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koudansyou-古典と現代

主に平安文学・文化についてのつれづれ書き(画き)

氷を持つ女一の宮(おんないちのみや)

梅雨が明けました。ようやく暑さ本番!といった感じで夏らしくなってきました。大学も授業は終わり、家で採点作業にとりかかっています。

これほど暑いと冷たいものが食べたくなりますが、平安時代の貴族も同じでした。当時は当然のことながら冷凍庫などありませんが、「氷室」と呼ばれる山などに作られた貯蔵室で、冬にできた氷を夏まで保管できるようにしていました。この氷を持つ姫君が『源氏物語』には次のように出てきます。

氷(ひ)を物の蓋に置きて割るとて、もて騒ぐ人々、大人三人ばかり、童とゐたり。唐衣(からぎぬ)も汗衫(かざみ)も着ず、皆うちとけたれば、御前とは見たまはぬに、白き薄物の御衣、着たまへる人の、手に氷を持ちながら、かく争ふを少し笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり。(蜻蛉巻)

『源氏物語』第三部の主人公である薫(表向き光源氏の子、実際は源氏の正妻・女三の宮と密通した柏木の子)は、偶然、以前から憧れていた女性を垣間見します。
三人の女房たちと女童が、それぞれ主人の前では着用していなければならない「唐衣」と「汗衫」もつけず、くつろいでいる様子です。尊い方の御前とは見えない様ながら、そこに白い薄物を着ていて手に氷を持ちつつ、彼女たちが争っている様子を見て少しほほ笑む顔が言いようのないほど可愛らしい女性を見つけます。この方こそ、薫が思慕する今上帝の娘・女一の宮でした。優しい女主人は、暑い日だからと皆で薄着をすることを許し、氷も皆で楽しんでいたことがうかがえます。

この後、この氷のくだりには、次のような記述があります。

心づよく割りて、手ごとに持たり。頭にうち置き、胸にさし当てなど、さま悪しうする人もあるべし。異人(ことひと)は紙に包みて、御前にかくてまゐらせたれど、いとうつくしき御手をさしやりたまひて、拭はせたまふ。「いな、持たらじ。雫むつかし」とのたまふ、御声いとほのかに聞くも、限りなくうれし。

大きな氷を割って、各人が持てる大きさになった後は、頭に置く者、胸に差し入れる者など、現在の私たちとあまり変わらない形で「氷」の冷たさを楽しむ様子が見られます。語り手には「行儀が悪い」と言われていますが、まあご愛敬です。そのような中、しっかりした女房(異人)が氷を紙に包んで主人のもとに差し上げます。ところが女一の宮は、たいそう可愛らしい手を女房にお拭かせになり、「いや私は氷を持たないわ。雫が垂れて困りますから。」と言うのです。その声はわずかに聞こえただけではあるものの、聞いていた薫を喜ばせました。薫は、女一の宮の異母妹である女二の宮を妻としていましたが、あまり姉と似ていない二の宮に対し不満を持つことになります。

しかしながら、この垣間見は、実父である柏木とは異なり、密通の契機とはなりません。薫自身、父の行いが母を若くして出家に追いやり、己の身に余る栄華となっていることに負い目があるせいでしょうか。許しなき「結婚」や「密通」については、かなりの抵抗があるようです。

とはいえ、この後、自分の妻にも女一の宮と同様に薄着をさせ、一つ氷を差し上げるところなどは、趣味の悪さを感じてしまいます。またそれ以上に気になるのは、上記の表現中、「雫」(しずく)という言葉が出てくるところです。

かつて光源氏は、薫を「不義の子」と知った後、彼がよだれを垂らしながら筍をしゃぶっている姿を見て、次のように言っています。

御歯の生ひ出づるに食ひ当てむとて、筍をつと握り持ちて、雫もよよと食ひ濡らしたまへば、「いとねぢけたる色ごのみかな」とて、
(光源氏)うき節も忘れずながらくれ竹のこは棄てがたきものにぞありける
(横笛巻)


歯が生えかけている薫のために筍が与えられたようですが、よだれをたらたらと流しつつかじっているのを見て、源氏は「たいそう風変わりな色好みであるよ」と言い、「あのつらい出来事は忘れられないが、子供は可愛らしく棄てがたいものであった」と歌を詠みます。「うき節」とは、密通事件のことを指しますが、「節」が竹の縁語、「くれ竹のこ」は「筍」に「子」(薫)の意味がかけられています。

今は筍にしゃぶりつく薫ですが、将来は実父である柏木のように、女性に対してやっかいな事件を起こさないか、その将来を心配するようでもあります。

女一の宮が嫌がるのは「氷の雫」ですが、かつて筍を濡らした薫の「よだれの雫」(色好みの比喩)への拒否にも思えてしまいます。

女一の宮は光源氏の孫(匂宮の姉)ですが、薫が結局のところ、女一の宮に憧れたままで終わるのは、「いとねぢけたる色好み」と源氏に認識された、その呪縛が効いているのかもしれません(自分の妻に
同じ行為をさせて欲求を満たすような)。

話は変わって、我が家の氷は、シャーベット。先日家族が「作る!」とがんばってくれました。下から三層(オレンジ味・レモン味・キウイ味)になっています。とても美味しかったです。
三色シャーベット

ちなみに『枕草子』には、かき氷の記述がありますよ(→以前のブログhttp://blog.livedoor.jp/yuas2018/archives/15604297.html)









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