昨日は、不思議な人たちが集まる第3回目の勉強会だった。加賀市の小型バスに便乗して、市内を回遊しながら歴史勉強会という名目で行われた。出席メンバーはバラバラの仕事に関わる人たち。共通趣味の同好会でもない。もちろん年齢も違う20代から70代の男女14名のグループだった。
▼温泉旅館のフロントマン、建築設計事務所のオーナー、観光流し舟の船頭、移住コンシェルジュの会社員、瞑想の会の主宰者、地区公民館長、石川県で手話活動を広めた先駆者、市議会議員、シルバー人材センター所属の清掃員、ダイエットトレーニングジム運営者、カイロプラクテックの整体師、移住コンセルジュの市職員、観光土産コーナーの女性管理人、ミュージックー・コンクレート(具体音楽)演奏者。
▼今回の見学地は、「源平戦い」の篠原合戦で平家の大将「斉藤実盛」が、木曽義仲軍の手塚太郎光盛に討たれた。そんな実盛が深田村の池で白髪を染めた「鏡の池」。浄土真宗本願寺派の「中興の祖」8代目の法主「蓮如」が、布教をスタートした「蓮如山」。福井県「吉崎町」と石川県「吉崎町」の県境線上にある「県境の館」。
▼「文科大臣賞」も受けた、ユニークな町づくりで注目を集めている加賀市三木町。「竹本利夫三木公民館長」は、いつもの笑顔で活動報告をしてくれた。隣接の「橘町」は、むかし旅人を癒し、賑わった宿場町だったが、落ち葉で埋まる旧北国街道は、「橘の宿」の石碑だけが目立っていた。
▼吉崎町寄りの、国道305号線沿いに祭られている「安東の母」の碑。終戦後、大陸からの3000人の満豪開拓団員や帰国邦人を、身銭を切って助けた上河崎町生まれの「道官咲子(没43)」は、戦後、中国人民政府からスパイ容疑で処刑された。
▼10月25日の「歳時記」には、「裏を見せ表を見せて散る紅葉 良寛」。車窓からは「赤葉のもみじ」、「紅葉のカエデ」、「病葉の銀杏」が見えていた。乗合バスの乗客全員は、途中下車して昼食の「へしこの陶板焼き」、食べたのは「竹の浦館」。そして、次の駅へ向かった。
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