題
第二回大会準備事務局

全障連第二回大会が八月十三・十四日に行なわれる今年は全障研への情宣活動が名古屋で八月六〜八日に準備されていることもあってこの日に決められた。
第二回大会を準備する過程は"準備事務局ニュース"でも報告してあるが、今年一月に東京開催と日程を決定し、二月に結成大会の総括とまとめを完了し、三月に基調報告、分科会の骨子を整理して担当者を確認した。四月に第一回、五月に第二回目の基調原案を検訂し、六月には基調・分科会基調の全体を決定した。五、六月と二度の基調報告作成委員会をもっている。そして七月初にポスター、呼びかけ文を作成、最終的な情宣・オルグ活動を開始したのである。また六月から第二回大会への各団体・個人レポート提出を昨年以上に得るために全障連として組織的なオルグに取り組んだ。
こうした準備の中で注目されることは、昨年の結成大会が交流と全国的運動に重点を置いたことから、今年は運動的にも組織的にも障害者解放運動の本質と理論深化をみいだそうとしている姿勢である。
運動方針では、?@全国統一課題として運輸省闘争と厚生省闘争を明確に位置づけ、各地での闘いを全障連としてよりあわせ全国闘争と中央政府闘争として高め、障害者の自立と解放の運動を更に強くしようとしている。?A各分科会での討論を基に、統一要求を作り出し、それによって運動方針を作ろうとしている。今年は交流から一歩進んで、各地の運動の成果と課題をもち合い、相互批判の中から共に闘う姿勢を強めることによって全障連の性格と社会的位置を明らかにしようとしている。?Bそれぞれの立場からの提起をキッチリとふまえ、障害者差別と闘う陣形と解放理論の深化を求めている。
組織方針では?@ブロックや行政別全障連をめざして組織深化を考えると共に?A障害別の団結を立して、障害者自身の団結のあり方と方針を明確にする。?B障害別組織を提起し、障害者の実態をふまえた内的動機に基づく様様な層の人々の結集と運動の共闘を作る。?C全障連としての他団体との共闘や連帯の方針を出すなどがある。
この二回大会は、政府―融和団体のなりふりかまわない差別と抹殺の攻撃の中にあって真に障害者の自立と解放の大道を作る団結と解放運動の創出の一歩である。私達は、この一年、全国の仲間、友人に障害者の登場を鮮明にした。二回大会に勇気と確信をもって、積極的に参加しよう。

くろまる第二回大会準備事務局
東京都品川区大崎一ー三ー四
第二以和貴ハウス03(四九二)六二九四

(校正者注:以下、「全障連結成大会報告集」の広告)
全障連結成大会報告集
'76・8・8〜10大阪市大
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頒価2,500円
内容:報告編/8・8全障研への情宣くろまる8・9全体会 8・9〜8・10分科会討論報告くろまる8・10全体会 まとめ編/全体総括くろまる各分科会まとめ 資料編/よびかけ案内文くろまるマスコミくろまる連絡紙No.1〜10 全障研のビラくろまる赤堀闘争資料
編集・発行/全国障害者解放運動連絡会議

p4
全国統一闘争の報告
赤堀差別裁判糾弾闘争
?@6・25〜26全国総決起集会の報告
?A4・16東京討論集会(関東ブロック主催)の報告
?B資料/東京高裁・法務省に対する要請文

6・25〜26全国総決起集会の報告
赤堀闘争全国活動者会議

六月二五・二六全国闘争には、二五日の集会七〇〇名、二六日のデモ五〇〇名の仲間が全国から結集し、かつてなかった動員を勝ち取りました。
この闘いは、三月十一日再審棄却決定が静岡地裁によってだされ、緊迫した情勢下での闘いでした。今回の三名の不当逮捕に見られるように、権力は、なにがなんでも、再審棄却を行ない、赤堀さんへの死刑執行をなさんとしています。また、この攻撃が等しく、刑法改「正」・保安処分新設や優生保護法改悪の、隔離・収容・「障害者」抹殺攻撃と同じ内容をもっているということが確認できると思います。
だからこそ、私たちは、第一に、赤堀さんの闘いを基軸にすえ、第二に、赤堀さんにかけられた攻撃が、自分たちにかけられている攻撃としてとらえている「障害者」の闘い、すなわち、「障害者」解放闘争として、赤堀闘争を発展させることを基本方針としてかかげながら、三月十一日棄却決定糾弾・東京高裁へ再審開始・無実決定・即時釈放を要求し闘い抜いてきました。とりわけ、七六年八月全障連との共同闘争が提起されて以来、名地・各ブロックに於いて、全障連・「患者会」・闘う会が共に、赤堀さんの闘いを「障害者」をはじめとした広汎な人々に訴え、赤堀さんを奪い返す大きな結合を創りだすことを目指してきました。こうした活動を通じて、現在、全障連・「患者会」・闘う会相互の交流・学習会等が積極的に行なわれ、更に、全障連が取り組んでいる五四年度養護学校義務化阻止闘争をはじめとして、交通問題をめぐる闘い、施設問題をめぐる闘い、刑法改「正」・保安処分新設をめぐる闘い等々、共同の課題、共同の闘いを担いつつ進められ、三者の団結を打ちかためるとともに、より多くの仲間との団結が勝ち取られるようになりました。こうした中で、赤堀闘争そのものの内容も幅広く、豊富なものへと発展してきています。
六月二五・二六全国闘争は、そうした活動の成果が勝ち取られた闘いとして非常に意義あるものになりました。
また、今日の状況を明らかにするものとして、六月二五日の清水谷公園から日比谷公園までのデモを「五〇分間のデモ」と、権力の

p5
一方的きめつけ、 諸々な規制攻撃にかかわらず、全障連、全国「精神病」者集団を先頭とした私たちのデモは、二時間以上にわたる大デモンストレーションと大衆情宣を貫徹し、文字通り、「障害者」解放闘争の闘いとして共に勝ち取りましたが、それに対して、なすすべを失い、あせった権力は、全くデタラメな弾圧をしかけ、三名の仲間を逮捕したのですが、私たちは、このことからしても、赤堀闘争が、大きな前進を勝ち取っており、それに恐怖する権力の姿として見ることができます。
また一方で、私たちの立ち遅れている点もはっきり確認しなければなりません。とりわけ、高裁闘争に向けた準備が、弁護団との関係、裁判所を諸々なかたちで包囲する闘い等の不充分として立ち遅れていることを、早急に、克服しなければなりません。
今後の具体的課題として第一に、各地・各ブロックにおける三者の闘いを共同闘争とし、赤堀闘争を「障害者」解放闘争として更に、発展させる。特に、八月、東京で行なわれる全障連第二回大会の成功に向けてガンバル。
第二に、第一の活動を軸に、広汎な人々に赤堀闘争を訴え、大きな闘いの団結を勝ち取る。
第三に、三者による「法延対策委員会」を中心とした、法延闘争を断固として、推進する。
第四に、一・十一弾圧に続く、今回の六・二六弾圧を三者を軸とした共同闘争として担い、三名の仲間の早期奪還を勝ち理る。
大きな課題として、四つほどあげることができると思います。
私たちは、三・十一棄却攻撃に対して、不屈に闘い抜いている赤堀さんに応え、そして、六・二五・二六全国闘争の成果を踏えて、今日の弾圧をはじめとした権力の攻撃をはね返し、赤堀さんを奪い返す闘いを、日々、闘い貫かれている広汎な「障害者」の闘いと堅く結びつけ闘い貫かなければなりません。

4・16東京討論集会(関東ブロック主催)の報告
関東ブロック事務局

関東ブロックでは、三・十一第四次再審請求の棄却決定が静岡地裁・伊東裁判長によって出されて以降、高裁に即時抗告した赤堀さんとともに、赤堀闘争を今後いかに闘っていくべきかを課題に討論集会を開きました。
四月十六日、この日全国からも代表が参加して、赤堀さんの死刑執行をさせない!再審を開始せよ!の要請文をもって、午前中法務省・法務大臣ならびに東京高裁あてに要請行動を行い、午後から六〇名の結集をもって討論集会を行なった。
この日、基調報告の中で確認したことは、我々が、赤堀闘争を闘っていく時に、まず何よりも我々自身が赤堀さんが無実であるという事実を確信することから出発するということである。
昭和二九年の事件当時、証拠としては現場にのこされた足あとと、犯人の目撃証言があっただけで、それが赤堀さんを犯人として断定できるものではなかった。それにもかかわらず赤堀さんが犯人にされたのは、「自白書」がつくられたことと、「赤堀さんは知能がひくく、いうことがあてにならない。」という偏見で裁判長が赤堀さんを犯人だと断定したからである。
そして二三年間、これまで赤堀さんは死刑囚として刑務所のなかにとじこめられてきた。この赤堀さんの闘いとは我々にとってなんだったのか。この日の討論の中では明らかにされなかったわけですが、赤堀さんは犯人にされるまでの生活史においてどう差別されてきたかを重要な課題として明らかにしていった。

p6
要請文
全国障害者解放運動連絡会議(全障連)は、島田事件、赤堀政夫さんの第四次再審請求に対して、三月十一日、静岡地裁伊東裁判長が下した再審棄却の決定は、障害者圧殺の暴挙に他ならず、全く不当なものであり強く抗議してきました。
言うまでもなく、赤堀政夫さんは、第一審第一回公判より「自白書」を裁判長にたたきつけ、"無実"を主張してきました。
島田事件は、赤堀さんが別件で逮捕されるまではっきりしている証拠は、現場に残された"足あと"と昭和二九年三月十日日事件発生当日、佐野久子ちゃんをつれ出した犯人の目撃証言があったのみである。当初より赤堀政夫さんと犯行をむすびつける直接の証拠はなにも存在していない。それにも拘らず、第一審より、今回の再審棄却決定に至るまで法廷に出された「自白書」を根拠に、裁判所は「犯人は赤堀政夫である...」という予断に基づいて審理を行っている。"自白書"だけで被告人と犯人を結びつけて判断を下してはならないことは、昨今の判例からいっても常識であり、にもかかわらず、今回の静岡地裁の再審棄却決定は、赤堀政夫さんのアリバイを、うそでぬりかためられたものであると断定してきた。これまでの第一審からの審理を批判、検討することもなく下されている。また犯行と赤堀政夫さんを直接むすびつけてきた、これまでの証拠で充分であったかどうかさえも検討することもなく「軽度の精神薄弱者である赤堀なら、このような悪虐・非道な犯行をおかしかねない」という偏見に基づいた第一審以来の問題をふりかえることなく、障害者差別を固定化した中での決定となっている。このことは、再審の事実審理のなかで、全証拠を開示することなくまた弁護側が申請した証拠・証人調べを中途で放棄したところで棄却決定がされたからに他ならず、全く不当なものである。
更に今回の決定は「疑わしきは被告人の利益に」という「刑事裁判」の鉄則はもとより、白鳥決定以降の一連の再審開始の趨勢に、全く逆行したものである。
つきましては、貴職、法務大臣、福田一殿に対して、今回の棄却決定においても、科学的根拠に基づく理由のないところからして、また、現在東京高裁に即時抗告中であることにかんがみ、真実を放棄した安易な刑の執行を万が一にも決定されぬよう強く要請いたします。
一九七七年四月十六日
法務省 法務大臣 福田一殿
全国障害者解放運動連絡会議

要請文
我々、全国障害者解放運動連絡会議は、島田事件死刑囚、赤堀政夫氏の第四次再審請求に対し、新たなる明白な証拠に基づき、再審開始、完全無罪決定を静岡地裁、伊東裁判長並びに両部席に強く訴えかけてきた。
本裁判は、その捜査過程から「精神障害者」に対する、予断と偏見、差別に裏打ちされた、裁判であり、その意図するところが障害者がこの社会にあって、日々、ありとあらゆる場で生きることを奪いつくされ、その生死すら奪われてきた歴史に、死を強要する裁判であることを最も問題にしてきたのである。
これに対し、今回の棄却決定理由は、極めて高度な政治的判断であり、その上、全「障害者」を抹殺せんとする文字通り原判決をさらに上塗りする差別決定と断言せざるを得ない。
すなわち、今回の決定は「疑わしきは

p7
被告人の利益に」という「刑事裁判」の鉄則はもとより、白鳥決定以降の一連の再審開始の趨勢に逆行したものである。これまでの第一審以来の審理を充分に批判検討することなく、捜査官の誘導、デッチ上げによるねつ造の証拠(「石」)、 証人、自供に一切を依拠したものであり、「自白を証拠の王」とする観念に貫かれているものである。
確定判決において、唯一、島田事件犯人と認めうる証拠として上げられた自白調書は、これ自体、新たな上田、太田両法医学鑑定によって、その重要な部分において客観的事実と全く符号しないことが明らかにされ、棄却決定においても古畑鑑定は「見事に崩壊した」として認めるところである。
自白の任意性、信憑性に重大な疑問があると認めながら、結論としては、信憑性、任意性を肯定している決定内容の論理構成は、とりつくろう間もない矛盾を露呈していることは、一目瞭然である。それ故にこそ、今回の決定は、その前提において赤堀政夫氏を何としても有罪であると認定せんがために、粗略な理由付け(自白の任意性をあらそうのに、同一性格を有する取調官への言葉、態度をもちだし、感動、恐怖に基くと非科学的な見地を使用している等々)屁理屈をならべたてたものと断言せざるを得ない。
すでに赤堀政夫氏の無実は、数限りない証拠の提出をもって科学的に立証されているところであり、即時抗告理由に基づく事実審理、再審開始、無罪決定こそ が「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則はもとより、貴、裁判所に課せられた任であると確信する。
再審開始の要件を厳格かつ形式的に解釈し、「法的安定性」あるいは「裁判の権威」を振りかざして、確定判決を堅持しようとする姿勢、また、無実の者を急ぎ処刑せんとする法務当局の態度は、断じて許されはしない。
我々は、第四次再審請求理由に基づく、すみやかな再審開始、無罪決定に強く貴職に要請する。
一九七七年四月一六日
全国障害者解放運動連絡会議
東京高等裁判所 第三刑事部
小松正富裁判長 殿

(校正者注:以下「赤堀闘争パンフレット」の広告)
「赤堀さんは無実だ」
赤堀闘争パンフレット完成!
赤堀さんの生いたち/島田事件とは/差別裁判の実態/闘争経過など
250円
関東赤堀さんと共に闘う会
東京都豊島区北大塚2ー17ー9 土台ビル
地域福祉研究会内
?03-918-4352

p8
全国統一闘争の報告
54年度養護学校義務化阻止闘争
?@4・24〜25第1回全国総決起集会の報告と総括
?A資料/文部省への交渉申し入れ書と交渉の報告
?B義務化阻止をめぐる最新の情況(神奈川/兵庫県共闘会議)

54年度養護学校義務化阻止第一回全国総決起集会の報告と総括
全国事務局

一、四月二四、二五の両日養護学校の義務化を阻止すべく第一回の全国闘争が全障連を中心に障害者、教育労働者などが結集して大成功のうちに克ち取られた。
まず初日の二四日は、午後二時からオリンピック記念センターの講堂に約八〇〇名が参加して総決起集会がもたれ全障連代表幹事の横塚氏の開会のあいさつの後、全国「精神病」者集団、赤堀闘争全国活動者会議、部落解放同盟大阪府連合会和泉支部の三団体から連帯のあいさつをうけ、更に同じく部落解放同盟中央支部からの激電が読みあげられた後、三名の議長団を選んで基調提起に移った。
基調報告ではまず戦後の教育の流れの中での障害者差別と義務化に至る歴史が報告され続いて義務化の本質として、差別選別の教育体制の確立、障害者を選別するための行政機構再編、地域治安管理体制の強化の三点に付いて提起された。また、義務化の具体的現れとして就学児健康診断、教育相談(実は判定)、在学児調査、重度者に対する就学猶予、免除、施設内学級、訪門教員制度などが行政の手によって陰に陽に強化され、すでに義務化が開始されていることが明らかにされた。更に全障研に代表される「義務化完全実施論」に対して徹底した批判を加え最後に今後の方針として義務制化そのものを阻止すること。義務化の先取りとしての諸制度や攻撃と闘うこと。既存の養護学校を形骸化させること。地域校 区の保育所、幼稚園、普通学級へ障害児を入学させるとりくみを進めること。それらの運動を発展させるためにも各地に義務化阻止の共闘会議を結成し情宣、署名、教育委員会交渉などあらゆる戦術を駆使する必要のあることが提起された。
基調の提起後、討論に入る前に全障連の東北、関東、関西、各プロックからの情況報告、続いて全関西義務化阻止共闘会議、仙台の義務化を阻止し解放教育を克ち取る会、富山の 養護学校を考える会、新潟の仲間などからの

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報告、あるいは全国青い芝からの文部省交渉の報告を受ける中で義務化阻止の闘いが全国各地に波及し、大きなうねりをつくり出していることを全体で確認した。
夕食後の討論に於いては養護学校の卒業生からの生々しい体験や、障害児を持つ親からの「我子とともに生きつづける」という力強い提起などがなされ、そうした討論をふまえつつ基調報告を全体で採択し翌日の文部省交渉へ のぞむ決意を新たにした。
二、翌二五日は午前九時日々谷小公園に三〇〇名あまりが結集し五〇名の交渉団を選んだ後、交渉団からの決意表明を受けた後交渉団を送り出して簡単な決起集会を行い直ちに文部省及び交渉の場である西桜福祉会館へ抗議のデモ行進を開始した。
一方交渉団は十時過ぎから交渉を開始し、文部省側から特殊教育課長ら四人が出席してまず全障連の事務局長から交渉の主旨説明を行ない、その中で特に文部省が行なってきた障害児教育をどう総括しているのか、障害者差別の現実をどう把握し、義務化をも含んで今後どう対処しようとしているのか、の三点について文部省側の意見を求めた。
しかし、あらかじめ予期されたとはいえ、文部省の官僚どもの姿勢にはこれまで、障害者自身の要求を無視し命さえ奪ってきた彼等自身の反省はひとかけらもみられず、それどころかむしろ「大筋において正しかった、今後とも障害児の発達を保障するために養護学校政策をおし進める」とまったく一方的に決めつけてきたのである。しかも彼らは、障害者自身の発言に対し「音はきこえるが何をいっているのかわからない」と前でふんぞりかえっているのである。(これに耳を貸そうともせず)。この様な文部省の姿勢に対し我々は障害者、親、労働者などが次々と糾弾の声を浴びせ論理的にも彼らを一定程度追い詰めて行った。しかし自分達に不利と感じるや、彼らはすぐに沈黙を決めこみあげくの果てに、時間の経過を理由に逃亡を計ろうとするありさまであった。きわめて不本意ではあったが、我々は最初の交渉であることも考慮してとりあえず全国各地からの九五五〇名の義務化阻止にむけた怒りの署名を文部省につきつけ、今後の交渉の継続と障害者の声を原点として教育を進めることを確約させて三時間近い交渉を終えた。
その後、外で待ちかまえていた仲間と合流し文部省の障害者差別に貫かれた養護学校義務化強行の姿勢に対する大きな怒りと闘う固い決意をこめて再度文部省までのデモ行進とシュプレヒコールを行なって闘いを終えた。
三、さて、今回の全国闘争は昨年の全障連の結成以後初めての全国的とりくみであり、したがって、これが成功するか否かはきわめて重要な意味をもっていた。すなわちこのとりくみはいわば今年八月の全障連の第二回大会の成功を占うものであったわけである。
全国闘争はさまざまな不充分性や問題点を残しながらもとにかく成功をおさめた。まず何よりも情宣のたちおくれが大きかったにもかかわらずともかく八〇〇名もの参加を得た事はそれだけ多くの人々が義務化に反対し、それを阻止するために闘おうとしている事が確認し得たということである。とりわけこれまで運動がやや弱体だった東北、東海、北陸からも多くの仲間が結集したことは今後の闘いの広がりに明るい展望をひらいたと言えよう。又、闘いの中味を決定する基調報告もかなり整理され、更に具体的な資料も示されて、より説得力のあるものとなってきた。
しかし、そうした成果の一方で、我々の誰もが改めて行政の差別の壁の厚さを痛感させられ、それと同時に我々の力の弱さをも知らされた。とりわけ教育現場の労働者の参加が、まだまだ少いことはそのまま現在の教育体制における障害者の位置を示しているとも言えるのであり、今後日教組をはじめとしてさまざまな教組、分会に強く働きかけなければならない。又、「体を動かさずに、頭や口だけ動

p10
かす」と言った健全者部分の悪い傾向も未だ存在し、そのため準備が一部の者に集中してしまい準備不足を生み出してしまった点に付いても総括されるべきであろう。
しかしいずれにせよ、文部省との窓口づくりに何とか成功し今後の闘いに自信を深めた我々は、今後更にいっそう決意をあらたにして、基調で確認された方針を貫徹しこの秋に予定される第二回の全国闘争にむけて、そして何よりも五四年度義務化を粉砕するために断固として闘い抜かねばならない。

資料/文部省への交渉申し入れ書
申し入れ書

私達は、障害者の自立と解放の運動をすすめ、障害者に対するあらゆる差別をなくして行こうと活動を展開している全国障害者解放運動連絡会議(全障連)です。
現代社会において、その永い歴史において、障害者をとりまく状況はまさに苛酷の一語につきるものがあります。それは、単に身体や精神に障害があるから差別され不幸になる事にとどまらず、障害者としてこの世に生をうけたトタン現行社会の基調である優生思想にはじきとばされ、生産、教育、生活など、あらゆる社会的領域から疎外され、あまつさえ基本的人権はもとよりのこと生存権すらしばしば犯されているのが現実です。つまり、障害者が人間としてこの世で生きる事は、時に死に直面せざるをえない側面をたずさえた一生と言えるのです。
障害者の仲間の多くは施設、巨大コロニーに収容され外出や外泊の自由もなく、かぎられた人間関係と空間の中で一生を送る事を強いられています。その一生の大半を「医学の進歩」の名においてしばりつけられ、施設でなければ在宅障害者として社会の諸関係と隔絶した生き方を自ら選ばざるをえないのです
障害者福祉が強くうち出されている現在でもその実情はまったく変ってはいません。否、前にもまして障害者殺しや、障害者を道づれにした心中事件がひん発し、障害者に対する差別は強化されていると言っても過言ではありません。街を一望すれば数え上げれない位の差別、偏見がうずまいており、障害者の行手をはばんでいます。これらの差別、偏見は障害者にとってまったく不当なものであり、その一切が障害者をとりまく社会の中から生み出されているのです。そしてまた、その中でも今の教育体制が障害者におとす影ははかりしれない程大きなものを持っています。障害者の仲間の多くは地域の学校と全く無縁であったか、障害者用の学校で特別な教育をうけたものばかりです。多くの障害者は、「普通の教育を普通のようにうけたい」と今までの教育をふりかえり熱望していますし、また、それらの要求に答えようとする試みが全国各地でとり上げられ、ずいぶんと大きな成果を上げつつあります。このような歴史の流れの中で、昭和五四年度養護学校義務化方向がうち出され、その流れと相反する形になりつつあります。義務化はすでに各地において養護学校の建設促進と言う形であらわれており、大きな問題として各界の人びとにうけとられています。 また、新な不幸な事態が次つぎと起き社会問題化しています。
その中の二、三の事柄についてのべれば、今まで普通校に通学していた障害児が無理矢理、養護学校に入れられたり、義務化と言う名がついているにもかかわらず就学猶予や免除の条項が残されてい

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たり、なによりも、人間にとってもっとも多感な時期、成長期を非常にかぎられた障害者集団の中ですごした後、何の保障もない、差別だらけの「健全者社会」にほうり出されるような制度がはたしてどのような意味を持ちうるのか。などの事柄に深い疑念を持たざるをえません。学校卒業後は社会の動きに全く対応できず、スルスルと施設への入所の道を歩む事によって、障害者と健全者は生れてから死に至るまで別べつの所で学び、あそび、生きなければならなくなる事を養護学校義務化は目ざしているのでしょうか。このような事態は社会の中に厳然として存在する、障害者に対する無知偏見、差別を強化する事はあっても、ゆるめる手だてには決してなりません。私達は、このような事態をより明確にし、本当に障害者を差別しない、させない教育とは何かを明らかにさせるために、昭和五四年度養護学校義務化に賛同する訳にはいきません。しかしながら、この養護学校義務化に関しては諸説ありながら、今一つ解釈が不明僚であります。つきましては、諸点において貴職のお考えなり御見解をうかがいたく、話し合いを申し入れるものです。御多用とは存じますが、日時、場所等について下記の通り指定し、重ねて申し入れますのでよろしく御配慮いただけますようお願いいたします。
全国障害者解放運動連絡会議

交部省交渉の内容の報告(抜粋)

司会(全障連代表):申し入れ書でも明らかにしたが、これまで障害者は特別の場で特別の教育を受けることがよいとされてきた。 そのことに対して養護学校・盲ろう学校を卒業した障害者自身が大きな怒りと不信を覚えそれに反対する運動に立ちあがった。地域社会の中でみなと一緒に生き、今の能力によってふり分けられる教育のあり方も障害者の命さえ否定しかねない故に変革していこうとする。一人の人間として共に学び育つ中から差別をなくし、新しい教育と社会を創造しようとしている。
その立場から今日の交渉をもったのですがまず第一点に、これまで文部省がとってきた障害児に対する教育は一般の子供達の就学率が九九%なのに対して約五〇%、重度障害児についてはほとんど切り捨てられてきている現状があるわけで、また養護学校特殊学級へ入れるという教育政第をどうとらえているのかということ。
二点目にその上にたって、今后障害者がもたされている様々な不利益、差別をどう認識し無くしていくかということ。
三点目に、では文部省は差別しない障害児教育をいかに作ろうとしていくのかについて考えを聞きたい。
文部省:これまで進めてきた文部省の政策というのは法令に基づいて行ってきたわけです。行政としては法令に基づいてやるのが最善である。そういう意味でこれまで進めてきた諸々の政策というのは一〇〇% 満点かと言われればそうではありませんが、やはり良いものであるとそういうふうに考えています。

―抗議の声―
文部省:現実の差別をどう認識しているのかということは、文部省としては公教育の方に

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おいて充実していくということが第一で例えば特殊教育についてどのように充実を計るかということを考えているわけなんですけれど、一般の教育体系のもとでは充分な発達の保障ができない授業制度である。それで特別にしやすい教育を行なうというのがあるわけです。そのためには特殊学級なりあるいは養護学校なりといった面も充実していくということで充分な発達の保障をしていく。教育の見方というのはその人の持てる力をより引き出すという所にあると思うんですが、そういうことで一人ひとり保障していくということでこういう形になるわけなんですけれども。
三点目の政策のことは第一点で出ていると思うんですが、特別にはいろいろありますが...
司会:普通学級に障害者が入りたい、あるいは親が健全児と共に学ばせないという要求をもって運動が進められていることに対してはどうしますか。
文部省:ウーン、無理。充分な発達の保障をしていくということを第一に考えていく必要がある。教育上特別な配慮を必要とする児童生徒の方に対しては、特別な教育の場を提供するということですね。 文部省としてはそういう方向で今後も進めていくということです。
司会:具体的に
文部省:特殊学級なり特殊教育ということで、普通学級に返していくということを基本に進めていく。
司会:普通学級の全員就学は認めない?
文部省:認めないんじゃなくて現実にそれぞれの程度に応じて入っていく。
司会:非常に漠然とした答えでほとんどの人がわかりにくいと思いますが、どんどん質問なり意見を出して下さい((交渉団)。
一言語障害者の発言に対し文部省側が聞きとれないとして全く聞く姿勢をもたずあまつさえ差別発言をくり返し、糾弾の声で渇巻く。何度も聞かせることによって議事を進行させる―
質:今までの障害者教育というものは訓練が重視されていて、―中略―そのことは障害者を健全者に近づけることだけを問題にしている。それで障害者が社会の中で自立し ていくことと逆の差別教育だ。
文部省:本人が持っている能性をできるだけ引き出していく、それは必ずしも健全児に近づけるということではないのです。
質:では、そのことは隔離しなければできないのか。
文部省:隔離じゃなくて特設な教育の場を用意しなければその発達の保障が充分でない方にはそういう風にしますということです。防害があっても普通学級でやれる方は普通学級でやっていただく。
質:さっきから聞いとって、可能性を引き出すと言っているが、私達養護学校へ行って訓練訓練をやられてきたけれどチットも役に立ってない。それどころか中学生で養護学校や施設に入れられている障害者は訓練のゴマカシを知っているから社会に出るのが恐くて自殺を考えている。文部省の言う可能性を引き出すということは一体何の可能性な。
代表:今の質問にあったけれど、おたくら能力にあった最適な指導をするといってるけれど、当事者である障害者の要求はどこに含まれているのか。
文部省:それは日本国民であれば義務教育を受ける場所が、普通学級であれ特殊学級であれ義務を果たさなければならない。
司会:受ける権利はどうなっているのか。
文部省:充分に保障できる所でやっていくということで小さい子供にはその判断ができない場合があるでしょう。
司会:だから現に養護・盲ろう学校を受けてきた。訓練を受けてきた障害者自身が違う、嫌だ、教育のあり方が間違っていると言っているではないかと。
文部省:それは個々の場合あるかもしれないが、私供は訓練というのは一般の学校では与えられない特設な良いものと考えている。新

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しい指導要領では養護訓練という領域を設けて、盲ろう養護学校で障害の克服のための訓練を与える、それをあなたがたは全然だめだと言われるかも知れないが、こちらはそうは思っていないので、教員についても特別の措置をしておりますし、まだ充分実力のある教員は少ないかもしれないが今後よくなっていくと考えています。
質:教育というのが一体何なのかということを考えてみて、社会の中で人間として生きていく上で一番大切なところだと思う。ところが障害者は今社会の中で生活すらできない現実がある。 それはあくまで養護学校校員とかの特別教育の中で行なわれているのが実際健全者に近づけという訓練だけなんです。これは校員始め教員が露骨に言っているのですよ。だから社会の中で生活していく、社会人としての人間としての内容はないかというのは人間としての教育は校区の学校でみんなと一緒に教育して始めてできるからです。
別々に教育して始めへ出ていって生活ができるわけがない。それは弱い障害者が切り捨てられ、健全者やできる者だけが前に出ていく。特殊教育ではそのことが全く考えられてないんですよ。教育を受ける権利がある者はみんな一緒に教育を受ける、それが本当の教育ですよ。
文部省:小さい時から障害児と健全児の方が一緒にいる。そういうこともあるんだろうと思います。ただ養護学校の制度というものは法令に従って成っておりまして、したがいまして学習指導要領でも地域の小学校指導生徒と交流を共にする機会を多いに増やすべきだ、あるいは今後も近隔の小中学校あるいは近隔の指導生徒と交流を進めていきたいと考えています。
司会:まとめますと、一つに文部省が言っている障害者教育に対して、自らの体験を足して教育を受ける主体としての障害者が疑問を出しているのだがそれをどうとらえるのか。二点目に文部省も障害児と健全児の関りの必要性は認めている。交流がいるとしている。じゃ本当に交流はできるのかということと、それを具体化する時に障害者の声を聞く姿勢があるのかということ。法令とか指導要領とかで問題をそらさないで。
文部省:障害者自身の声をどう反影するかという点では、教育の内容なんかもずい時変えていく努力もやっている。 そういう点では皆さんが受けてきたようなことは非常に今後は改善されていくものというように考えています。
交流の進め方については、特別活動を中心として地域の中学校と交流するということを推進的に考えています。
質:今指導要領の中では特別活動の中に位置づけるということ、それ自体が大きな問題がある。つまり教育というのは健全児と障害児が教育環境総体の中で交わってこそ本当の教育ができるのではないか。
いわゆる健全児があなたがたの言うように育っていったら、特別な活動の中で特別の場で障害者と生きていくことになる。そのことをあなたがたは流れの中でも学習指導要領の中でもはっきりと位置づけていることの差別性を私達は追求しているのです。
―大拍手―
司会:文部省はこうした考えを否定するのか。教育のあり方を考えていこうとする姿勢があるのか。現実の社会の中でくやしい思いをしている障害者の存在をどう考えているのだ。はっきりして下さい。
文部省:それは文部省は、教育を司る役所ですから、その可能性を引き出していることに対して最大の努力をするという姿勢は変わりはない。
質:可能性ということをとにかく言うが、それは結局能力のことなんですよ。あなたがたが特別な教育ということを言うが、そのことによって能力が劣るということが障害者にも健全者にもキッチリつけられてしまい現に差別ができている。なんといおうが能力の差に

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よる差別が生まれている。生んでいることをどう考えているのか。
文部省:能力の問題が出ましたけれど、能力に応じて教育するという立場で文部省は教育政策をいろいろ進めてきている。ですから能力に応じて手厚い教育をするというこの「能力に応じて」という言葉を否定することは文部省としてはできない訳です。
質:能力や発達とかいろいろ言われるが、おまえら全然俺達の言葉を聞きとれない訳だよ。このことは養護学校で解決できることじゃないんだよ。小さい時から普通の子と交われば障害者の言葉もわかるし、障害者も能力が発揮できるんだよ。
質:あなたがたの言われている能力というのは一体何を意味しているのか。あなた方の言うのは健全者の能力で、健全者が基本にすえてあって全てを測っている。それは障害者が障害者として生きていくことを否定しているのだ。それからもう一つ、この前「青い芝の会」で交渉した時に書かれたことだが「あなた方の意見は一部分である。あなた方の意見は、私供にたいして影響はない」と言った。「あなた方は少数派である」と「少数派の意見は一応聞いておきましょう」と。確かにこの社会にあっては障害者は少数派で健全者が大部分です。その上で作られた能力なのでしょう。私達は様々な手段を用いて決してこの考えを許さない。
司会:時間がないのでもう一度まとめますが現実に障害者が不当な差別を受けていることに関して答えてない。そのことについてどう考えているのか。
文部省:今日の申し入れの要件となっている養護学校の義務化の問題に関してはですね、養護学校を義務化することは差別ではないと考えている訳です。
―抗議の声―
文部省:今日は養護学校義務化に関してだけ答えさせていただきます。
質:差別の問題抜きにして義務化の問題は語られへん。キッチリ答えろ。
司会:現実にこんはに来ている。私等ヒマでここに来ているんじゃない。九州から北海道まで必死の想いで来ている障害者がそれぞれ現実に受けている差別について語っているんだ。おたくらにとって全然関係ないのですか。
文部省:障害者の方に充分な発達を保護する為に特殊教育の充実に努めているというのが文部省の態度ですね。
司会:では改良するにあたっては障害者自身の声は聞いていくのか。
文部省:今回の話し合いも要望をお聞きするということで持っている訳です。ただ義務制の問題ですと、これは法律で定められている訳ですから私供はその文部省という役所にいて法律の定めを忠実に執行していくということですから。
質:法律に定められなくとも文部省は指導要領など多くの発行物と指導を行なっているではないか。運営の仕方も巾がある訳だ、シャクシ定規な答えで終るな。
文部省:それは確かにおっしゃる通りで、全て法律で全部キッチリ決められていることばかりではありません。そこらへんは我々も大いに障害者の皆さんの実態を勉強させていただくし、いろいろ意見の交流をやって今後の行政に反映することを努力します。今後の話し合いにはいろいろ申し入れがありましたら充分応ずるよう検討しますし、今後の行政を進めていく上では障害者の皆さん方の意見も反映するよう我々は勉強してやっていきたいと思います。
―以下確約書を書くことを要求し意見が出たが、結局とれずに終った。―

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義務化阻止をめぐる最近の情況
全国事務局

五四年度養護学校義務化阻止闘争は、いまや全国各地のそして同時に障害者と障害者に関わるすべての人々にとって、自立と解放をめざす最も重要な課題となってきている。
私達は四月二四、二五日に、全国総決起集会と文部省交渉をかちとり、今日の障害者にかけられている差別攻撃の本質とりわけ教育を要とした隔離抹殺の実態と、それに対する闘いの姿勢そして障害者差別を許さない様々な層の任務をも明らかにした。このことは全国各地で闘っている人々へ運動の意味と方向をより明らかにすることができたと考える。
それと共に、この集会と前後して、義務化阻止共闘会議が仙台の「54年度養護学校義務化を阻止し解放教育をかちとる会」始め、神奈川、京都、大阪、兵庫、奈良「尚司君の富中入学を実現し障害児教育を考える会 」、あるいは東京、和歌山、岡山で準備会が作られている。更に義務化阻止に向けた集会が、仙台、福島、秋田、山形、新潟、富山、神奈川、名古屋、大阪、兵庫、京都、奈良、岡山、福島などで行なわれていることは養護学校義務化をめぐる差別を許さない運動が急速に大きくなっていることを示す。この中で、障害者の結集はむろんのこと障害児の親、教育労働者、施設労働者、被差別者の広範な結集が獲得され、闘いの中でも大きな力となっている。
こうした情勢に対し、政府―文部省、各行政教育委員会は、文部省交渉での差別姿勢にも見られるようにますます差別のオリに閉じこもり強権的な態度を強めている。大阪府教委は「言いたくないことを言わない権利もある」といって追求を逃げ、大阪市教委や兵庫 県教委は交渉にも応じようとしない。これは東北各県や京都でも現われており、それぞれ の交渉において大きな力が求められている。
しかし、地域、校区での就学運動は急速に広がっており、現場や親の会での論議では「すべての障害児を普通学級へ」の正しさが前面に出されてきはじめた。
私達の闘いは一九七九年にあるのではなく今であり、どこまでも継続されるものであることは常に言われてきた。今日、文部省―教育委員会の姿勢を変革し、五四年度義務化を阻止するためには、なんとしても障害者と障害者に関わるすべての層の人々を結集し、差別を許さない思想を獲得して大きな力を作ることである。

義務化阻止神奈川県共闘会議結成さる!!
神奈川県共闘会議事務局

六月五日午後一時より、横浜の勤労会館に於て、神奈川54年度養護学校義務化阻止共闘会議(以下阻止共闘会議と略す)の結成大会が阻止共闘会議(準)の呼びかけにより盛大に行われた。この日、会場は、県下より結集した一二〇名を超える"障害者差別を許さない"という決意に燃えた「青い芝の会」神奈川県連合会を始めとする障害者や親、教育労働者、市民、学生などで埋めつくされ息が詰まる程の熱気の中で、まず、阻止共闘(準)を代表して青い芝の会神奈川県連合会会長の矢田氏があいさつに立ち「障害者差別を許さない広汎な運動を皆んなの力で作りあげていこう」と参加者全員に呼びかけ、続いて全障連、全国青い芝の会、関東赤堀さんと共に闘う会などから力強い連帯のアッピールが次々と行われた。

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このあと、若干の討議をはさみ満場の拍手で基調(案)の採択と代表(神青=矢田氏)、事務局の選出等が行われ、最後に自立障害者集団友人組織ぐるうぷぽてとむらなど各参加団体からの決意表明を受け会場を揺り動かすほどの力強い全体のシュプレヒコールをもって、結成大会は成功のうちに終了したわけであるが、この結成大会の中でとりわけ注目を集めたのが、社会党のいわたれ代議士(神奈川選出・衆議院)からの「障害者に対する差別や偏見は障害者と健全者を分け隔てた教育によるところが大きいのではないか。今後も国会の内外で闘っていく。阻止共闘会議に注目している」といった内容のメッセージである。義務化の問題で、曖昧な態度を取り続けてきた社会党から一代議士であるにせよこうしたメッセージをとりつけたのは義務化推進派の全障研=日共とのからみの中で非常に大きな成果だと云えるだろう。又、もう一つの大きな成果としては「障害児を地域から切り離し、隔離・収容・差別しようとする54年度養護学校義務化に反対する」「この制度は我々が推進してきた障害児の地域校区への就学運動に真向対立する隔離政策である」などと決意表明を行った親の会の阻止共闘会議への結集である。今後、融和主義を排し、義務化を阻止していく闘いを、全県的に推し進めていく上で、障害者差別と闘う親の会の結集は、計り知れぬ程大きな力となっていくであろう。神奈川54年度養護学校義務化阻止共闘会議は、全障連と連帯し、最後の最後まで闘っていく決意である。

▼運動方針さんかく
一.神奈川県下にこれ以上養護学校・特殊学級をふやさない運動をすすめていく。
一.すべての障害者を地域の普通学級、保育園、幼稚園へ入れていく運動の中で、障害者差別を許さない障害者、親、教師をつくり出す。
一.県下で教育問題と取り組んでいる障害者団体、親・教師などの団体、個人と連絡をとりあい、幅広い運動をつくり出す。
一.神奈川県教育委員会に対し公開質問状を出し、交渉をもっていく 。
一.以上の運動を推し進めていく中で、障害者が積極的に街へ出、その存在をつきつけ、多くの障害者と健全者のふれあいをつくり出し、全障連をはじめとする全国の差別と闘う人たちとともに54年度養護学校義務化阻止の流れをつくり出す。
▼申し合せ事項さんかく
一.各々の立場での運動を基盤に幅広い横のつながりをつくり出す。
二.神奈川における実態ある54年度養護学校義務化阻止の闘いを構築し、全障連にその闘いを積極的にもちこむ。
三.会議の決定は全会一致を原則とし、討議の結果一致がみられない場合は事務局の判断をもって多数決とする。
四.会費は月額、団体二〇〇〇円、個人五〇〇円とする。

公開質問状
兵庫県共闘会議

兵庫県教育委員会殿
私達、54年度養護学校義務化阻止兵庫県共闘会議は、障害者差別を許さず自立と解放をめざす障害者を始め、障害児をもつ親や教育労働者や多くの労働者、被差別者、学生など広範な人々が結集して今年五月八日に結成された団体です。私達は、昨年八月に障害者が中心となって差別をなくし自立と解放をかちとる全国の障害者運動を統合している全障連(全国障害者解放運動連絡会議)や同じ趣旨に基づいて今年二月に作られた全関西54年度養護学校義務化阻止共闘会議の仲間と共に運動を進めています。
さて貴教育委員会も御認知と思いますが、今般の教育のあり方について大きな論議が起っており世論が高まっています。それは学歴へん重や受験地獄の改革が言われながら、事態はますます悪化しふるい分けとおちこぼれ

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を増やしていっています。教育の荒廃と矛盾の解決はたてまえやきれいごとではすまなくなっていると考えられます。
このような時、政府―文部省は「障害児の就学猶予・免除をなくす」という名目で、昭和54年度から養護学校義務化の方針を出しています。しかしこれは現在高まりつつある障害児を地域校区の普通学級で教育保障する」運動を、強権的におしつぶす内容であり、更には能力主義に基づく差別・選別の教育体制の拡大強化になっています。今こそ教育のあり方自体からの根本的な見直しが必要であり、そのためにも私達との真剣な話し合いを行って下さい。
養護学校義務化について私達はこれまでも言ってきたように、決っして当事者の障害者の要求ではなく逆に地域の子供と共に学びたいと願っている。障害児の親が要求していると言われるがそれはあまりにも厳しい差別の結果「これまで教育権もなかったししかたない」という意識に基づいているのであり、むしろ貴委員会が差別を許さない指導の確立が求められるのです。更に教育現場においては、養護学校は障害者の自立には役立たずむしろ「障害者は別の所にいるもの」という差別意識を拡げており、普通学級も障害児を追い出すことで人間のつながりを失ない能力主義に色どられてしまう悪じゅんかんを作り出しているのです。一方それに対し、私達は地域校区の普通学級に障害児を入れあるいは受けとめ、本来の教育のあり方を作る実践を行い各地で広がっています。そのことが今後の教育にとって重要な意味をそして障害者の未来を作ると考えています。私達はこうした立場をもって、貴委員会に対し、これまでのいきさつをもふまえ下記の事項を質問いたします。回答は私達との充分な話し合いの上その場で明らかにして下さい。
(一)今年二月二一日神戸で、学齢期をむかえたCP児と養護学校幼稚部に背負って通園させていたこ関節脱きゅうの母親が心中する事件が起きた。このことは、障害者が地域社会から排除され養護学校へむりやり行かされる結果として、通学の問題が地域の人々との関係の中で解決されず、また教育での障害者の未来=自立がないことを自身のこととして考えざるを得なかった障害者(母親)の障害児(子)殺しです。それは障害児の教育が差別にみちみちているが故に起こされた、絶対に起きてはならないことです。同時に「障害者のため」に作られた養護学校のウソをあます所なく明らかにしています。貴教育委員会はこの事件をどのように考え、障害者母子を心中においやった責任をどう考えておられるのか。またこうしたことが決っして起されないためにはどうすべきと考えておられるか。
(二)同三月三一日、私達は準備会の名で右記事件について貴委員会の見解を求めると共に『抗議書』を手渡しに行きました。その時に、理由もなく追い出しを計ったり誠意のない対応で時間をひきのばし、一度は交渉とその場所設定を約束したにもかかわらずその後責任者は現われずあろうことか強制排除を行ったのです。約束を信じ、事情を知らない私達に目をギラつかせた大男がどこからか私達の三倍もの数になり「アボシ」とかいう人が三度「出ていけ」と叫んで、私達がキョトンとしている内におそいかかり(ほんとにそうだった)メチャクチャにひきたおしたのです。あまつさえ血がしたたる程のケガ人(車イス障害者)を出し、責任を問うと「アボシ」は「私だ、証拠写真をとれ」とふんぜんとしていた。こうした「あるはずのない暴力」は一方的に行なわれたことは、その中でも私達が整然として事態を収集し移動し問題点を言いきったことを見ても明らかです。私達はこの一切の責任が貴教育委員会にあるとしか考えられない(管財課など知らん)。事実経過を説明し、謝罪せよ。またこのようなことが二度とないよ

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う、私達との交渉の設定については日時の調整以外は条件をつけず、また誠意をもって継続していただきたい。
(三)姫路市で健全児と共に幼稚園に通っていた三人の障害児の校区への就学について、親の強い要求にもかかわらず同市教委は拒み続け、現在校区の学校へ就学している子とそうでない子がいる。このことについて、親の要求をも拒否してなにがなんでも養護学校へ入れようとする理由と権限はどこにあるのですか。またこの問題の検討において教職員にどのような指導と話し合いをもたれたのですか。今、三人の内校区の学校に通っている者とそうでない者がいるが、その判別の理由はなぜなのか、経過と共に説明して下さい。また校区で学ぶ方がよいと考えられたからこそ一部の障害児が校区に就学したと思いますがその理由は何ですか。
(四)県教育委員会が「心身障害児の就学指導の手引き」を出されて以降、右記の様な事件があり、各地において反対の声と運動が起きています。障害別に分けて就学させることは障害者の内にも差別を作り出すし、親の意見すら無視する強権的指導はあってはならないものです。今般全ての障害児を校区の普通学級に受けとめる運動と実践が広がっていることとも全く反するものです。貴委員会はこうした事態をどの様に考えられておられるのか。私達の進めている障害児の教育を地域校区の普通学級で保障することへの姿勢、その上での就学指導委員会の役割りと権限を明らかにして下さい。
(五)これまで障害者は教育の場から排除され養護学校に入れられることによって自立することを奪われ、生み出された差別によって地域社会から全く切り離されています。それは多くの障害者の実際の姿としてあるのです。貴委員会はそのことに対する責任をどう考えられているのか。
(六)以上にあげた多くの事実とそれに基づく問題の根本はおのずから政府―文部省のうちだした「54年度養護学校義務化」の方針に規定されたものです。 一つ一つのこの重大なことがらを解決し、貴委員会が表明された「障害者差別をなくすように努力する」上で、養護学校義務化をどう考えられていますか。

以上の諸点について七月初旬私達との真剣な話し合いをもっていただき、見解と回答を出していただくよう強く要望いたします。同時にくれぐれも三月三一日のようないいかげんな態応がなきよう私達の提示を受け入れるのは当然のことながら、障害者を始め私達との継続した話し合いの窓口をしっかり設け、障害児教育をより前向きに創られるよう重ね要望いたします。話し合いの日時は本文提出の際詳しく口頭でお伝えします。以上
一九七七年六月

(校正者注:「54年度養護学校義務化阻止学習パンフレットNo.2」の広告)
54年度養護学校義務化阻止学習パンフレットNo.2
近日発刊
全関西義務化阻止共闘会議結成大会の基調と闘いの経過/障害者・親・教師からの発言/4・24〜25全国総決起集会によせて/関西各地の『共闘会議』の報告/資料:養護学校と特殊学級ほか
全関西54年度養護学校義務化阻止共闘会議全国障害者解放運動連絡会議関西ブロック
大阪市東淀川区南方町306 大広荘 06‐323‐4456

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全国統一課題
都市交通の車いす乗車拒否糾弾闘争
?@都市交通をめぐる最近の情況と報告
?A7・9交通問題全国交流会での厚生省への抗議ならびに要望の書
?B全交運との話し合いの報告
?C資料/全交運・中央バス共闘会議の車イス乗車に関する見解

都市交通をめぐる最近の情況と報告
全国事務局

都市バスの車イス乗車拒否糾弾の闘いは全国各地に拡がり、障害者が地域社会で自立して生きていく運動の中で重要な課題となっている。このことは同時に、これまで家や施設で隔離されてきた障害者の存在と差別の実態を明らかにし地域社会で堂々と生きていく勇気を作り出してきた。また都市交通や国鉄の差別を糾弾してきつつも非常に困難な闘いを強いられてきた仲間にも新たな力となった。
全障連はこの半年、各地の闘いに積極的な共闘をよびかけると共に各ブロックでの陸運局交渉を方向づけてきた。そして七月六日には全障連主催の全国交流集会と運輸省への抗議を行ない、今後運輸省に対する強力な闘いを作り出すことを決定している。更に乗車拒否が交通労働者の差別意識によって強化されている事実や、当局の姿勢を助けていることもあるので、障害者差別を許さない立場の労働者として運輸省に対し共闘を作り出すべく、全交運などとの話し合いを進める事によってこれまでの交通労働者の意識を変革していくことを重点とした。
私達は全障連第二回大会での基調報告の中で、運輸省闘争を強力に進める方針と、交通分科会における差別糾弾を通した統一要求を作り出す努力をもって、今後の方針を決めていきたい。
バス乗車拒否は、仙台、福島、金沢、東京、神奈川、兵庫、広島、長崎などで起きておりまた都市交通、国鉄に関することでは北海道から九州までそれこそ津々浦々にまで及んで いる。一つ一つの闘いを紹介していきたいが今回は、六月七日全国交流集会と全交運との話し合いについて報告する。

抗議ならびに要望の書
運輸省運輸大臣 殿
全国障害者解放運動連絡会議代表 横塚晃一
全国事務局=
大阪市東淀川区南方町三〇六大広荘

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私達、全障連は障害者差別を許さず、障害者の自立と解放を実現するために、昨年八月、全国の障害者を中心に一五〇〇名の参加を持って結成された全国組織です。これまで障害者の多くは「役に立たない者」として社会から排除され、施設や養護学校へ行く事を強いられてきました。しかし、今、障害者自らがそのような非人間的な隔離、収容政策に反対し、一人の人間として地域社会で生きようと立ちあがっています。
そういう中で、障害者がまだまだ自由に行動できないでいる大きな原因の一つに、現在の交通機関のあり方があります。今日、私達の運動の成果として障害者の都市交通の利用が日常化されてきている時に、車イスの重度障害者は各地において乗車拒否に遭っていますし、視力障害者は何の安全設備もないプラットホームから転落し、生命を奪われたり、負傷したりする事件があとを絶ちません。又、車イス利用者に対する露骨な差別対応に対し、全障連は各地陸運局と交渉を持ち続けていますが、その間にも現実には次々と乗車拒否が行なわれているのです。重度障害者にとっては身体の一部である車イスをおりたためとか、改造するまで利用を慎しめ等のバス会社や、各地交通局の言い分は、障害者の生活していく権利や行動する自由さえも奪っている事になるのです。又、視力障害者がプラットホームから転落したり、入ってきた電車に巻きこまれたりするのは、現在の駅・ホームに何の安全設備もないからです。にもかかわらず、国鉄や、各電鉄会社は、これらの事態を全て個人の不注意としてかたずけようとしています。そして、安全設備や万全な人員配置を要求しても、予算がないので仕方がないの一点張りです。それは、即ち、視力障害者が鉄道を利用しようとすれば、常に死と背中合わせに置かれても仕方がないという事であり、視力障害者の一人で歩く権利を奪っている事になるのです。
このように日常生活において、移動の自由さえ奪っている現在の交通機関は、障害者が地域社会の中で生活していく権利を実質的に認めないという事であり、私達、全障連は、こういう交通行政を司さどる運輸省の姿勢に強く抗議し、次の事を要求します。
?@これまで、車イスの障害者が乗車拒否されたことは、明らかに不当な差別であり、貴職における障害者に対する差別と偏見に基づいた交通行政と指命の結果であると考えます。
?A二度と交通機関による差別が行なわれないように、貴職において障害者の実態を知り、行政として姿勢を求められると共に、車イスの乗車を当然のこととして認められるよう各陸運局、あるいはバス会社当局に指令されること。
?Bまた、駅・ホーム・バス停などの安全設備を早急に改善されると共に、こうした設備や、バスの構造改善などに際しては、必ず私達障害者自身の声を聞き、それに基づいて実施されること。

6・11全交運との話し合いの経過
関東ブロック事務局
六月十一日東京会館において、全障連代表は全交運との問に、車イスのバス乗車拒否についての第一回目の話し合いをもった。

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出席者(敬秒略)
全交運
中央バス共闘事務局 甲斐
私鉄総連自動車部 中村
都市交通労連本部 西川
国民の足を守る中央会議 西村
全障連
全国事務局長 楠
関東ブロック事務局長 八木下
足を奪い返す会 猪野
東京労働者二名他三名 (校正者注:「出席者〜他三名」四角囲み)

まず八木下氏より全交運との話し合いに致るまでの経過の確認の後、楠氏より全障連として車イスのバス乗車拒否に対する見解を述べ、?@設備の不備などを理由に乗車拒否することは差別であり障害者を分断するものである?A労備者にも差別意識があり、今後は「弱者救済」といったものではなく真の共闘を作るべく話し合いを行いたいと提起した。
これに対し全交運は?@これまで運輸省に対し、安全テストを行い改善することを、その年次計画を出すことを要求し認めさせた。?A障害者がバスに乗る権利を認め、乗せるよう前向きに検討する?B今後全交運が窓口になって話し合いを積極的にもっと共に、行政や障害者団体などと共に合同会議を準備したいとの方向が出された。
この中で全障連の側から(ア)障害者の実態を理解していない、例えば車イスのバス利用は地域での非常に困難で粘り強い自立運動の成果の上にあるもので、社会の根強い差別と偏見をうち破ってかちとられたものである。そういった障害者自身の運動の歴史を考えずに設備面だけで解決しようとする姿勢は問題がある(イ)前向きに考えるといっても労働者の中に差別意識があるのは事実である。キップを売らない所もある。労働者一人ひとりに差別を問う姿勢と障害者と共に闘うとり組みを具体的にやってもらいたい。(ウ)金沢では全く乗せないといった対応があるが、集団で乗るのは会議や集会がある都合の為であり、これを糾弾行動とのみ解したりすることは許されないなどの意見が出された。とくに南海電鉄では差別糾闘争の結果、労働者内部で学習を行う確認までされている例を出して共闘の基本的姿勢を求めた。
多くの面でまだまだ意見の一致は得られなかったが、結論として?@今後共に運輸省に対する闘いを作る?A全交運を窓口として関係者の共同会議をもつことを方向とし、不充分なところについては経続して話し合うことを確認した。

資料/全交運・中央バス共闘会議の車イスでのバス乗車についての見解
(四月末)

★全交運・中央バス共闘の見解
1特例として降車口から車イスのままでの乗降を認める。
2車イスの乗降に必要な介護人を必ずつけるものとし、乗車に際しては安全ベルトを装着したうえで介護人は乗車後すみやかに所定の位置に車イスを安全バンドで固定(2ケ所)するとともに、料金支払いと合わせて乗車の完了を乗務員に知らせること。
3車イス乗車は原則として1両につき1脚とし、ラッシュ時等の混雑車両は避けること。

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全国各地のさまざまな闘いの紹介と提起
富山「養護学校義務化を考える会」からの報告

富山では、今まで2〜3回の学習会を持ってきましたが参加する人はだいたい養護学校の卒業生と、普通学校と養護学校の経験のある人。そして、今まで学校にいかれなくてうちにいた人です。後はあおぞらの会に関わっている介護人が集まりました。
この学習会の中で話し合った事の意見を書いてみます。
まず障害者側から出た事は、どっちの学校にも行く事ができなかった人は、「たとえ養護学校にでも行けるだけでもしあわせじゃないか。」障害があるからといって家の近くに学校があるのにわざわざ遠い所にある養護学校になぜ行かなければならなかったのか。」それはやはり隔離、選別の教育でしかない。「障害者にとって機能訓練がなぜ必要なのか、発達保障は少しでも健全者においつくためにあるのではないか。何も無理してまで訓練をしなくても自分からしたければする訓練でいいのではないか。」などという事が出された。
署名・カンパ活動の時に高校生に勉強ができないのだから養護にいって何が悪いという質問に対して障害者側はあまりいい答えができなかった事もありました。こういった健全者への学習会をふやしてゆき障害者が隔離・選別・分断されて我々障害者を死に追いこもうとする現在の社会に対して強い怒りを持って訴えなければならない。
また障害者の中にも差別されている事に気ずかない人達がいる。この人達に対しても学習会を持って、気ずかせていく事が必要である。
障害者はこれまでどの面でも殺されてきた。そして常に死がつきまとっている。それに一層拍車をかけようとする五四年度養護学校義務化は、まさに隔離し我々を社会からヤミにほうむりさろうとするものである。こうした現在の社会と闘い、五四年度養護学校義務化阻止を勝ち取らなければ障害者の自立と解放はありえないと思います。

札幌駅における障害者差別を許さず、再度交渉の場を要請する支持・御協力のお願い
野田君と共に闘う会

昨年の暮、脳性マヒの野田裕が札幌駅職員によって「気持ち悪い」と差別発言を受け、切符販売を拒否されるという差別事件が起きました。さらには、この差別発言に耐えがたい怒りで抗議する野田裕に対して公安官による身柄抱束までなされたのです。
この事件に現実的な障害者差別を見て取り、差別を受けた野田裕の怒りを共感する友人たちを中心に「野田さんと共に闘う会」が結成され、差別発言をした本人と、国鉄当局の責任を追求しながら、この事件の真相を広く報告しこの差別糾弾の闘いに支援と協力を求めてきました。
今、差別発言をした本人は「野田さんを酔っぱらいとまちがって『気持ち悪い』と言っただけだ」と言いわけをし、「あとは国鉄当局と国労にまかせて、もう会わない」と責任のがれをしたまま私達の話し合いを一方的に拒否しています。私達野田裕と「野田さんと共に闘う会」は、再度本人であるT氏と話し合いの場をもち、誠意ある謝罪を求めるために今回T氏に話し合いを要請します。
同時に今回の事件を単なるサービスの不手際としてのみにねじまげ、また公安官の身柄抱束等の責任を一方的に野田裕に押しつけて形ばかりの謝罪文を出して、

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「もう終わった、これ以上話し合う必要はなし」という高姿勢に出ている国鉄当局に対しても再度話し合いの場につくよう要請します。
この国鉄当局への要請にあたりまして、国鉄当局を私達野田裕と「野田さんと共に闘う会」との話し合いの場に出させ誠意ある謝罪をあきらかにさせるために申し入れ書にみなさんの支持署名をそえてつきつけたいと思いここにみなさんの御支援・御協力をお願いします。
この闘いは、今の健全者中心の社会の中に根強く残されている障害者に対する差別を打ち砕くための一歩であると考え奪闘しております。今までの障害者運動が物質的あるいは法的保障を求めることに一面化される傾向がありました、しかし現にある障害者に対する差別意識と闘うことと結びつかなければ真の障害者の自立はないと考えます。また、共に闘う健常者は同情やあわれみではなく自分自身の問題として闘っていかなければならないと思います。そして何よりも差別を受けて泣きねいりしない障害者がいることを主張しなければなりません。
私達の闘いを御理解の上、国鉄当局への申し入れ書に支持署名をお願いします。また、当日会場に出席していただけましたら、尚一層力強く思い重ねてお願いいたします。出席いただける時、介護人、車の送りむかえが必要な場合は連絡して下さい。責任をもって用意します。
くろまる申し入れ書については直接「野田さんと共に闘う会 」に問い合わせて下さい。
「野田さんと共に闘う会 」
函館郵便局私書箱一二五号気付

岩楯さんの地域の小学校就学闘争の支援要請
岩楯恵美子学校へ入る会

府中療育センターに在所している岩楯さんは重度脳性小児マヒ者で二六才になる現在に至るまで一切の教育から排除されてきました。
岩楯さんは「地域の小学校へ入って勉強したい」と七三年十二月七日、府中市教委に対し要求書を提出しました。しかし、市教委は、岩楯さんが既に義務教育年齢を過ぎていることを理由に入学を拒否してきました。義務教育年齢を過ぎているから受け入れることはできないという法律はどこにもないにもかかわらず、岩楯さんの入学要求を踏みにじろうとしたのです。更に許せないことには「こんな理由で拒否されるのは納得できない」として市教委との話し合いを求めたにもかかわらず、ただ「年齢オーバーですので...」をくりかえすだけで、七四年十月二六日に一方的に交渉を打ち切ったのです。
その後、二度にわたって交渉再開要求書を提出し、七五年三月二四日には、府中市教委との間で、三月二六日までに交渉を再開するとの覚書きを取りかわしたにもかかわらず、これをも一方的に反故にするというデタラメ行政を行なってきました。府中市教委がいくら不当に岩楯さんの教育権を剥奪しようとしても、岩楯さんは、自らの権利を主張し四月七日の武蔵台小学校入学式以来、毎日のように登校し、学校当局者・教師らに話し合いを求めて学校の門前まで行ったところ、武蔵台小学校は四つある全ての門にカギをかけ、ガドマンを雇い岩楯さんを校庭にすら一歩も入れないという暴挙にでたのです。
府中市教委は、武蔵台小学校がロックアウトされることについて全ての責任を岩楯さんに転嫁して乗り切ろうとしているが、私たちは、はっきりと全責任は、あなたがた市教委にこそあるのだということを言っておかねばなりません。府中市教委は自らの責任を放棄し、岩楯さんの要求を圧殺し、あまつさえ地域住民をあおりたて、悪質な障害者差別キャンペ

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ーンをまきちらしていることは、絶対に許すことはできません。七六年一月十七日付で全市にばらまかれた署名は、このような府中市教委の意志を実践したものに他ならないことは見えすいているではありませんか。
我々は、このような差別行政を許すわけにはゆきません。岩楯さんの就学要求は、一人岩楯さんだけの要求ではなく、社会の中で生きたい"と願うすべての障害者の要求でもあるのだということをキモに命じておいて下さい。我々は、府中市教委の行う差別行政に断固抗議するとともに岩楯さんの即時の入学を要求します。

賛同団体
くろまる村田実学校へ入る会くろまる高橋さんを支援する会くろまる早川さんを支援し共に闘う会くろまる西教組福生地区協議会くろまる西教組障害児教育研究部くろまる八王子養護学校分会くろまる都障教組活動者会議くろまる実態調査阻止全都実行委員会くろまる東京学芸大学特教研

日々きびしい差別との闘いをおしすすめておられるすべてのみなさん。
岩楯就学闘争も四年目に入りますますその闘いはきぴしさを増してきています。私たち「岩楯恵美子学校へ入る会」は、昨年二月二四日付で都議会へ提出された岩楯さんの就学をはばもうとする差別的署名運動に対し、行政、PTA、校長会一体となった攻撃をはねかえすべく、差別の元凶府中市行政への糾弾闘争や、都議会、都教委への要請行動を展開してきました。
しかし、都教委は「入る会」との交渉を拒否し、府中市行政への加担を公然と行なってきました。それどころか、行政間のボス交機関として「四者協議会」(都教委、都衛生局、府中市、府中市教委)なるものをつくり責任のなすり合いとたらいまわしで事を終わらせようとしてきています。このような無責任な行政当局の対応を許さず、岩楯さんの就学実現に向けて、すべてのみなさんのご協力を強く要請いたします。
上記抗議文を、私たちは再度、都教委、都議会、府中市教委へ提出し、都議会の差別署名採択を絶対許さない闘いをつくりあげてゆきたいと考えます。各団体、個人で検討の上、上記の抗議文への賛同決議を上げて下さるよう要請いたします。
一九七七年六月四日

〈全障連機関誌定期購読のお願い〉
全国の障害者差別を許さない闘いを紹介し、共に自立と解放の運動を考えていこう。また全障連全国統一闘争を要に、全国的な状況と情勢、さらに課題や方針を積極的に提起していきます。
差別を許さず日夜闘っておられる全てのみなさん。機関誌の定期購読をお願い致します。
にじゅうまる隔月刊/B5、30ページ/一部二〇〇円、年間一三五〇円(送料込み)/「SSK」開封
にじゅうまるお申し込みは 全国事務所、又は各ブロック事務局へ料金を添えてお願いします。
にじゅうまる全国事務局
大阪市東淀川区南方町三〇六 大広荘
郵便振替「大阪・57342」

〈原稿募集〉
「全国各地のさまざまな闘いの紹介と提起」に原稿を送って下さい。
全障連は、全国各地のさまざまな障害者の自立と解放運動の交流と、それに基づいた論議を求めています。あなたの進めている運動を全国の仲間に知らせると共に、社会的アピールの場にどしどし活用して下さい。また障害者解放の道すじをより明らかにするような小論文も期待しています。

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特集//座談会/養護学校、盲ろう学校の差別を問う
★出席者及び経歴
司会:全障連全国事務局
小学校から中学と京都の養護学校に通学、高校は普通高校。
S君:富山県出身、五才から小学校三年まで「コウシ学園」という施設で生活し、それから高三まで東京の光明養護学校に通学。現在東京で障害者差別。
Y君:未熟児で生まれたため左右の眼とも視力が弱かったが、小・中学校は地域の学校、中学校を出て木工所で働いている時に木片が左眼につきささった。病院をでてから静岡の盲学校に入学し五年間寮生活を送る。現在大阪で、関西「障害者」解放委員会で障害者解放闘争を闘っている。
H氏:未熟児網膜症児の親。現在その子を地域の学校に通学させ未熱児網膜症から子供を守る会の親の組織の一員として障害者差別と闘っている。
C君:小六まで唖学校に行き、中一から苦通学校。現在大学生。青い芝の会と共に運動をになっていっている。
T氏:六才まで健全児、日本脳炎にかかり障害者となり、隔離病棟にはいる。退院後六ヵ月間わらぶとんの生活を送る。その後家から普通学校に二年生の六月までいった。それから養護学級に移る。中学校の時養護学校に入学する。現在、兵庫県で自立生活をしつつ障害者解放運動をすすめている。 (校正者注:「★出席者〜すすめている。」四角囲み)

司会:みなさん方お忙しい中集まっていただきましてありがとうございます。今日は養護学校あるいは盲、ろう学校についての体験談を出していただき、その中で現在の障害児教育の差別といったものを明らかにしていきたいと考えています。
全障連は結成大会以降、五四年度養護学校義務化阻止を全国統一闘争として前面にすえてとりくんできましたし、先日四月二四〜二五日には八〇〇名の仲間を結集して義務化阻止の総決起集会と文部省交渉を勝ちとりまくた。その中でこの闘いを障害者差別を許さない大きな運動をつくり出すてがかりとして様々な層と多くの人々の結集を作り出してきたのですが、一方でまだまだ養護学校や盲・ろう学校の実態と政府―文部省がかけてきている。障害者差別攻撃の本質を知らない人が多いという現実であります。
ひとつみなさん方のそれぞれの立場をふまえて存分に意見を出して欲しいと思います。

★体験の中から
まず今日集まっていただいた障害者の方は層と多くの人々の結集を作り出してきたので

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けいけんしておられますので、そこから発言してもらいたいと思います。ろう・盲・養護学校を簡単に言うとどういう所ですか。
S君:光明養護というところに小四から高三までいたんだけれど、同じ顔ばっかりつき合わせて障害者同志の関係についていいます。スクールバスで通学してきたんだけれどスクールバスを降りると恐くてね。小さい子がジロジロ見るのでわざわざ大まわりして帰った。授業のペースは、授業時間が四〇分で休み時間が十分なわけね。そうするとトイレに行く時、車イスにのっている人なんか十分間では終らないわけです。でも遅れてきたらわかっているのに先生は怒るんだ。高等部になると勉強のできるやつとできないやつとに分ける。僕のいったクラスは男ばっかりでつまらんかった。(笑い)。思うんだけど、僕の住んでいる家のまわりの健全者と男女のことを含めて関係が全くできなかった。養護学校をおっぽり出されて障害者とは関わっても健全者との関わりは絶対に必要なんだけれどそれがなかなかできなくてね。
Y君:自分は中途失明です。盲学校に対してよく知らなかったし、抵抗があったんだけれど入る事になって、家が遠かったので寮生活を五年間した。種々問題にすべきことがあって、その一つに寮生活はすごく自由がないですね。規則に束縛されてしまって。職員は生徒の意見を一応聞くんだけれど、聞くだけで大切にしないんだ。外出も五時半まででその後の外出はよっぽどでないと認めないというありさまだった。
H氏:障害者の子供を持って初めどうやって生活させてやっていいものかと考えた。何もかも無い状態なんですね。僕の中にも差別的意識が残っていまして他の子と比べて恥ずかしいという気持ちがあって、家の中にとじこもっていたんです。しかしそれはおかしいんじゃないかと気ずいて外へ出してやりたいという気になりました。それで門真の通園施設に通わせました。そこは障害児だけを集めてやってたんですけれども、そこでサッちゃん(子供の名前)が喜こんでいるかというと一人一人勝手に遊んでいましてね。全く友達関係がないのです。ケンカもしないんですね。ただあずけられているという感じでしかなかったんです。そこで近くの保育園や幼稚園があるのでそこに入れていこうと思いました。幼稚園に一年通わせましたがサッちゃんにとっては初めての体験なので最初はついていけなかったんですけれど序々にサッちゃんなりにやっていけるようになり、本当に人間的な関係になっていき、そうこうしているうちに普通学校へ入っても当然と思いはじめたのです。

★能力主義教育
司会:僕もスクールバスに四十分ほど乗って京都の養護学校に行っていました。僕の場合はS君と違って近所の子供達とよく遊んでいましたよ。まあそれはおいといて、僕が学校にいっていた頃は高等部がなかったんで先輩というのは公立高校へ行く人が多かったのです。僕の中二の時かな、能力別にハイクラスとロークラスが数、国、英の科目にできました。当然僕もがんばらねばと思ってね。
T氏:養護学校の時のことを今考えてみるに、脳性マヒの子供達は僕も含めた形で差別されバカにされた。ひどかったもんです。
司会:今、Tさんもいわれたように養護学校においても能力主義教育が貫徹されていますが、そのあたりのことで何か?
Y君:盲学校でも養護学校でも能力的に分けられちゃっている。盲学校でもあんなに少数なのに分けるんですね。どうしてあんな事するのかよくわからんです。そして教師がとにかく普通の学校以上に生徒と接っすることが多いわけです。別にやらなくてもいいと思うんですよ。唖学校でも能力別にやられているんですか。
M君:ずうーと能力別教育ですよ。幼稚部から小、中、高そして専攻科に行くと、職業別、

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学科別になるのです。さっき、Tさんのいわれたことね。とてもよくわかります。障害者同志の中で差別があるのよね。例えば、低い方のクラスに行くでしょう。そしたら自分の不満をいえなくてちょっと乱暴になるわけ。だけど高い方のクラスの子の前にいくと何も言えなくなっちゃうわけ。
司会:それは養護学校でも同じですね。
M君:その他にあったのは唖学校で特にめだつのだけれど、新学期になると必ず補聴器がぬすまれる事件がおきる。
C君:今言ったことに関係があるんだけれど、習をする。その時まちがうとぶんなぐられた。て先生が「あ、い、う、え、お...」と発音練習をする。その時まちがうとずいぶんなぐら
司会:なぐるのですか。
M君:そう特にいとえ(校正者注:「い、え」傍点)なんてまちがいやすくてね。だいたいえ(校正者注:「え」傍点)になるの。何回もまちがうとなぐるわけ。なぐる先生がいい先生ということになる。
司会:結局、健聴者に合わせるような教育をしているのですね。僕が聞いたところによると先生自身が手話を知らないんですってね。
M君;だいたいの唖学校は口話主義教育でやっています。手を縛ってとにかく先生の顔をみさせるのです。手まねを使わないでいわせるわけよ。

★差別と闘わない教育
Y君:町を歩いている時とか、電車の中で手話を使うことがとっても恥かしいという気持ちが湧くのでしょうね。
M君:ありますよ。親が手まねを使うことをやめさせるのね。
司会:障害をかくすのですね。
M君:そう、かくすわけ。というのは、唖の障害の場合、普通にしていると健常者と思われる。だから、口話で言っていけば健聴者と同じであると。補聴器も「ポケット器」―よく聞こえるのだけれど1からだんだん耳かけ式を買いたがるわけ。補聴器を使っていることがわからないように。
司会:このように障害をかくすようなことが盲学校でもありますか。
Y君;ええ、自分自身も白い杖を使うことに抵抗がありました。白い杖を使うことが恥かしかったんです。
司会:学校の教育方針として白い杖の使用についてはどうでしたか。
Y君:使用についてはキッチリしたことはしていません。校内でしかやらないですね。
S君;だいたい障害をかくすなんてできっこない「囲りの親や、教師の言うことを聞きなさい。」といわれ自分の思っている事をなかないえない。

★無意味な訓練
司会:先ほども唖学校の口話訓練のことがでましたけれど、僕自身、養護学校で機能訓練と職業訓練をうけたんだけれど、訓練についてどうでしょうか。
S君:高等部の時、職業訓練があって、タイプ、あみものがあった。先生は軽い奴なんかには、「これができればあんたも普通の企業にはいれる。」、重度の障害者には「これをしていれば、生きがいができます。」という。いくら職業訓練しても雇ってくれるところなんてないわけよ。でもね、障害者の方でも努力するの。
司会:Tさんはどう思われますか。
T氏:いいかげんです。高等部の時は反撥して窓の外を見ていました。
M君:教職員組合なんてグチのいいあいみたいだ。自分はこんなに一生けんめいしているのに、生徒は全然ダメよという話ばかりでね。

★能力主義に貫かれた障害児教育
司会:養護学校というのは障害児として生き様をさらし、障害者差別にあっても泣き寝入りしないような人間をつくるという風な内容が全くありませんか。

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M君:そのことに関してですけれど、養護学校で、同和教育を含めた差別の問題を全々やっていないのは大きな問題だと思います。部落の問題を知らない生徒が多いですね。
司会:僕なんかも同和教育を初めて受けたのが普通高校にはいってからで、養護学校にいる時は日本史の時間でも全く教えられていません。江戸時代の身分制についても士・農?・工・商までで"エタ"非人までは知らなかった。
M君:結局同和教育もしないし、障害者差別に負けないで生きぬくような教育も全くしないということですね。
T氏:養護学校でもC・Pは隔離されてしまう。
S君:障害者の中でもお互いに分裂して、バカにしていく。遊びも一緒にしないような差別をつくっているのだ。
司会:ずっと前ですけれど、"朝日ジャーナル"の「学校をひらく」というらんがあった。普通学級にいる生徒の中で少し話のおそい子とか、ドモル子をピックアップし養護学校に送り込むといったことがあったけど、今日、こうしたいわゆる名ばかりの「専門性」というやつで「その子にあった教育を」というものを出してきて、能力主義攻撃をかけてきていると思うのです。そういった意味で、Hさんは親の立場でかなりしんどかったと思うんですけれど。
H氏:当初は、盲学校は何かあるんじゃないかと期待を持ってたんです。でも、盲学校の中でも「智恵遅れ」の子供はほったらかしなんですね。一人の人間としてどういうふうにやってくれるのかということで非常に疑問を持ちました。ただ目が見えないから盲学校でということにはならないと思うわけです。見えなくてもいいからそれをかくしたり、逃げていくような人間になってほしくなかったのです。普通学校にはいっていますけど、まだまだ問題はありますね。
司会:例えば、普通児から差別を受けるとかそういったことですか。
H氏:はいった時、ついていけないし、しぐさもおかしいということでしんどかったですけれど、序々に一緒に遊んでくれるようになっています。学校側は最初、「受け入れ体制がない。安全面に責任が持てない。」といったんです。それではいつまでたっても入っていけないわけですね。まだまだ学校では受け入れ体制はキッチリしてないんですが、入っていくことによって整えさせて行きたいと思ってます。障害児であるかぎり、いざ社会に出ると差別の壁にぶつかることはハッキリしていますし、あえて差別に向って闘う情況をつくっていくために今からやっていきたいと思ってます。

★五四年度義務化阻止へ
司会:だいぶ話も進んだんですが、この辺で五四年度養護学校義務化阻止へ向けての闘う方向性をさぐっていきたいと思います。この前の四月二四・二五の全国総決起、文部省交渉の闘いで、全国から「障害者」、学生、労働者、親等が八〇〇名集りましたが、まだまだ力は弱いと思う。交渉でも文部省は姿勢をくずしていません。非常にしんどい情況です。具体的にはなかなかどうするかなんて出ないと思うんだけれど。
S君:自分の生涯をつらぬいて養護学校は何んであったかを問うことが必要だろうと思う。アパートを借りて生きていくことを通してか、今まで養護学校にいる間は買い物も行ったことがなかったんだけれど、うばわれている社会性を一つ―つ取り戻して行く中でしかできないと思う。スローガン的に義務化阻止といっても、今の健常者の意識というのは職場の中に障害者がいても迷惑するというようなところで、それを一つ一つ変革していかないと。
Y君:まだまだ皆がバラバラだと思うのです。団結と結集が弱いと思います。一人一人呼びかけて、深かまりを求め、メンバーがもっと動いて、自分たちがどのようにみられている

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のか、学校で何をやられているのか、そういう話し合いを持ったりする。また障害者はずっと家に閉じこもっている人が多く、きっかけが少なくて結集できてない面があるのでこっちから訪問して運動を広めて行くことも必要と思う訳です。
H氏:障害児を地域の学校に行かせることにより阻止していきたい。障害児を持つ親は、"専門性"に何かを期待していますけれどその人達とひざをつき合わせて話しして、阻止する意味をわかってもらうようしていきたいと考えています。
M君:今、個人的に思っていることなんですけれど、手話が少しぐらい出来るから手話を広める運動をしょうと思っています。今も2、3やっているんですが、障害者問題について考えていくようなサークルにしていきたいと思ってます。それから、職場の中である程度まじめに考えている人とか、普通学校の人々と交流していきたいと思ってます。
C君:今まで障害者、とりわけ重度障害者を知らないという分断の壁をぶち破って障害者同志の連帯を作って行きたいし、ぼくは、盲学校とか、唖学校とかの問題だけでなく、教育全体の問題も含めて一人一人が社会全体の中で生きることの展開を進めていくことが阻止への視点と思う。
T氏:養護学校へ通わせないように、親なんかに言っていく必要があると思う。
司会:ありがとうございました。時間もきたようですから、このへんで終っていきたいと思います。今日は皆さんのそれぞれの立場から体験を通して討論してもらった訳ですが、養護、盲、唖学校のもつ問題性が非常に鮮明になったと思います。まだまだ多くの障害者が五四年度養護学校のみならず、自らの自立と解放に決起しきれていないのですが、今後各々の職場、地域、各戦線に帰られて一人でも多くの障害者を闘いに立ちあがらせる運動にがんばっていただきたいと思います。ありがとうございました。
挿絵省略

編集後記
くろまるいよいよ第二回東京大会です。昨年結成大去から一年の運動の成果を総結集し、障害者の自律と解放の社会的位置を真に根づいたものにするために、全国の仲間の積極的参加を期待します。
くろまる今回は、特集に座談会を企画しました。別に手話連載を計画したのですが、都合により次号からということになりました。第二回大会を機により障害者解放の理論と障害者自身の団結を強くする方向が出されると考えていますが、読者のみなさん方の感想、小論文、寄稿を期待したいのです。
くろまる次号から、全障連機関誌編集局が編集することになります。そのことによって全国事務局の編集より広く深い内容が作られることになると期待しています。この編集局員になりたい方、どうか積極的な参加を!連絡は当面全国事務局へ

裏表紙
全障連(全国障害者解放運動連絡会議)機関誌
No.3
編集人/束京都足立区西新井本町4‐18 A‐3‐207
横塚晃一
編集責任者/大阪市東淀川区南方町306大広荘リボン社内TEL.06(325)4456
全障連全国事務局
印刷/長征社

全障連各ブロック事務局の連絡場所
くろまる全国事務局・関西ブロック
大阪市東淀川区南方町三〇六 大広荘
リボン社内
?〇六-三二三-四四五六
くろまる東北ブロック
仙台市木町通り二丁目三―一七 佐々木あて
富山哲夫
?二二二-七四-一一八三
くろまる関東ブロック・第二回大会準備事務局
東京都品川区大崎一―三―四
第二以和貴ハウス
?〇三-四九二-六二九四
くろまる北陸ブロック
富山市安野屋町一―九―三
河上千鶴子
?〇七六四-二四-七八三四
くろまる東海ブロック
岐阜県羽島郡笠松町円城寺六〇〇
戸田二郎
?〇五八三八-八-一八六四
くろまる中・四国ブロック
倉敷郵便局私書箱四九号
岡山「障害者」解放委員会
?〇八六四-七三-四七〇七(笠原)
くろまる九州ブロック
福岡市東区馬出五-一九-四
福岡青い芝の会気付
?〇九二-六四一-七七四三


作成:山口 和紀

UP:20220624 REV:
全障連『全障連』(全国機関誌)目次障害者(運動)史のための年表
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