2014-6月号 JUNE
建築の臨床性を問う
建築の臨床性と心理性
従来より、「建築の臨床性」には、空間形態を操作するための言語として語られる側面と、特別なニーズを持つ患者や高齢者などの生活弱者のためのクリニカル建築に求められるプログラムとしての側面がある。いずれにせよ、人間の感情や記憶に対して空間がどのように働きかけるかという心理性を背後に持つ共通点がある。
超高齢社会においては、弱者のためのクリニカル建築はもはや特殊なビルディングタイプではなくなってきており、建築の臨床性が持つ二つの側面が同調しつつある。一方、建築技術の進歩、情報通信の発達が進んでいる現在、ヒューマンスケールをはるかに超える建築の実現も可能となり、「人体修理工場」のような医療施設も珍しくなくなってきている。人間を雨風から守ることから始まった建築は、時代の発展とともに、自然に対峙し制御するものへと変容してきた。このようななかで発生した東日本大震災。これまで経験したことのない自然災害を眼前に、建築も人間も一瞬にして弱者の立場に立たされ、建築がいかに無力かという現実がわれわれに突きつけられた。職能として建築に携わっている当事者として、同時に日々の暮らしのなかで建築とかかわっている生活者として、「住むこと」を通して、もう一度根源から建築と人間の関係性を問い直してみるときが来ている。その根源のひとつに「建築の臨床性」がある。
本特集は、建築と人間の関係性を単に「癒す」「寄り添う」などの表現でとらえることにあるわけではない。過剰な建築行為や、適切ではない空間は、時として人間の生きる力を奪い取ることさえできる。だからこそ、心理、身体、意匠、機能など多角的な視点から建築と人間の関係性をとらえることで、建築の臨床性のアウトラインを描き、時には見つめ、また見直すことも必要とされる。
巻頭対談の「建築における『臨床性』とは何か」は、哲学者と建築家の立場から、「現場で起っていること」を通して建築の臨床性を問うている。第1部「今、なぜ臨床性なのか」では、建築(空間・環境)を扱った心理研究の全貌を俯瞰しながら、建築における心理性と臨床性にアプローチしていく。第2部「建築はいかに人に寄り添えるか」では、クリニカル建築の事例および予期せぬ環境の激変が余儀なくされた時に求められる建築の臨床性にフォーカスする。
特集を通して、当事者の視点から「建築の臨床性」を問い直すと同時に、その定義の普遍化につながっていくきっかけになれればと願っている。(厳 爽)
会誌編集委員会特集担当
神吉優美(奈良県立大学)、篠原聡子(日本女子大学)、槻橋修(神戸大学)、真壁智治(エム・ティ・ビジョンズ)、厳 爽(宮城学院女子大学)
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