従来,障害者の労働に対する人的支援は,障害者個人に支援人員を配置する「個人支援」の方策が取られてきた.これに対し,本報告では障害者ではなく,支援が必要な業務に支援人員を配置する「業務支援」という方策を提案する.
障害者の労働支援に関する研究は,もっぱら職業リハビリテーションの分野で行われてきた.日本で職業リハビリテーションの概念が明確にされたのは,1955年の国際労働機関(ILO)勧告第99号による定義で,ここで示された職業指導,職業紹介,職業訓練などの知識や技術が職業リハビリテーションの中核とされてきた(日本職業リハビリテーション学会 2012).また,1985年に国際労働機関は「職業リハビリテーションの基本原則」として,?@職業評価,?A職業指導,?B職業準備訓練と職業訓練,?C職業紹介,?D保護雇用,?Eフォローアップの6つを提示した(International Labor Organization 1985=1987).このように,職業リハビリテーションは障害を個人の心身の機能不全に起因するものと捉える障害の個人モデルに基づき,障害者を職業に適応させることを中核的な課題としてきた.
ところが,2001年に世界保健機関(WHO)は国際生活機能分類(ICF)において,障害は個人要因と環境要因との相互作用によって規定されるという概念を提示した.これにより,個人要因に焦点を当てた職業評価・職業訓練・職業紹介を主にしたそれまでの支援に加えて,環境要因への介入も職業リハビリテーションの一部と見なされはじめたのである(日本職業リハビリテーション学会 2012).その後,環境要因への介入として,主に職場の物理的環境や職務内容の調整などが行われているが,依然として職業リハビリテーションの中核は障害者個人の職業への適応促進であることに変わりはない.
また,2002年には障害者雇用促進法の改正により,人的支援の画期的な方策として,職場にジョブコーチを派遣し,きめ細かな支援を行う「職場適応援助者による支援事業」が開始された(工藤 2006).ジョブコーチは知的障害者,および精神障害者の職場定着に有効な人的支援の方策だが,職場において職業適応の訓練を行うことが中心で,一定期間の後にはジョブコーチの支援はフェイディング(徐々になくすこと)される(ジョブコーチ・ネットワーク 2006; 小川 2001; 小川ほか 2000).つまり,ジョブコーチも従来の職業リハビリテーションと同様に職業適応を支援するものであって,職務そのものを支援するものではないのだ.また,職場適応援助者による支援事業が開始された後も,採用後の継続的な支援に取り組む就労支援機関は少なく,方法論に関する一定のモデル,並びに継続的な支援に関する実績データもほとんど存在しないことが指摘されている(志賀 2006).
そのような中で,2013年に障害者雇用促進法が改正され,障害者に対する合理的配慮として「職務の円滑な遂行に必要な施設の整備,援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない」ことが新たに定められた.だが,施設などの物的支援については,身体障害者の支援機器の研究開発がいくつか行われているものの(日本障害者雇用促進協会障害者職業総合センター 1997,1998a,1998b),人的支援として障害者の職務遂行を継続的に援助する方策については,職業リハビリテーションの課題としてほとんど取り組まれておらず,研究もされていないのである.
以上のとおり,これまで障害者の労働支援については,職業リハビリテーションにおいて個人の職業への適応を促進するための研究が行われてきた.一方,近年,合理的配慮という概念の確立により,障害者の職務遂行を支援することが求められるようになり,その有効な方策についての研究の必要性が立ち現れてきたのである.合理的配慮としての支援は,従来の職業適応のための支援とは本質的に異なる新たな課題なのだ.そこで,本報告では合理的配慮としての支援を念頭に置き,障害者の労働を支援する有効な方策について検討する.
障害者の労働を支援する方策には,大きく物的支援と人的支援がある.物的支援は障害者が独力でできる職務を拡大したり,職務効率を高めたりするのに有効だ.だが,物的支援だけで職務上の困難をすべて解消できるわけではない.大抵の場合には物的支援とともに人的支援の必要性もある.物的支援は機器や設備を障害者に提供すれば直接的に効果が得られるのに対し,人的支援は支援人員を障害者に配置するだけで十分な効果が得られるというわけではない.そこで,人的支援を有効に機能させるための支援システムを考える必要がある.
現在,障害者労働の公的な人的支援は,1人の支援人員が障害者を直接的に支援するシステムになっている.独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構は事業主が障害者に職場介助者の配置を行う場合,助成金を支給しているが,この支給対象となる措置は事業主が障害者ごとに1人の職場介助者の配置を行うものであり,また,支給対象となる職場介助業務は障害者に対する直接の介助業務である*1).これまで障害者が従事することの多かった製造や事務といった職種(厚生労働省 2014)では,1人の支援人員が直接的にすべての支援を行うことで,障害者の職務上の困難を有効に解消できたかもしれない.しかし,産業構造の第3次産業への傾斜,障害者の就労が困難とされる職種に設定されてきた障害者雇用除外率の縮小,職業資格に対する障害者欠格条項の見直しなどにより,障害者の職域は変化,拡大しつつある(高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター 2004).障害者が従事する職業が多種多様になれば,従来の人的支援の方策が有効でない場合,あるいは適用できない場合も顕現する.そこで,本報告では新たな支援方策として「業務支援」を提案する.
前述のとおり,従来の支援方策では,支援の照準は障害者に向けられ,障害者個人に対して支援人員が配置されていた.これに対して,支援の照準を支援業務に合わせ,支援業務に対して支援人員を配置する方策が業務支援である.ここでは障害者に提供される人的支援の総体を支援といい,支援を構成する個々の業務を支援業務という.視覚障害のある数学教員の例でいえば,支援として提供される一般文書の点訳,数学教科書の点訳,数学の板書の代行,教室での視聴覚機器の操作といった個々の業務が支援業務である.
業務支援は支援業務の数*2)と担い手となる人的資源の数*3)によって4つに類型化される.1つ目に,1つの支援業務を単一の人的資源で担う支援システムで,これを単業務一元支援という.たとえば,ネジの袋詰め作業を1人の職場介助者が支援する場合である.職務が生産工程などのいわゆる単純作業の場合には,単業務の支援になりやすい.2つ目に,1つの支援業務を複数の人的資源で担う支援システムで,これを単業務多元支援という.たとえば,ネジの袋詰め作業を職場介助者と同僚が交代で支援する場合である.3つ目に,複数の支援業務を単一の人的資源で担う支援システムで,これを複業務一元支援という.たとえば,視覚障害教員に対する一般文書の点訳,教科書の点訳,板書の代行,教室での視聴覚機器の操作といった支援を1人の職場介助者が支援する場合である.多様な職務内容を含む専門的職業の場合には,複業務の支援になりやすい.4つ目に,複数の支援業務を複数の人的資源で担う支援システムで,これを複業務多元支援という.たとえば,視覚障害教員に対する一般文書の点訳,教科書の点訳,板書の代行,教室での視聴覚機器の操作といった支援を職場介助者,同僚教員,ボランティアが分担して支援する場合である.
従来の障害者労働の公的支援は,1人の支援人員が障害者の職務全般を支援するシステムになっている.これは一元支援である.一方,本報告では複数の人的資源で支援を分担する多元支援というシステムを新たに示した.多元支援には一元支援では得られない2つの効果がある.1つは多元支援の量的効果,もう1つは多元支援の質的効果だ.多元支援の量的効果とは,支援を担う人的資源が量的に増加することで,支援の時間数,スケジュール,分担などをより柔軟に設定できるというものである*4).他方,多元支援の質的効果とは,支援業務を適格性のある人的資源に配分することで,支援業務がより効果的に遂行されるというものだ.多元支援の量的効果は支援を担う人的資源の数が増えることで自動的に発生する.一方,多元支援の質的効果はそれぞれの支援業務に適格性のある人的資源を配置しなければ全く発生しない.そこで,それぞれの支援業務に適格性のある人的資源を選定することが必要となる.
支援業務に適格性のある人的資源を選定する際,適格性を検討する有力な観点となるのが,職業に関する専門性の有無,および障害者の支援に関する専門性の有無である.前者を職業要件,後者を障害支援要件という.支援業務を2つの要件を観点として分類することで,その支援業務に適格性のある人的資源を措定することができる.
支援業務は,職業要件,障害支援要件ともに求められる業務,職業要件は求められるが障害支援要件は求められない業務,職業要件は求められないが障害支援要件は求められる業務,職業要件,障害支援要件ともに求められない業務の4つの類型に分類できる.これを4象限マトリックスで表すと図1のようになる.
このようにして,それぞれの支援業務に求められる要件を明確化すれば,それに合わせて適格性のある人的資源を措定することができる.職業要件だけが必要な第2象限の支援業務には,たとえば同じ職業である同僚に適格性が認められる.障害支援要件だけが必要な第4象限の支援業務には,たとえば障害福祉サービスの提供者や障害者を支援するボランティアに適格性が認められる.特別な要件を必要としない第3象限の支援業務であれば,広く一般の人的資源から支援人員を選定できる.職業要件と障害支援要件をともに必要とする第1象限の支援業務では,かなり特殊な人的資源を配置する必要がある.
本報告では多元支援の利点として,量的効果と質的効果があることを指摘した.だが,これだけでは一元支援よりも多元支援のほうが有効な支援システムだということはできない.一元支援の利点と欠点,多元支援の利点と欠点を総合的に勘案しなければ,一元支援と多元支援のどちらが有効かを決定することはできないからだ.一元支援にも利点はあるし,多元支援にも欠点はある.たとえば,一元支援の利点としては,単一の人的資源として1人の支援人員が支援をトータルに担うことで,障害者と支援人員の相互理解が深まり,支援が円滑に行われるといったことが考えられる.他方,多元支援の欠点としては,支援業務の切り分けと支援人員への配分,適格性のある人的資源の確保,複雑な支援体制の運営などに新たなコストが発生することは容易に推察される*5).一元支援の利点と欠点,多元支援の利点と欠点はまだたくさんあるはずだ.それらを十分に集積し,検証することで,一元支援,および多元支援のそれぞれの有効性が明確になる.本報告では支援システムを類型化し,一元支援と多元支援という別様な2つの支援システムを提示するに留まった.
業務支援理論は視覚障害教員の労働支援から導出されたものだが(中村 2020),広く障害者の労働支援全般に適用できる.比較的単純な作業的職業から高度に複雑化した専門的職業までを射程に入れている.ただ,業務支援理論はその中に支援業務を分類整理する手続をもつことから,とりわけ支援業務が多岐にわたる専門的職業に対して有用性が高いと考えられる.
今後に取り組むべき課題は,障害者労働の業務支援理論を実践において活用することである.カート・レヴィンは社会問題の解決方法として,個別の局面に基づき,計画→実施→評価→新たな計画の循環過程を実施するアクション・リサーチを提唱した(Lewin 1948=1954).業務支援理論により障害者労働の支援を達成するには,アクション・リサーチが有効な方法だと考えられる.すなわち,業務支援理論に基づいて個々の障害者の労働支援システムを計画し,実際に職場で試行し,有効性と問題点を検証し,支援システムを修正していくのである.このような個別事例の集積によって,業務支援理論の実践的課題が多角的に照らし出される.今後は業務支援理論による障害者労働の支援をアクション・リサーチとして実施し,その結果をフィードバックして,業務支援理論を修正,増補していく必要がある.そうすることによって,障害者労働の業務支援理論をより実践的に有用なものへとアップグレードしていくことができるのである.