3月30日、生命・医療倫理研究会の有志は「感染爆発時の人工呼吸器の配分プロセス」を提言しました(注1)。その要旨は「COVID−19の感染爆発が現実となった場合、医療資源が不足し、災害時医療におけるトリアージの概念が適用されうる事態が避けられない。一人ひとりの患者に最善をつくす医療から、できるだけ多くの生命を助ける医療への転換が迫られ、経験したことのない大きな規模で、厳しい倫理判断が求められる」というものです。
4月1日、「新型コロナウイルス感染症専門家会議」は「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」を発表(注2)。「?W−3(3)医療崩壊に備えた市民との認識共有」で、「諸外国の厳しい事態を踏まえ、人工呼吸器など限られた医療資源の活用について、市民にも認識の共有を求めることが必要」(要旨)と記述しました。これは、事前の意思表示で人工呼吸器をつけない選択を市民に呼びかける、というものです。ネット上には「集中治療を譲るカード」への署名呼びかけまで登場しています(注3)。
私たちは、厚労省が推進してきた「脳死」を「人の死」としていのちを切り捨てること、「尊厳死・安楽死」を推進すること、あるいは出生前診断を推進することに反対してきました。新型コロナウイルス感染症と世界の人々が闘う中で、「事前の意思表示で人工呼吸器をつけない選択を市民に呼びかける」という施策や「年齢や持病、障害の有無で医療の線引きを行う」ことは断じて容認できません。こうした判断基準が独り歩きして「価値なきいのちは切り捨てる」という風潮が広がることを危惧するからです。なにより、「一人ひとりの患者に最善をつくす医療」を継続できない可能性が生じている原因は、政府が「経済性、効率性」を優先して救急医療・集中医療の病床数や公衆衛生の拠点である保健所を極端に削減するなどの医療行政を行ってきた故といわざるを得ません。
今なすべきことは、人工呼吸器を含む医療資源を、必要な人々に届けるための体制整備に全力を挙げることです。すでに装着している人工呼吸器が不具合を起こした際には取り換えられる台数に加えて新型コロナウイルス感染症の重症化率(専門家会議は14%と記述)に見合った人工呼吸器の必要台数を当面の目標として生産を急いでください。そして、厚労省のピーク時予測データに基づいた医療機器や装具の不足数と充足数を随時公表し、人々の努力の可視化をはかってください。
不幸にして「一人ひとりの患者に最善をつくす医療から、できるだけ多くの生命を助ける医療への転換が迫られる」事態に至ったとしても、高齢である、持病がある、心身に障害があるといったことをいのちの線引きの基準にしないでください。医療者にいのちの選別を強いる事態を起こさないためにも、政府が必要な医療機器や医療用防護具を整備することを、強く要請いたします。