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「面白い!読ませる!」と好評の読書欄。魅力ある評者が次々と登場し、独自に選んだ本をたっぷりの分量で紹介。

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今週の本棚・なつかしい一冊

関口英子・選 『箱男』=安部公房・著

毎日新聞 2025年10月4日 東京朝刊 有料記事 1048文字
イラスト・寄藤文平

(新潮文庫 737円)

「昭和の親父(おやじ)」という言葉で片付けるにはあまりに横暴だった父と、夫の抑圧を娘たちへの厳しいしつけという形で晴らしていた母との間で、私は常に双方の顔色をうかがい、できるだけ波風を立てないように腐心しているような子供だった。夫婦喧嘩(げんか)の絶えない家庭で、本の世界に入り込むことで心の平穏を保っていたのだろう、むさぼるように本を読んだ。児童書では飽き足らなくなると、父の部屋の壁一面に造りつけられた書棚から、父のいないすきにこっそりと一冊ずつ抜き出しては読みふけった。そこには、安部公房、井上ひさし、大江健三郎、小田実、三木卓といった、同時代の日本の書き手たちの話題作がおもに並んでいた。

なかでも強烈な印象を受けたのが、安部公房の『箱男』だった。なんの変哲もない段ボール箱にのぞき窓を施して、それをかぶるだけで、中にいる人間の匿名性が担保される。当時、他人にどう見られるか恐ろしくてたまらず、自分の気持ちを封じ込めて「よい子」を演じていた私は、「見られた者が見返せば、こんどは見ていた者が、見られる側にまわ」るという立場の逆転に、訳がわからないながらも、外の世界との対峙(たいじ)の仕方...

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