貴会におかれましては、時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、去る1月29日に行われた厚生科学審議会先端医療技術評価部会「生殖医療に関する意見聴取」に際に、貴会の人権擁護委員会第4部会から提出された意見書に対して、若干の質問をさせていただきたく、これを書いております。意見聴取際して、同時に今回の審議会を通して、問題になった/なっていることは、「生殖補助技術」と「出生前診断」に大別できます。わたくしが質問したいのは、主に後者に関して貴会が言及された部分についてであります。
貴会の意見書には、その4項目の「生殖技術に対する個別の規制」に、「出生前診断は重い遺伝病等を除いては禁止する」とあります。わたくしは、この点をどうしても看過することができませんでした。「重い遺伝病等」とは、何を想定してのことなのか甚だ不明瞭であるという印象を禁じ得なかったからであります。同時に、以下で述べるような、「重い遺伝病等」という規定の仕方そのものに必然的に内在する様々な問題に関して、まったく言及されていないと感じたからでもあります。
現在、本邦におけるいわゆる出生前診断の実施状況をめぐっては、様々な混乱があることは事実です。したがって、ごく常識的な感覚にのみ頼っても、それらに何らかの実効性のある規制が必要であることは明らかでです。しかし、単に適応を限定することで、しかも「重い遺伝病等」という形でのみこれを限定しようとすれば、「重い遺伝病等」をどう定義するのか、誰がそれをいかなる手続きで運用するのか、そうした定義および運用手続きの妥当性はどのような仕組みのなかで監視されるのか、等々、さらなる混乱が起きることは必至です。「重い遺伝病等」に関して、「出生前診断の適応」との関係においてそれらを規定しようと意図することそのものが持つ、当該疾患に対する偏見や差別の助長という社会的問題もあります。
出生前診断との関連における「重い遺伝病等」の定義をめぐっては、疾患単位でこれを限定することが不可能であることは、すでに緒家によって指摘されている点でもあります。どんな疾患にも臨床像としてはかなりの幅があることは、言うまでもありません。また、医学的には一般に重篤とされる疾患と、その疾患を有して現実の社会生活を送っている当事者の価値観によってとらえられる疾患の現実との間には、大きな相違もあります。
法曹界を代表する団体の医療問題を専門とする部会として、いかなる背景のもとに「重い遺伝病等」という表現をされたのか、いかなる資料およびその他の情報に基づいてこのような限定のあり方を妥当と考えるに至ったのか、ご教示ください。私見を述べさせていただければ、「重い遺伝病等」という言葉の選び方・使い方は、この問題の性質を考慮するなら、少なくとも言葉の選び方・使い方としてきわめて粗雑であると言わざるを得ないと思います。「重い」とは何か、という問いだけではなく、すべての疾患が遺伝的素因を有していること、一般的慢性疾患に関与する遺伝子が次々と同定されていることなどを考慮するなら、そもそも「遺伝病」とは何か、という問いさえ成り立ち得るでしょう。
さらに申し上げるなら、これは、言葉の問題としてそれが粗雑であり、したがって、いかようにも解釈ができる、ときには誤解を招く、というだけにとどまるものではありません。法曹界を代表する団体の発言であることを考えるなら、法整備というレベルで「出生前診断の適応は重篤な遺伝病に限る」という方向の規制が必要とされる、という主張と受け取られる可能性もあります。意見書の1項目「法規制の必要性」には、「生殖医療法を制定すべき」とも、述べられています。なんらかの形での法整備というレベルでこれを実現しようとするなら、それは現行の母体保護法へのいわゆる「胎児条項」の導入を考慮に入れてのことなのかどうか、この点についても貴会の姿勢をお伺いしたいと思います。
今後も引き続き、審議会での意見聴取が行われるとうかがっております。わたくしは現在米国ワシントンに滞在中(3月中旬まで)のため、傍聴することはできませんが、貴会の姿勢は、今後の審議のみならず世論の動向にも少なからぬ影響力を持ち得ると考えます。つきましては、上記の点に関して、可能な限り早急にご回答いただきたく存じます。また、しかるべき機会を通し、それらの回答、すなわち「重い遺伝病等」というものに対する貴会の考え方を、広く一般市民に対して明らかにしていただけることを切に願っております。