遺伝と遺伝子:身近な遺伝学
福嶋 義光
遺伝と遺伝子:身近な遺伝学
福嶋 義光
信州大学医療技術短期大学部平成9年度公開講座
生と死の医療──教養としての医療 part3
遺伝医学という言葉を御存知でしょうか。遺伝学は以前はエンドウマメやショウジ
ョウバエなど、ヒト以外の動物や植物で研究が進められてきた学問でした。ところが
今日では、病気の原因を明らかにし、その治療法を開発する医学の分野にも遺伝学の
知識と手法は不可欠のものとなってきています。DNA診断や遺伝子治療という言葉も
よく耳にするようになりました。この様な遺伝学の知識を医学に応用する学問を遺伝
医学といいます。現在では病気の原因究明、新しい診断法の確立、根本的な治療法の
開発など医学のどの分野に関しても遺伝医学の知識はなくてはならないものになって
います。
ところが遺伝と遺伝病についてはさまざまな誤解や偏見があり、種々の混乱が生じ
ています。「親の因果が子に報い」という言葉がありますが、これなどまったく非科
学的なものの見方です。しかし、現実には多くの人の意識の底にはこのような考えが
まだ残っているのではないでしょうか。実際、両親とも何の異常もないのに子供に異
常があらわれる例はたくさんあります。しかしこれは「親の因果」のせいではありま
せん。親にも、もちろん生まれた子供にも何も罪はないのです。この先天異常の原因
の多くは、ヒトが生物であるためにはさけることのできない突然変異という現象によ
って起きています。
「遺伝病とはなんですか」と尋ねられるとほとんどの人は「遺伝する病気です」と
答えるかもしれません。しかし、これは大きな誤りなのです。遺伝病とは遺伝という
現象を担っている遺伝子や染色体の異常によっておこる病気で、すべてが遺伝するわ
けではありません。このような誤解が多くの偏見を生み、患者さんやその家族の悩み
を深いものにしています。
本講演では遺伝と病気との関係、遺伝病は誰でもが関係しうるものであること、遺
伝病は社会全体で考えていかなければならないものであることを中心に、社会人とし
て知っておいてほしい遺伝学の基礎知識をわかりやすく解説したいと思います。